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えっちぃ宣伝

「却下です」


 開口一番、私は告げた。

 目の前では、『SECOND COZY』の店長、郷田さんが一枚のポスターを手にこちらをうかがっている。


「え、結構金掛かったのに!?」

「知らないですよ! ていうかなんなんですかこれは!」


 そのポスターには、私とキサキさんが背中合わせに立っていて、こちらを見ている。

 まるでアイドルグループのグラビアのようだ。

 でも、それは覚えている。写真を撮らせてほしいと言われ、店の壁をバックに二人でポーズを決めて撮らされたのだ。店長の甘い言葉に惑わされて、ついらしくないポーズを決めてしまったのは後悔している。 

 でもおかしなのは、あきらかに身に覚えのない服を着ていることだ。

 足や腕を限界まで出し、おへその出た衣装。

 こんな破廉恥な恰好をした記憶はない。

 破廉恥破廉恥。


「知り合いのデザイナーに頼んだんだけど、ダメかな?」

「駄目駄目駄目です!!」

「ここ、これは何かの魔術でしょうか? 自分の姿が紙に忠実に描かれ、あろうことか変な服を着ています……」


 当然、驚くキサキさん。

 あちらの世界にはフォトショはおろか写真もないのだろう。


「フォトショで合成してもらったんだよ。首から下全部」

「合成!? 合成獣(キメラ)ですか!? 店長禁忌を侵されたのですね!?」

「キメラというか、アイコラだね」

「……アイコラ?」

「そうか知らないのか……忘れて」


 私の疑問符に、なぜかしょんぼりする店長。

 アイコラってなによ。気になるじゃない。


「道理で心なしか体が細いなと思いましたよ」

「でしょ? モデル使ったからね。胸も志津香ちゃんよりワンサイズべぇ!!」


 殴った。

 思い切り。

 そして店長が後生大事に抱えていたポスターを破り捨てる。店長が悲痛な声を挙げた。


「なに? 今時加工なんて当たり前じゃないの?」

「個人の意思に反するものは許容できません。それに、私は私の体に誇りを持っていきていますので!」


 いや、その反論意味が分からないけれど。

 勢いで出た。


「それに、私学校に内緒でバイトしてるって知ってますよね? 大々的に宣伝しないでくださいよ」

「そっか……そうだったね。よし、じゃあ顔も変えよう」

「現代の闇ぃ!!」


 もっかい殴っておいた。

 そういうの良くないと思う。

 女の子を何だと思っているのか。


「ていうかこんなの町中に貼ったら、いかがわしい店だと思われますよ? 店長が目指したかった、ほっと落ち着ける空間ってこういうことなんですか? それ前の店長に言えます?」

「うっ……それはNGワード……」


 苦しそうに胸を押さえてしゃがみこむ店長。

 すると、間に割って入るようにキサキさんが入ってきた。


「志津香さん。それ以上は……」

「でもキサキさん。店長私たちを宣伝の道具として使おうとしたのよ? 加工までして」

「仕方がないのですよ。このお店は、店長の理想とはかけ離れて鳴かず飛ばずの閑古鳥。特に現状を打破するアイディアもなければ、経営の知識もない。恵まれた容姿と話術で他者に依存することで生き抜いてきた店長には、今この状況は人生で初めての試練なのです。道を見失い誤っても致し方がないことではありませんか?」

「それ擁護してる? してるよね?」


 店長に追ダメージ。

 痛恨の一撃のようだ。


「もうっ、わかりました。私も『二軒目』の意思を継ぐこの店を失いたくありません」


 そこまでいうのであれば仕方がない。


「できる限り協力はします。けど、ポスターで宣伝はなしですよ?」


 私が譲歩すると、店長とキサキさんが顔を見合わせる。


「ありがとう志津香ちゃん! じゃあ今日からこれで働いてくれるかな?」

「え、え、え?」


 勢いを取り戻した店長が、私にビニル袋に入ったものを差し出す。

 店長の落ち込みはどこへやら。


「さぁさぁ志津香さん。今日から心機一転、一緒に頑張りましょう!」


 キサキさんが、私を強引に更衣室へと連れていく。

 なんだか、嫌な予感。


          〇


「ハメられたぁ!」


 太ももが大きく出たハイウェストのパンツ。腰のエプロンはその機能性に疑問符が付く短さ。

 上は胸元がくっきり出るチューブトップの上に、薄いデニム生地のジャケット。しかしジャケットのボタンはついておらず、裾をパンツの中にしまい込むようにしてだらしなさを防ぐ。

 まるでカウガール風のグラビアアイドルのようだ。

 破廉恥この上ない。


「とても似合っていますよ!」

「キサキさんもなんで乗り気なんですか……」


 キサキさんも同じ格好をしていたが、私のような寸胴のスタイルと違いモデル顔負けどころか1ラウンドKOしてしまうほどのスタイルの持ち主であるキサキさんは、その衣装がよりにあっていた。

 でもどこかモデルの衣装のように思わせてくれて、扇情的ではあるけれど様になっていてかっこいい。

 キサキさんはついでに、カウボーイハットまで被っている。

 かわゆ。


「店長から相談を受けまして。志津香さんを説得するには一芝居打つしかないとなったのです」

「説得はしてないわよね。言質取られただけよね」

「まぁまぁ。これでお店が救えるのであれば、それは素敵な恩返しではありませんか」

「そうかもだけど……」


 そうなのかなぁ。

 なんか方向性が間違ってる気がするけれど。


「キサキさんは、どうしてそこまでこのお店のために?」

「もちろんお世話になっているからです。それに……」

「それに?」

「少しは、女の子というものを知りたいのです」

「え?」


 キサキさんは視線を少し落としつつ、息をするような静けさで話す。


「この世界に来て、いろんな人たちを見て……普通の人間というものを、普通の人生というものを知りました。もし、私がこの世界で生まれ育ち、普通に生活をしていたら……どんな人と出逢って、どんな恋愛をしていたのかなと」


 多分その吐露に、明確な終着点はない。

 キサキさんの、まとまらない思考が漏れ出る。

 でもそれは、とても寂しくて、でも愛おしい。


「こうやってこの世界で普通に生きれば、何かわかるかもしれないと思ったんです」


 そしてその先には、兄とのーー兄への想いがある。

 自分を愛してはくれない兄を振り向かせるために、今キサキさんはとても地道で遠回りな手段を試そうとしている。

 ううん、いろいろ試してきたのだ。

 試行錯誤。暗中模索。

 こんな人が、暗殺者だなんてあるはずがない。

 そう、あってはいけないんだ。


「よしっ。どうせやるならとことんよ。これでお客増えない方が恥だわ。キサキさん、私たちのポテンシャルを見せてやりましょう!」

「はいっ! 頑張ります!」


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