大胆
「あ、あのっ」
「……え、なに」
店外でつまらなそうに時間を潰す布衣さん。
そこに現れたキサキさんに、布衣さんはあきらかに迷惑そうな声をあげた。
「お店の外に出ているのを見つけたので。あ、あと心音がとても低く冷めていたので、何かご不満でもおありなのかと」
「心音?」
ガッデム!
一般人にその手の話は駄目!
「あ、え、いや、その……」
「いいよなんでも。正直ああいう場は苦手なんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。別に彼女が欲しいわけじゃないし。ただ人数合わせで呼ばれただけ」
待って。
今使ったわよね?
あの人今、「ああ」って言ったわよね?
兄以外にも使う人いたんだ。
いよいよ同類ね。
「……わかります。私も苦手で」
「嘘だ。あんた美人だからいろんなところで男漁りしてるんだろ」
「そんな! 私は一人の男性しか知りません!」
「……そんな正直に言わなくても」
布衣さんが若干引いてる。
なんだか墓穴を掘る予感しかしない。
「今、誰かと連絡を取られているのですか?」
「え。ああスマホ? 知り合いとね」
「どんなお知り合いなのですか?」
「……なんだっていいだろ。ただの友人だ」
「でもそのゲーム、私も知っていますよ」
「ゲー……ムってなんでわかったんだよ?」
「画面見えてましたし、文字を打つ指の音で」
「なんなんだよお前怖いよ!」
わかるわかる。
本音言えば傍に置いておきたくないくらいだもの。
「って、あんたこのゲームやるのか?」
「はいっ。とてもハマっています!」
「まじか……最近配信者も美人多いけど、一般人でも美人ゲーマー多いんだな……」
「ゲームに容姿が関係あるのですか?」
「そりゃあお前……ないか」
何かを言おうとして、布衣さんは言葉を噤む。
まぁゲーム=オタクの遊びという偏見は、私も持っていたから。
キサキさんのようなタイプの人がゲームにハマるだなんて思ってもいなかった。
だから布衣さんの言いたいことはわからなくもない。
おそるおそる死角から顔を出す。
どうやらゲームの話で一気に布衣さんの警戒心が薄れ、その話で盛り上がっているようだ。
「嘘だろ……モギモギと一戦交えたのか?」
「はい。強敵でした。しかし仲間の冥竜王ベルザーが見事に――」
「ベベベ、ベルザー!? ベルザーって、あの、ベルザー様かっ!?」
めっちゃ反応するじゃん。
ベルザーというか富来くんめっちゃ有名じゃん。
ていうかキモッ。
布衣さんキャラ180度変わってるやん。
「うわっ、まじか……二年前に引退したって聞いてたけど、まだ戦場にいたのか」
戦場?
戦場ってなに。
「って、ずっとここにいたらあいつら放って置きっぱなしだな」
「そうでした。そろそろ戻らないと」
二人がそう会話すると、キサキさんが私の方を見て小さくうなずいた。
ま、そりゃ私のこと見えてるわよね。
知ってた。
私もそそくさと側面の扉から店内に戻る。
「ごめん」
そう言いながら席に戻ると、しかしそこにいたのは野良上さんだけだった。
「おっそ。どこ行ってたの」
「すみません、すこし風に当たりに……他のみんなは?」
私の問いに、野良上さんは肩をすくめる。
すると、
「お志津ぅ! 遅い~! どこ行ってたのぉー!」
「ウィっス~!」
愛ちゃんとスーちゃんこと末田さんが腰に手を回しながら戻ってきた。
「ちょっと近い……って、愛ちゃん?」
愛ちゃんの様子がおかしい。
あきらかに、目がうつろで、顔が赤く……って、
「愛ちゃん酔ってる!?」
「ひょんなことにゃ~い!」
酔ってる。
絶対飲んでる。
べろんべろんだ。
「いや~、飲んじゃダメって言ったんだけどね? な、野良上?」
「聞き覚えがないな」
「それで吐きそうって言うからさ、トイレ連れて行ってあげてたわけ」
「……何もしてないですよね?」
「やだなぁ~志津香ちゃん。何想像したの? やっらし~」
「してないならいいです! ほら愛ちゃん、しっかりして! ……もうっ」
腰くだけになる愛ちゃんを支える私に、不意に末田さんが耳元でささやいた。
「愛ちゃん、すっごい大胆だったよ」
「なっ……!」
愕然として、ささやいた末田さんを強く睨みつける。
「ちょっ、待って待って! 俺からはなにもしてないから。愛ちゃんが、したいって言うから。しょうがないでしょ?」
「さいってい!」
「最低って……こういうことするための合コンだろ? なに今更初心ってんの? 処女?」
「私たち帰ります」
「はいストップー。ダメダメ。まだあと30分お店あるし、もうちょっと喋ろうよ」
「そだよぉ~。お志津、私楽しいのぉ~」
「愛ちゃん……」
「ほら。だから座って? ね?」
「やめとけ」
――と。
私の体に触れようとした末田さんの腕を、誰かが鷲掴みにする。
その血管の浮き出た図太い腕は。
「野良上さん」
「スー、お前飲みすぎ。未成年に手出したらヤバイのは前も経験してんだろ」
「は? 何? 正義感ぶってんじゃねえぞ? 今の話聞いておっ勃ててるくせによぉ」
「……だからお前と飲むのは嫌なんだ」
「はぁ? はぁ!? 何言ってくれてんの!? お前いつまで前の女引きづってるんだよ? そういううじうじしたとこが腹立つから、こうやって新しい女探すの手伝ってやってるんだろうガッ――っ!」
野良上さんが、末田さんの頬を思い切り殴りつけた。
店内に悲鳴が上がり、一気に場は凍り付く。
ていうか、私たちを置いてけぼりにしないで。
「やりやがったな」
「ずっとこうしたかったんだよ」
「てめぇ!」
「そこまでです」
ヒートアップした二人の間に、静かな声が割って入る。
それは、よく聞きなれた声。
キサキさんが、いつの間にか戻ってきていて、静かに音もなく二人の間に立っていた。
「暴れるのは自由ですが、ここ店内です。周囲の迷惑になります」
「なに、かっこいいじゃん。でも邪魔だ! 今女が出てくん……な……?」
末田さんが驚くのも無理はない。
きっと彼には、なぜか気が付いたら天井が見えていたのだから。
そう。キサキさんを無視して野良上さんに襲い掛かろうとした末田さんの体が、まるで風に操られているかのようにくるりと横転したのだ。
それはもしかしなくても、キサキさんの技だろう。
「は? なんだ今の……」
混乱を極める末田さんが、立ち上がり、すぐにうっと気持ち悪そうに口元を抑えた。
そしてあろうことか、その場で吐いてしまった。
やっぱり……飲みすぎるから。
「この場はお開きです。皆さん、家に戻りましょう」
キサキさんが澄んだ表情で言い、誰もがその言葉に従うようにゆっくりと動き出した。
キサキさんと布衣さんは、店員さんに謝罪しながら割れた食器などを片付けていた。
私は気が付けば眠ってしまっていた愛ちゃんを起こそうとするが、しかし意外と重い。愛ちゃん細いのに。
「手伝うよ」
不意に愛ちゃんの体が軽くなり、見ると野良上さんが愛ちゃんの体を軽々と持ち上げていた。
「家まで送るよ。せめてもの謝罪だ」
彼はそう言って、愛ちゃんを抱えて店の外へと向かっていった。
「キサキさん。私はこっちで愛ちゃん家に届けてから戻るから、そっち最後まで付き合ってあげて」
「しかし……」
「いいからいいから。たまには息抜きしないと」
せっかく布衣さんと仲良くなったのだから。
恋や愛やを差し引いても、友達としてゲームの話で盛り上がればいい。
彼女には、それが必要だと思う。
もしかしたら、兄ではない他のだれかとの愛も。
あっていいのだと。




