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緊急会議

「ということで、緊急会議を始めます」


 教室のとある一室。

 というか第二視聴覚室。つまりゲー研の部室で私は言った。

 目の前には愛ちゃんと芽衣子ちゃん。そしてその彼氏の富来くんがいる。芽衣子ちゃんは富来くんの膝の上にいる。

 まぁそれは放っておこう。ラブラブしやがってクソめ。


「はぁ」


 何故か。

 愛ちゃんが大きなため息をついた。


「どうしたのそんな理由を尋ねてほしそうなため息をして」

「あ、出てた? 聞こえちゃった? ごめんねお志津。悪気はないの。続けて」

「絶対気づいてほしかったやつじゃん! 早く言って! じゃないと進めない!」

「え。え。え。でも言うとほら、空気悪くなるじゃん? あーしそういうのヤなの。みんなハッピーソーリークレイジーになりたいの」

「クレイジーになっちゃいけないでしょ。めんどいから早く言ってよ」

「そう? じゃ言うね? あーし言いたくないって言ったよ?」

「さっきからあーしって言わないで」

「私だけを頼っていたお志津が。私だけのお志津が。私のはじめての人が」

「三拍子全部嘘」

「私を頼りたいって言うからドキドキワクワクのワクワクさんでついてきたのに、どうしてここに芽衣子とよくわかんないチー牛までいるの!?」

「チー……」


 言われて、すっごい小さい声で富来くんが呟いた。

 侮蔑用語なのだろうが、富来くんにとって愛ちゃんというクラスのヒエラルキーの上に位置する陽キャは、水と油どころか天と地というか。いや、太陽と泥というか。とにかく言い返す勇気などない。実際に今の今までお互いに顔を合わせてすらいない。


「愛ちん。富来くんはチー牛じゃないのよさ。高菜たらこマヨ牛丼派なのさ」

「芽衣子。それなんのフォローにもなってない」

「愛ちゃんひどいよ。こう見えても富来くんはそこそこすごい人なんだから。ゲーム界の冥王星なのよ?」

「おい。嶺もディスってる……しかも冥竜王だし……いや、いいけど……」

「いやぁぁぁ! お志津が! お志津がオタに毒されてる!! 私のお志津が! 男を知らない一輪の花が! しなしなの! チー牛に!!」

「うーるーさーいー!」


 いい加減にやかましい愛ちゃんに叫び散らす。

 するとようやく彼女は静まり返った。


「あのね。愛ちゃんそれは偏見。ゲームやアニメだって素敵な趣味よ。それをやってる人まで否定するのは嫌いよ。愛ちゃんにそんな嫌な人になってほしくない」

「ぐすん。わかった。でもおキサキ様だけならず、他にも女を作っていただなんて……愛、一笑に付す!」

「一生の不覚かな。それだと問題ないことになるからね」


 芽衣子ちゃんに慣れ過ぎて、愛ちゃんのこのテンションが疲れてくる。

 私たちの関係も潮時かもしれない。

 なーんて。

 とりあえずあしらえたから良しとする。


「今はより多くの人の協力が欲しいの。だから芽衣子ちゃんたちほやほやカップルの意見も参考にしたいのよ」

「恋愛相談!? なら私だけで十分じゃない! ……はっ、そっか。私への恋だから別の人を?」

「だったらなおさら愛ちゃんを呼ばないわよ」

「え、じゃあもしかしてここで、ここここ、告白!? 待って。マテウスマテウス。私心の準備ができてない! なのに下の準備は既にジュンジュワー」

「入院してからギアあがってない?!」

「ちょっとね。ノーマルモーターからウルトラダッシュモーターに」


 知らないけど愛ちゃんの知識も充分オタクだと思う今日この頃


「だって愛ちゃん彼氏いないじゃない」


 仕切り直して私がサラリと言う。


「ぎくっ。こ、こう見えても結構遊んでるのよ? モテるもの」

「遊ばれてるの間違いじゃない? そりゃあんだけパンツ見せてたら男良い寄ってくるわよ」

「ぎくぎくぎっくり! わわわ、私は……」

「ほほう。愛ちん、よもや君はさせ子だね」

「――――!?」


 芽衣子ちゃんの無垢な言葉が突き刺さる。

 まぁそうだとは思っていたけれど、それをストレートに言葉にするあたり芽衣子ちゃんの世間ずれがすごい。


「む」


 と芽衣子ちゃんが眉をひそめる。

 そしてゆっくりと膝に座らせてもらっている富来くんの顔を見つめた。


「な、なんだよ……」

「今、動いた」

「――ばっ!! ばか! 何言って――!」

 

 顔を真っ赤にして慌てる富来くんと、むすっと顔で怒る芽衣子ちゃん。

 何が動いたのだろう?

 謎のまま芽衣子ちゃんは無言で富来くんの膝から立ち上がり、開いていた席に座り直す。


「して、お志津。緊急会議の議題は?」

「ありがとう芽衣子ちゃん。私も何しに来たのか忘れていたところだったわ。ごほんっ。キサキさんと兄の愛のキューピッド大作戦よ!」


 未だ落ち込んでいる愛ちゃんをさておき、芽衣子ちゃんが首を傾げた。


「キューピッド? 誰かの仲を持つということ?」

「そうなのよ。何を思ったか完璧美人のキサキさんがね、私の兄を好いているみたいなの」

「おお、あのクロノスことキサキ殿が! それはめでたいですなぁ」


 え、クロノスってなに?

 なんか知らないところでキサキさんにふたつ名がつけられてる。


「お志津のお兄様ということは、それはそれはイケメンなのでしょうな」

「ぜーんぜん。元引きこもりの妄想野郎で、BL好きの変態!」

「え、びーえる?」


 聞き間違いかというように、富来くんが言葉を繰り返した。

 ミスった。つい勢いで。


「PL! 野球よ野球!」

「あーそっち。だよな……でもなんで変態?」

「変態的に好きなの!」


 押し切る!

 普段からこの強引さがあればどれだけ人生か捗るだろうか。


「とにかく、兄の人間性はどうあれ、キサキさんなんて完璧な人が好いてくれるのは奇跡! キサキの奇跡!」

「何で二回言った」

「私もキサキさんにはお世話になってるし、あんなすてきな人と家族になれるなら、こんなに嬉しいことはないわ。ていうか彼女以外の義姉は許さない」


 本当に。

 本当の家族に。

 なれたらいいなって。

 そう思えたんだ。


「そこで、みんなに恋愛下手のキサキさんを、兄とくっつけるためのアドバイスを欲しいのよ」

「どうして私たちなのよ? お志津もモテるからお志津がアドバイスするのが一番いい」

「いや、モテないし。しかも、ほら……私は、その……大人の付き合いをしたことがないし」

「大人の付き合い?」


 芽衣子ちゃんが小首をかしげる。


「そう。だから、その……」

「お志津は、生娘なのよ」


 うなだれたままの愛ちゃんがようやく吐いた言葉がそれだった。

 なんでそこだけ発言するのよ。

 こら富来! 私を見るな!


「なんと! ということは、もしやキサキ殿とお兄様は……」

「まぁ、そういうことは日常的にしてる、みたいな?」


 何を言っているんだろう。清い学校という場で。


「つまり、セフレ」

「セ――そ、それはまたちょっと違うような……」

「これは厳しいですぞお志津」

「どうして?」


 ようやく、愛ちゃんが顔を上げてうんうんと頷いた。


「セフレから彼女へのジョブチェンジは――現実的にありえない」


 なんか脚を組んで決めた風にそう言った。

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