暗殺者の正体
花の女子高生、嶺志津香17歳。
小さな頃に兄が失踪し、家族が崩壊。
父が死んで母と二人、借金返済のために生きる毎日だった。
そんなこんなで荒んでいた私だけれど、突然の兄の帰還ですべてが狂い始めた。
いえ、結果的には、正常に戻った。
私はすべてから解放され、今はただの女子高生になった。
学校ではきちんと勉強し、夜は数時間のバイトをこっそりして、そして休日は友達と一緒にカフェなんか行ってキャッキャウフフと恋バナに花を咲かせる。
そんな毎日を。
送っているはずなのに。
「どれ、どのコマンド!? これか! これで殺すのね!」
私は必死にゲーム画面と向き合っていた。
家で。
「キュウ!」
「あ、こらシンディ! 画面見えない!」
画面の中で、私のキャラクターが敵を倒していると。その動きに反応したシンディが興奮してテレビに襲い掛かる。
このゲームは、先日ゲー研でやっていたゲームとは別のゲーム。
今新規プレイヤー獲得のため、無料配布を行っているMMORPGであり、実際私はMMORPGが何なのかはよくわかっていない。とりあえず、みんなでプレイするRPGみたいなものらしい。
では何故花の女子高生の私が、休日の夜中にこんなものをしているかと言うと。
「なんなのよチュートリアルって……ささっとゲームさせなさいよぉ!」
画面の下部に16個くらいコマンドが出てくるんだけど、それをコントローラー1つで扱うのが慣れない。これ押しながらこれ押す、みたいなのが。いちいち画面の下を見てきちんと操作できているかどうかを確認するのだけれど、そうしている間に敵に攻撃されて死にそうになる。
「なんで私がこんなことを……!」
すると、敵を倒しあぐねている私を見かねたのか、近くにいたキャラクターが爆発する炎のような魔法で敵を倒してしまった。
そのキャラクターは、黒を基調とした鎧に身を纏っていて、いかにもな感じ。
ほぼ全裸の私とは比べるまでもない。
ていうかこんな格好で外に出ないでよ。
「あ、ありがとう……って喋っても聞こえないのか」
私は慌ててテキストを打ち込む。
ゲーム機を買ったときについでに買ったキーボードが、ようやく日の目を見るときが来たようだ。
私がテキストチャットで感謝の意を伝えると、そのキャラクターは「w」と返してきた。
草生やされた、と少しいら立つと、しかしようやくそこで相手のプレイヤーのアカウントが目に入る。
「あ。nekonekonyaonさんか」
そう。私にしつこくフレンド申請を送ってきていたアカウントの人で、先程その熱意に負けて許可をしたのだった。
だがその時、nekoさんは一言目に言った。
――暗殺者の正体を知っているぞ。
と。
私はnekoさんがこのゲーム内で会おうというので、それでわざわざこのゲームを始めたのだけれど、チュートリアルとやらが強制で始まってしまい、それをクリアしないと街から街へ移動できないというのだから仕方がない。
だが来るのが遅かったのか、あちらから迎えに来てくれたようだ。
『はじめまして』
テキストを打つが、しかしnekoさんは何も言わずに動き出した。
挨拶くらいしなさいよと思いながら、私はnekoさんの後をつける。
しばらく平原を進むと――この間、襲い来るあきらかに強そうな魔物をnekoさんは瞬殺していたーー小高い山の上に大きな石造りの拠点のようなものが見えてきた。
入口には立派な門があり、門番まで立っていて仰々しい。
その中に入っていくと、そこでは一つの街のように盛り上がっていた。その街の中心にあったバーのような場所に入っていき、さらにその奥、もはやVIP席のような個室へと連れていかれた。
にわかに受け入れがたい状況だ。身の危険を感じる。
リアルなら。
『座れよ』
と言いながらnekoさんのキャラクターが椅子に座る。
いや、座る必要なくない? リアルの私は座ってるし。
あとここに連れてくる意味あった? 個別チャットでどこでも会話できるじゃん。
もっと言えば、そもそもこのゲーム始めなくたってよかったわよね。
なんて言うのも野暮かなと思い、言われた通り椅子に座ろうとするけれど。
貴重な情報提供者だ。機嫌を損ねるわけにはいかない。
「あれ……コマンドどれだっけ」
とにかくこのゲーム、選択コマンドが膨大にある。
攻撃と防御くらいでいっぱいいっぱいな私には、もはや情報過多が過ぎる。
椅子に座ろうして、椅子の周りをぐるぐる回り、挙句の果てに床に座ってしまった。
『wwwwwww』
アカウント通報してやろうかしら。
ゲーム内での姿勢なんてなんでもいいでしょ!
『言われた通り来たわよ。教えってt』
『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』
え、電源コード抜いていい?
『ていうかボイチャにしない?』
『それは駄目だ』
『どうしてよ。そっちの方が話しやすい』
『奴らを舐めるな。声に出したら、必ず聞かれる』
『奴らって?』
『暗殺者だ』
ようやく。ここにきてようやく、私の中の緊張のスイッチが入る。
『奴らは優秀な暗殺者だが、この異世界にはまだ順応してない。だから電子でのやりとりであれば、盗聴されることはない』
異世界のことも知ってる。
これは本物ね。
『本題に入る前に、あなたは誰なの?』
『nekoでいい。この拠点のギルド・ノーヒウスのギルメンで、四柱の一人。ギルマスはつゆだくって言う人だが、まぁそっちへの紹介はまた今度だ』
『いや、紹介はいらないわ』
『馬鹿野郎。礼儀を欠くのはこの世界じゃ命取りだ。一匹狼なんてかっこつけてんじゃねぇぞ』
『私別にこのゲームしないし』
『え?』
『え? じゃないわよ。やりたくてやってるんじゃないの。あなたが話があるっていうからわざわざプレイしてるんでしょ』
『絶対お前もハマる。俺みたいに総プレイ時間数百時間もあっという間だぜ』
「廃人かよ」
つい口からこぼれ出る。
『あなたのキャラクターことは分かった。それで、あなた自身は誰なの? リアル世界での話』
『それは秘密だ。こっちも自分の命が大事だ』
まぁそりゃそうよね。
情報提供者は秘密にしたがる。
『でも暗殺者を知っているってことは、知り合いなんでしょ? それに異世界人』
『……』
待って。
「……」って、文字で打つ人いる?
いちいち一挙一動がおかしくて話に集中できないわ。
『俺のことはいい。さっさと話を終わらせよう。じゃないと感づかれる』
『感づくってなによ。電子の世界の動きは察知できないんでしょ?』
『察知はできない。が、この話に緊張したり興奮したりするお前のことは伝わる。今はゲームをしてると思われてるから誤魔化せるが、あまり長いと違和感を持たれる』
『なにその高性能レーダーみたいなの』
『その通りだ。相手はすべてを見ている。今この世界にある電子の中までは読み取れないが、でも直接画面を見られたらアウトだ』
『大丈夫よ。窓は閉めてる。監視カメラなら、もしあったとしても兄が止めてる』
『無駄だ』
どうして?
そう疑問に思いキーボードに指を添えた瞬間、しかし私の返答を待たずにあちらからさらにメッセージが届いた。
『暗殺者は、いつもお前のすぐそばにいる』
――え、という言葉が喉の奥で鳴った。
そばにい「た」――ではなく――そばにい「る」。
そう言った。
『いつだってお前を殺せた。お前の兄がどれだけ急いでも間に合わないくらい近くで、ずっとお前を殺すチャンスをうかがっていた』
『……それって、浦くんでしょ?』
『違う。今、お前の脳裏に浮かんだ人物だ』
……嘘。
やめて。
そんなの聞きたくない。
これが面と向かってのやりとりなら、耳をふさいで言っていたと思う。
でもキーボードを打つ手が、それを拒む。
『そんなはずない』
『それはお前が決めることじゃない』
『嘘よ。あなたが暗殺者でしょ? そうやって私を混乱させようとしてる』
『信じるも信じないも、お前次第だ』
都市伝説か。
『じゃあ、ほんとに……』
『ああ』
『本当に、愛ちゃんが暗殺者なのね?』
『いや、なんでやねーーーーーん!!』
沈黙。
私も、おそらくあちらも、一瞬思考が停止している。
お互い、次の一手を探しあぐねている。
『え、違うの?』
『違ぇよ』
『そうなの? よかった』
ほっと胸をなでおろす。
だって愛ちゃん、私をはめた前科があるんだもの。
よく漫画とかで、犯人がわざと被害に合って被害者を偽装するから、その手の類かと思った。
『じゃあ誰なの? 浦くんしか思いつかない』
『もっと近くにいるやつがいるだろう』
『もっと近くって――』
『キサキ・ヨウモン』
私の返答を最後まで待つことなく、nekoさんは続けていった。
『やつがお前を狙う暗殺者だ』




