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やな予感

「志津香さん?」

「ひゃい!」


 バイト中、ぼーっと突っ立っていた私の顔を覗き込むように、キサキさんの顔がぬっと出てきた。

 可愛い顔だけれど、突然出てくると流石に驚く。


「お客様呼んでますよ!」

「あ、はい」


 店の端の席から手を上げる女性の姿。

 私は慌ててそちらに駆けよっていく。

 注文を取り戻ると、案の定キサキさんに話しかけられた。


「大丈夫ですか? もしかして体調が悪いとか」

「え、そうかな? ちょっと考え事してただけよ」

「いえ、ダメです。私に診せてください」

「診せるって……」


 --と、キサキさんが私の額に自分の額をくっつけてきた。

 ぴたっと。

 息が止まる。

 気のせいか、店内すべての音が止まった。


「はい、大丈夫ですね。熱はなさそうです」


 言ってキサキさんが離れてくれた。


「なにそれ。体温計の機能もあるの?」

「私敏感ですから」


 何のためらいもなくにっこりと言うキサキさん。

 周りの男性客が、嬉しそうに小声で話しながらこちらを見ている。


「体温だけじゃなく、今の身体の状態や心理状態、軽い未来も読み取れます!」

「え、こわっ」

「志津香さんの身体は良好。子を孕むには最良の時期かと」

「何の話!?」

「そして心理状態は少し疲れていますね。何か心配事が……って暗殺者に狙われているなら当然ですね!」


 少しほっとする。

 自分の考えを読まれているのではないかと思い、少しだけ焦った。

 そう。

 私の頭は、今常にそのことだけを考えている。


 暗殺者はキサキ・ヨウモン。


 謎の密告者は、私にそう告げた。

 その時、私は何かを言おうとして何も出てこず、慌ててゲーム機を切ってしまった。その後、nekonekonyaonさんからの連絡は来ていない。

 おそらく、それを告げたことで役目を終えたのだろう。

 とてつもない、時限爆弾を手渡されたものだ。

 そんな話、嘘でも聞きたくなかった。

 もしこれが、相手の陽動だったとして。

 それは私にとてつもない負荷をかけることに成功していた。


「じゃあその、未来ってのは見えたの?」

「はい」


 あれ、ちょっと真剣な面持ち。


「……どんな未来だったの?」

「これは言っていいのかどうか……ショックを受けませんか?」

「そんなこと言われたら気になるじゃない! ……いいから早く教えて」

「志津香さんは未来…………死んで骨になっていますね」

「そんな……ってそれ当たり前じゃない!」

「あははっ! 冗談ですよ。師匠から引き継いだ冗談です。これ、ソウタさんにもしたことがあって、今全く同じ反応でした」


 彼女は、兄の話をするとき、いつも瞳が潤う。

 私はそれを見のがさない。

 こんな人が、暗殺者なわけがない。

 でもそう思いたいだけ?

 これも芝居なの?

 私にはわからない。

 バイトを頑張る彼女も、料理に挑戦する彼女も、ゲームに熱中する彼女も。

 どれが本当で、どれが嘘なの?

 私にはわからない。


「でもこっちの世界のこの国では火葬だから、骨は残らないわよ」

「そうなんですかっ!?」


 ぎょぎょっと、キサキさんが驚いて見せると、店内から一緒に笑い声が響いてきた。

 気づけば、お客様がまるで試合の中継を見るように楽し気にこちらを見ている。酒の肴にされているようだった。


「あ、あのっ申し訳ありませんっ」


 慌てて謝罪し、頭を下げる。

 自分のことで精いっぱいで、今バイト中であることを失念していた。


「いいよ~もっとやっちゃって~!」

「これが仕事終わりの癒し……」

「あ〜萌えるんじゃぁ」

「こっち来て一緒に呑もうよ~!」

「ちょっと迷惑かけんなって」

 

 なんて男性陣の声が次々と響いてくる。

 確かに最近、男性客が多い印象がある。

 しかもよく見る顔ぶれだ。

 私は立っていられなくなり、逃げるようにカウンターに戻った。

 悪目立ちをしてしまったようだ。

 お給金をもらって働いているのに、私はすぐにそのことを忘れてしまう。

 これではバイト失格だ。

 そう思い至って、少しだけおびえながら隣に立つ店長を見上げる。


「……店長?」


 店長は、無表情のまま正面を見据えていた。

 やばい。これは怒っているときのやつだ。


「す、すみません。つい……」

「……これだ」

「へ?」

「我、天啓を得たり」


 え、急に何言ってんのこいつ。


「店長?」

「閑古鳥の鳴く店内。上がらない売上。先の見えない不安」


 やばい。急にポエムを奏で始めた。

 しかもネガティブ。


「くだらないプライドは捨てて、商人(あきんど)としての根性を見せるべきだよな」

「えーっと、店が流行るなら、是非やるべきかと」

「そう言ってくれて安心した!」


 店長は手に持っていたグラスを置き、私を見据える。


「この店を救うのは志津香ちゃん、そしてキサキちゃん。君たちだ!」

「……へ、へ~?」


 やーな予感!

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