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答え合わせ

 私の恐怖を煽るように、次第に霧が濃くなり、空は薄暗く夜を迎える準備を始める。

 長い参道の階段を上り終えると、歪んだ門――扉は既に無い――が私を迎えてくれる。決して歓迎はしていなさそうだ。

 中に入ると、正面に参拝する建物が見えた。お金を入れてガランガランと鈴を鳴らすあれだ。だが人影は見当たらない。

 その本殿だか拝殿だかを中心にぐるりと回って進んでいくと、側面に抜ける道があり、その先に古き良き日本家屋が見えた。しかも大きく、相当な権力者でも住んでいたのかと思わせるほどだ。


「ホラー展開は勘弁してよ」


 この既に人が住まなくなって久しい日本家屋に入るといのは、展開的にありそうだ。

 だが私はホラーにそこまで強いわけではない。弱くはないけど。


「きゅう! きゅう!」


 その時、腕の中でシンディが動く。

 元気を取り戻したのかと思ったが、シンディは日本家屋とは別方面を見て鳴いていた。

 それは本殿だか拝殿だかの背面にある道の先で、その先は巨大な池があると先ほど看板で見かけた。


「こっち? こっちなのね?」


 ほれきたと言わんばかりに、そちらに足を向ける。

 ホラー展開は回避できそうだ。

 ――その時。

 巨大な波動が、私の方面へと轟いた。


「っとっと……!」


 場にそぐわぬ激しい風と威圧。何かが爆破したかのような。

 私はその衝撃につい尻もちをつく。

 するとその隙に私の腕から抜け出たシンディが、池の方へと駆けて行った。


「ちょ、ちょっと!」


 これははぐれてボッチになるやつだ。

 ホラーでよくあるやつだ。

 それは絶対に認めない! 怖いから!

 シンディを見失わないようにと、私はすぐさま立ち上がって追いかける。

 道を進むとすぐに、斜面を下る階段が目に入る。同時に、その斜面の先、大きな池が見下ろせた。

 薄暗く視界も明瞭でなくなってきた頃。その池の手間に立つ人物と、どうやってか池の中央で不自然に浮かび上がる人物を見つけた。

 その人物はこの廃神社に見合わぬ、今どきの恰好をした若い男女で。


「キサキ、さん?」


 見覚えのある背中に声をかける。当然届くレベルの距離ではなかったが、その人物は、おもむろにこちらを振り返った。

 その女は。

 キサキさんは、振り返ったが何も言わずこちらを見上げている。

 私の知らない、冷たく無表情な顔で。

 彼女の傍に寄ったシンディが、キサキさんに向かってぎゃんぎゃんと吠えまくる。あのシンディが何故――と思ってキサキさんの先、池の中央で浮かび上がる人物を見遣ると、それは案の定兄だった。


「どういう、こと?」


 訳が分からない。

 だが兄表情は苦悶に満ちていて。

 浮かび上がっているのは自分の意思ではなく、どこかそこに縛り付けられているようで。


「きゃうん!」


 シンディの悲鳴が聞こえる。

 キサキさんに飛び掛かったシンディが、返り討ちにあい蹴とばされたのだ。シンディの体は軽く吹き飛び、樹木を数本なぎ倒しながら草陰の奥へと消えていった。


「シンディ!」


 慌てて私も階段を降り、現場に近寄る。


「キサキさん? ですよね?」


 まだ確信を得られず、そう背中に問いかける。


「はい」


 そう、小さな声で帰ってきた。


「何を、しているんですか?」


 そう声を掛けながら、キサキさんの肩越しに兄を見る。

 兄は私に気づいていなさそうで、ただ目を強くつむり天を見上げていた。


「説明は、難しいですね」

「また、異世界的な? 何かの儀式ですよね? 修行の一環とか?」

「お気づきでしょう。志津香さん」

「へ?」

「あなたが真実に気づき、ここに来るまでのことはすべて把握しています。だから無用な説明は必要ないかと思います」


 息が、荒くなるのが自分でもわかった。

 その先の真実を、まさかこんな形で知らされることになるとは思ってもみなかったから。

 その一言で、私たちのすべてが――。

 終わるから。


「今からソウタさんを私たちの世界へと強制的に送ります」

「異世界に? なんでそんなこと……」

「危険だからです。その、圧倒的な力が」

「危険って……でも兄は別に世界征服を企んでるわけじゃないんですよ? ただのBL本のピッキング派遣社員だし……」

「危険なのは、私たちとって、です」

「それは、どういう……?」

「ソウタさんの存在は、この世界とあちらの世界とに不均衡をもたらします。バランスブレイカ―なのですよ」

「褒めてる、んですかね?」

「はい。もうそれは圧倒的な存在です。誰もソウタさんを敵に回したくない。私も……ソウタさんがこちらの世界に来て弱まってなければ、こうして拘束することもできなかったでしょう。この千載一遇のチャンスを逃すことはできません。この機をずっとずっとうかがっていました」

「そこまでして、兄を異世界に送り返してどうするの?」

「何も。ただ送り返し、この世界から切り離します」


 キサキさんの声が、冷たい。

 本当に彼女なのかと疑いたくなる。


「切り離すって、それに何の意味が?」


 私は誘導されるように、その質問をする。

 するとまた、キサキさんはためらうように一呼吸おいた。

 そのとき――。


「志津香ぁ!! 逃げ――――!!」


 兄の声が、轟いた。

 と思った瞬間、池の中央に浮かぶ兄を中心に、激しい閃光が放たれた。

 その閃光に目を覆った後、その場所を見直すと、そこにはすでに兄の姿はなかった。

 そしてキサキさんだけが、この場に残っていた。

 彼女は、その冷たくなった表情をゆっくりとこちらに向けて言った。


「あなたを、確実に殺すためです」

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