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リングディンドン♪

 足が勝手に後ろに引いた。

 

 綺麗な顔立ちで、文句の付け所がないスタイルで。

 見ているだけで幸せになるキサキさん。

 可愛いとも美しいとも言えるけれど、どの言葉も彼女を表す表現としては適切ではないと思う。もっと違う、神秘的な何か。

 そんな彼女が、おもむろに振り返っただけ。

 本当なら駆けつけて抱き着いてしまいたいのに。

 頭では、そう思っているのに。

 私の体は、それを拒絶した。


「私は、あなたを殺すためにこちらの世界に来ました」

「嘘だ!」


 子供の用にそう叫ぶ。

 否定してなんになるのか。

 意味はないのだけれど。


「キサキさんは、そんな人じゃない!」


 刹那。

 私の視界が激しく揺れる。

 訳も分からぬまま視界が天を向く。

 理解した時には、私の体は何者かの腕の中に抱えられていた。


「ったく。天文学的なバカかよお前は!」


 声。男の。

 抱える私を見下ろしていたのは。


「浦くん?!」


 まさかの。

 存在をすでに忘れかけていた。

 下からのアングルだと、首のタトゥーがよく見える。


「どういう??????」


 頭がはてなでいっぱいだ。

 わけがわからない。


「説明は後だ。今はここから逃げ――」


 軽快に話していた浦くんの声が途切れる。

 彼は一瞬にして絶望的な表情を浮かべ、木々の上を飛んでいた進路を変えて地面へと着地した。そしてすぐそばにあったあの巨大な日本家屋の中へと身を隠した。

 床に着地した途端ギィと音が鳴るが、それが鳴り終わる前に、浦くんは音もなく近くの押し入れを静かに開けてその中へと入った。

 ゆっくりと私を下ろしながら、彼はしゃべるなと指を口元に置く。

 だがなにがなんだか。説明してほしい。

 すると浦くんは、後ろからタブレットを取り出しそこからメモアプリを立ち上げる。

 どうでもいいけど、異世界人がみんな今時すぎない? 順応早すぎ。

 浦くんは、指先で音もなく文字を打ち始める。


『今から一切音を出すな。その瞬間、あの女に殺されるぞ』


 あの女、それはキサキさんを指すのだろう。

 タブレットを奪い取り打ち返す。


『でもキサキさんは、鼓動もわかるって言ってた』

『さっき不意打ちで音がバグる術をかけてきたから、一時的には大丈夫だ。しばらくは身を潜めて、頃合いを見て逃げる。でもあいつの能力は超一級品だ。慣れれば俺らの心臓音ですら聞き分けてくる』


 なんて便利な術だ。


『説明して』


 私はそう端的に尋ねる。

 浦くんは至極めんどくさそうな顔をした後、おもむろにタブレットに打ち込みを始めた。


『キサキ・ヨウモンはあっちの世界から命令されて、お前を殺しに来た暗殺者だ。俺はそれを知っていて、お前の兄貴に頼まれて様子をうかがってたってわけ。そんでさすがにもうやべぇって思ってお前を助けちまったわけだ。ばじやべぇ』


 あんたの文章がやべぇわよ。

 ばじってなに。ばじって。「まじ」の上位互換かな。


『兄と協力してたってこと? じゃあなんで学校の屋上で私を襲ってきたの?』

『かく乱作戦だろうがよ。お前がキサキが暗殺者だってわかったら警戒するっしょ? んなもんそれこそ鼓動の音ですぐバレるから、様子見の間、別の誰かを暗殺者だと思わせることで、キサキに変に気取られるのを避けてたってわけ。お前の兄貴の提案な』

『それに何の意味があるの? キサキさんはすぐに私を殺せばよかったんじゃないの?』

『殺せねぇだろ。お前の兄貴――世界の救世主殿がいるんだからよ』


 救世主とか伝説とか、我が兄のことながらこっぱずかしいからやめてほしい。

 あいつで十分。


『天下無双のキサキにとって、お前の暗殺の唯一無二の障害はソウタだ。暗殺を気取られればすぐに止められるし、最悪を敵に回すことになる。そうならないように、キサキもお前を守るという目的で接触してきて、しばらくは友達ごっこをして暗殺のチャンスをうかがってたってわけ』


 友達ごっこ。

 その言葉に、少し胸が痛む。


『でもなかなかその機会が来なかった。ソウタは常にわざと警戒をビンビンに鳴らしてたからな』


 そうだったのか?

 ほとんど私の前にいなかったのに?

 何か見えないところでの攻防が繰り広げられていたのだろうか。


『だがついに、お前がキサキが暗殺者だと気づいた。からには、強硬手段に出てでも暗殺を実行するしかない』


 だから兄を拘束し、あちらの世界に送ったと。

 もはや暗殺でもなんでもなく、豪快な人殺しでしかないんだけれど。


『ソウタが弱っていたとはいえ、隙を見て一時的に拘束するのがやっとみたいだったけどな。あっちの世界に送ってしまえば、普通のやり方では戻ってこられない。かなりの時間稼ぎにはなる』

『そうなの? あなたたちはこっちに来たのに?』

『相当な準備とエネルギーが必要なわけ。かなりの人数を要するしな。ソウタ一人だとまず不可能だ』


 そう言われればと、シンディが来た時のことを思い出す。

 何か貴重なネックレスをいけにえに捧げて開いたわずかな隙間から現れた。

 同じように、シンディも子犬サイズまで縮んでしまうほどにエネルギーを使い果たした。

 生半可な手段では異世界の扉は開かないのだろう。

 トラックにぶつかってドンとはいかないようだ。


『つまり、今のお前はアンセシティを失ったトライトアイみたいなもんだ』


 え。

 待ってなにその例え。わかんない。

 このタイミングでそれぶっこんでくる? シリアス展開なのに?

アンセシティ? トライトアイ? 人なの? 物なの? 一つも理解できない。レムをザコスティしてイータラでトルムンガの再来じゃない! 何故ほとんどの言葉が一緒なのに、そういう固有名詞だけが独特なの。


『つまり、やべぇってこと?』

『かなりな。俺らは狩人に狙われる兎っつーことで、ひたすら存在感を消して逃げ続けるしかねぇ』


 できるじゃん。普通の例え。それよそれ。わかりやすい。


『いつまで逃げるの?』

『ソウタが戻ってくるまでだな。それ以外、この世界のどの兵器を使ってもあいつは止めらんねぇ』

『あなたは?』

『ズリティティ』

『は?』


 打ってやったわ。「は?」って。

 ふざけんな。わかる言葉を使いなさい。


『レベチ。ブロンズ帯と赤帯』


 その例えはわかる! わかってしまう!

 つまり役立たず!

 いろんな意味で役立たず!

 ――と、浦くんの顔が一瞬にして強張った。私も即座にそれに反応して、硬直する。


 きぃ。


 と、音が聞こえた。

 聞き間違えかと思うほどに、小さな音。

 そっと破れた襖の隙間から、視線だけを動かして外を覗く。

 すでに真っ暗な家屋内を、割れた天井から注ぎ込む月明かりが照らし出す。

 そこに、人影が一つ横切った。

 一瞬見えたその表情は、まるで彫刻のように冷たく硬い。


 ――リングディンドンリングディンドンッ♪


 浦くんのタブレットから、とても軽快な音楽が流れた。

 まさかの着うただ。タブレット画面には、私も利用してるゲームのアプリ内メッセ―ジで、『20時からインできる?』と書かれていた。

 その確認をそこそこに、浦くんを見る。

 浦くんは、あきらめたかのような表情で小さく横に首を振った。


 ドガガガガガッ――――!!!!


 その瞬間、私の目の前の景色が、吹き飛んだ。

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