フリプでもらったゲームはやらない
「ど、どうしてそんなこと言い切れるのよ! 求めあう仲なんだから、付き合うのだっておかしくないでしょ?」
愛ちゃんの失礼な物言いに、私は毅然とした態度で抗議する。
愛ちゃんは、人差し指をピンと立ててこちらに向けた。
「ノンノンノン。お志津、わかってないわね。私が過去何度そのパターンで泣かされたと思っているの?」
知らんがな。
さらっと悲しい過去を打ち明けないで。
友達でいずらい。
「基本的に恋愛はヤリタイ⇒付き合う⇒ヤル⇒別れるっていうサイクルで回ってるの。地球が回るのと同じくらい摂理なの。ここまではわかる? ドゥーユーアンダーグラウンド?」
「なんかやだその猿感。え、初めは良い人だなぁ~とかから始まるのでは? 恋愛ってそうでしょ? そうよね?!」
「お、俺もそう思うぞ!」
富来くんが援護してくれる。
心許ないけど。
「童貞はだいたいそうね。でもある程度恋愛慣れしてる人だと、結婚のために付き合う相手と、ヤるだけの相手を巧みに分けて考えるようになるわ。私の場合、後者ね」
だからそんな悲しいことをホームズ顔負けの推理顔で言わないで。
「大事なのはこの“ヤル”という工程。この工程が済まされた瞬間が男のピークであり、以降は女への興味は右肩下がりになるの。男はヤリたいがために女にアプローチし付き合う。終わったら飽きるまで付き合ってポイ。そしてその繰り返しの中で、結婚したいのタイミングが合えば、晴れてゴールウィン。つまり結婚なんて気まぐれが起こした妥協でしかないの」
「全国のご夫婦に謝ってきなさい」
たかが女子高生が何を語るか。
それとウィンって言うな。ウィンって。
さっきも流したけどグラウンドじゃないし。
「つまり、付き合う前に抱かれたなんて、未来はないことこの上ないことコトトギスよ。女は馬の前にぶら下げたニンジンのように、男を誘惑しつつ抱かせず、苦労してようやく手に入れて初めて男はそれを愛するの」
「ひどい言い方だけど、あるあるなのよね」
芽衣子ちゃんが愛ちゃんの発言を肯定する。
やめて。あなたはピュアな子でいてほしい。
男を知るとみんなこうなるのかしら。
嫌だ。私恋愛したくないかも。
「お金で買ったゲームはやりきるけど、フリプでもらったゲームは結局やらない、みたいな」
「うん、わかんない」
「まぁ確かに。苦労して手に入れたものは大事に取っておくけど、無償で配られたり簡単に手に入ったアイテムは気にせず売ったり捨てたりしちゃうかもな」
富来くんがそう付け足す。
一事が万事ゲームが例えなのは気になるけど。
それぞれ個性的すぎて意見を鵜呑みにしたくない自分がいるけれど。
でもこれだけの人たちが口を揃えていうのであれば、そうなのだろう。
「じゃあなに? キサキさんと兄が付き合って結婚する未来はないってこと?」
「そうでもないんじゃないか?」
と、意外や意外。富来くんがそういった。
ぎょっと女子全員に見つめられて、おどおどとしだす。
「セ、セフレとかそういうのは俺わかんないけどさ、でも少なくともそういうことするくらいには互いを認め合ってるっつーか、求めあってるわけじゃん?」
「まぁそうね」
「だったらお兄さんの中で、こう踏み切れない何かがあるんじゃないか? 付き合いたいけど、付き合えない、みたいな」
「ふぅん。チー牛のくせに、やるじゃない?」
うわっ。愛ちゃんがねっとりと富来くんを認める発言。
なにその、私はわかってたけどようやくその答えにたどり着いたのね、みたいな言い方。
恋愛マスターを名乗るならそれくらいすっと意見出してよ。
「ずばり、お志津のお兄様には、過去に忘れられない女がいるのでは?」
芽衣子ちゃんに言われてはっとする。
そうだ。思い出した。
確か異世界での特別な相手だった……そう、リヒトさんだ。
あの龍が巻き付いたキーホルダーを兄に形見として残した。
今思い出してもだっさいけど。
でも。
その人物が、今でも兄の記憶の中にいて。
とてもとても大事な、大切な記憶として。
「そっか。そういうことだったんだ」
きっと兄はリヒトさんのことが忘れられないから、次の恋愛に進めないんだ。
それくらい兄にとってはとても大切な人で。
でもその人は命を奪われて。
きっとキサキさんも、その相手に遠慮している。
それはとても切なく悲しいーーーー
――いやだからって、キサキさんに手を出すなよ。
内心でつっこんでしまった。
それとこれは別。兄の境遇には一定の理解は示すけれど、キサキに対する仕打ちとは切り離して考えなければ。
あいつ、最低!!
久しぶりに心の底からあいつを罵れたわ。
これよ。この感じ忘れてた。
考えたらはらわたが煮えくりかえる気分よ。
キサキさんで寂しさを紛らわすなんてサイテーにもほどがある。
ましてや相手を勘違いさせて都合よく利用するなんて。
女は欲望を満たすためのオモチャじゃない。
でもーー。
あいつの中にある過去の未練。
それをもし、そっとどかせてあげることができれば。
あるいは。
「こういうとき、どうすればいいの富来くん?」
「え、俺? わかんねぇよ。だってほら、俺はその、芽衣子がはじめての彼女だから……」
「想像しなさい! イマジネーションよ! もし芽衣子に振られて、芽衣子が他の男に股を開いていたら? 芽衣子が子を孕んで幸せそうな家庭を築いていたら?」
愛ちゃんか割って入ってくる。
言葉選びが惨憺たるものだけれど。
「家は新築の一軒家で、土地込み4200万! 35年ローンのボーナス払い込みで、車はハリヤーの限定モデルっていう、小金持ちなのよ!?」
仮定の話が生々しすぎる。
その情報は必要なのだろうか。
「う……め、芽衣子が……いやだ、そんな……」
富来くんが頭痛のように頭を抱えて苦しみ出した。
「方や俺は月収21万のプログラマーで、手取り17万そこそこ。ボーナスなんてものはなく、たまに出ても寸志で友達との飲み会で必死にボーナスの話をされないようにさりげなく仕事以外の話に誘導する日々……しかも彼女なんて芽衣子以来まともにおらず、一度できた彼女は地元で就職して地元の元彼と寄りを戻してLINE一本で別れ話をされて女性不信に……ぐぁぁぁぁ!」
こっちも生々しい未来予測がきた!?
何この人たち人生二回目なの? 妙に詳しくない?
富来くんはそのまま人のものとは思えない呻き声を上げた後、静かに息を引き取った。
そのあと、富来くんが目を覚ますことはなかった。




