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追跡開始

 行ってこい!

 物語を決めるのはお前だ!


 なんて男前なことを言ってあげたいのは山々だったんだけれど。

 あいにく他人の恋愛に口と顔と興味を突っ込まずに入られないのが乙女なわけで。

 乙女=いらんことしい、なわけで。

 キサキさんと兄のおデート当日。ていうか昨日の今日だけど。

 私は二人の様子を野次馬――もとい見守るために、約束していたデート場所に訪れていた。

 気になっちゃうもんね。しょうがないよね。

 兄のことだから、キサキさんに失礼なことをしちゃうかもしれないし。

 とはいえ、私なんて素人が後を尾けていることは、あの超人的な二人からすれば手に取るようにわかってしまうことだろう。

 なので私はそこで妙策を取った。

 スケープゴートを用意したのだ。

 厳密には意味は違うのだけれど。要は私が近くにいれば確実にバレるし、であれば別の人間に近くにいてもらって、その人の持つカメラなんかを通して観察していればいい。訪れたというのは、疑似的なあれである。

 私は安全なところから、紅茶とポテチを片手に優雅にしていればいいだけだ。

 なんて名案を思い付いたものか。さすが私。

 え?

 私にそんな高度なことをセッティングする知識があるのかって?

 ないわよ。悪かったわね。

 発案は愛ちゃんで、セッティングしてくれたのは布衣さんだ。小型カメラと、居場所を特定するGPS、そして極小の収音マイクを貸与してくれて、それらが私の家のテレビ画面に映るようにしてくれた。

 なんでそんなもの持ってるのかって、思ったわ。

 すっごく警戒したし、こいつ絶対なんかやってんなって確信した。

 やっぱ末田とかいうやつらの仲間なんじゃないかってね。

 布衣さん曰く、デジタルガジェットは一通り揃えて試したくなるそうだ。収音マイクという名の盗聴器も、一度しか使ってないらしい。

 まぁ彼の素性を勘ぐるのはやめよう。

 今大事なのは、兄とキサキさんのデートについてだ。


 本日のデート場所は、事前に私が用意した週末にカップルで賑わう魅惑のクルーズディナー――なんかではない。

 いかにもなデートスポットを念入りに準備していたんだけれど、そこで恋愛マスターラブリー愛ちゃんから駄目出しをくらった。ありきたりかつ、着飾った場所ではキサキさんはテンパっていつもの感じを出せないだろうという、高尚なお考えだ。

 そこで愛ちゃんが提示したのが、笑いの本場、大阪なんばにあるお笑い劇場だ。

 ふむ。それは盲点であった。

 笑いは人の緊張をほぐしてくれるし、緊張ではなく楽しい思い出を擦りこんでくれる。キサキさんもお笑いに興味があると言っていた。

 というわけで、その劇場前の様子を私は画面越しに見ているわけで。

 その時、よく見知った姿がカメラの中に入ってきた。周囲の有象無象に比べて明らかに際立ったそのカップルは、少しだけ周囲の視線を集めていた。

 というより、キサキさんが注目を集めていた。

 薄いハイウェストのスキニージーンズに、透け感のある胸を強調する白のノースリーブ。清潔感と大人の魅力を兼ね備えた、完璧なビジュアルと言えよう。

 愛ちゃん曰く、ミニスカでふわふわ系の衣装はあくまで童貞のための衣装で、例えれば害虫に対する青い殺虫灯のようなものだという。

 いや、意味わかんないけど。

 とにかく、兄は異世界の7色の愛人との関係を見るに、既に女性慣れしているのは明白で、となれば童貞殺しではなく、大人な魅力を押し出していくべくだという助言だ。

 反論の余地もない、的確なアドバイスだ。

 愛ちゃん曰く、女慣れすればするほど、男は顔から胸、腰、お尻に興味が移っていくらしい。だから、より腰回りを強調するファッションにこだわったのだけど。

 どうやら兄よりも、周囲の視線を集めてしまっているらしい。

 兄らを見つけたカメラは、不自然にならないようにゆっくりと近づいていき、券売所に向かう。隣で兄とキサキさんが買ったチケットと同じものを購入した。

 ――と、券売所のおばさんを映していたカメラが、にわかに揺れ動く。


「ちょっと、何してるのよ」


 はやくキサキさんにカメラを戻してよ。

 しかしカメラの人物は、何かを慌てたようにきょどるだけ。券売所窓口と財布とを交互に視線が行き来する。

 ちなみに音声は念のため切っている。盗聴する趣味はないし。

 だが緊急時用に、通音ボタンは設置していて、私は教えられた通りスペースキーを押すと、券売所の喧騒が轟いてきた。


『え、あの。すみません。ちょっと、手持ちが……』


 どうやら、チケットを購入するためのお金を持ち合わせていなかったようだ。

 ちなみにカメラを携えるスケープゴートたる彼は、私もほとんど顔を知らない御影(みかげ)くんという、同じ学校の生徒である。

 何故そんな唐突にモブキャラを出してきたかというと、ご想像通りコナン君以上に察しの良い二人なので、知り合いが近くにいれば確実にバレる。だから二人が見たことも感じたことも意識したこともない怪しまれない第三者が必要だったわけである。

 そこで芽衣子ちゃんが、かつて1ヶ月だけゲー研にいたが、やっていたゲームの度重なるナーフ――弱体化修正――に嫌気がさして辞めていった友達を紹介してくれたのである。

 この人同じ学年らしいけど、私も知らなかったわ。

 これ以上の密偵もいないだろう。

 と思いたいのだけれど、ゲーム好きといえば偏見だが、芽衣子ちゃんと富来くんの知り合いと思えば多少は納得がいく程の、挙動のおかしさがカメラを通して伝わってくる。

 最初試しで音声を通した時も、ずっと「暑い」ってぼやいてたから。そして視線のほとんどが、下とスマホを向いていたから。仕事中にガチャしてんじゃないわよ。しかも全スカで切れてんじゃないわよ。そんでたまに上を向いたと思ったら、ミニスカの女の子を追いかけてんじゃないわよ。ちょっとしゃがむ振りしたり、エスカレータを無駄に上っては下りてを繰り返したり。私見てるの知ってるわよね。

 絶対童貞じゃん。私が言うのもなんだけどさ。


 手伝ってもらっといてなんだが、報酬は別途渡す予定だから言いたいことは言う。当然、今日の追跡でかかった費用も支払う予定だ。

 だが、事前に軍資金を渡していないことがあだになった。彼は手持ちに1000円札一枚しかないようで――それもそれでどうなのよ――チケットの券売所のおばちゃんに執拗に早くしてと攻め立てられていた。


『5000円って……たか……たかがお笑いで……? テレビでいいじゃんもう……』


 とかくイラチである。

 お笑いの聖地で、勇気ある発言だ。寺で讃美歌を歌うくらいちぐはぐな存在だ。

 人選間違えたな。

 御影くんは一度券売所を離れ、コンビニのATMでお金を下ろしだした。パスワード見えてるから。0721じゃないわよ。どこで大胆になってんのよこいつ。

 しかも4000円! 細かいしそれチケット買ったら財布の中身ゼロになるし!


『手数料高……ちっ。ざけんな……』


 女々しいしちっさい男だ。

 私は何を見せられているのか。

 これ以上は心を疲弊すると思い、そっと音声を切る。

 御影くんはもう一度列に並び、同じ劇場の席を取ろうとする。

 が、なんと座席は埋まったらしく、立見席のみの案内となるようだ。3000円也。

 これも絶対愚痴言ってるなーなんて思いながら、御影くんは会計をようやくすました。

 ほぼ兄たちが映ってない!

 もはや劇場が開演するまで2人を見つけられることはないだろう。

 しばらくは肝っ玉も器も小さい男子高校生の不慣れな休日を見ていることになりそうだ。




 おい。

 探すの諦めてアニメグッズショップに入るんじゃない。

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