nekonekonyaon
「ってことがあったんですよ」
「あ~それは別れるね」
バイト先の『SECOND COZY』にて、最後の片付けをしながら話していた私に、店長の郷田さんがいつも通りの顔でこともなげに言い捨てた。
「うちにもいたなぁ、オタクカップル。なんかああいう輩に限って、人目もはばからずいちゃつくんだよね」
「昔も同じだったんですね」
「昔って言うな」
「すみません」
店長、最近歳を気にしているようで、ジェネレーションギャップを異常に嫌がる。
別に店長は若く見えるからそれでいいのに。
「だいたいイチャイチャベタベタのカップルは別れる。これは恋愛の法則ね」
「イチャイチャしないカップルなんているんですか?」
「人前でだよ。自分たちの世界に入りがちなカップルは、そっくりそのまま裏返って憎悪や嫌悪に繋がりやすい」
「なんか、つらたにえんですね」
「つらたに……? なにそれ」
「え、知らないんですか?」
「あー知ってる知ってる。テレビで芸人がやってた」
違うけど。
でもそういえば、最近周りが使ってるのを見たことがない。
もはやこれも時代遅れなのかも。
「ていうか高校生カップルなんてのは、卒業したら9割9分は別れるよ。そのまま付き合って結婚なんて、そこの川で砂金見つけるくらいの確立だ」
「そんなことないでしょう」
「わかってないなぁ、志津香ちゃんは」
子ども扱いされ、少し腹が立つ。
自分はおじさん扱いされるのを嫌がるくせに、人を子ども扱いするなんて。
「まかない上がりました~よっと」
階下から両手にお盆を乗せたキサキさんが上がってくる。
「おぉ」
テーブルに並べられたまかない料理に、私はつい感嘆の声を上げてしまった。
「春巻きにチャーハン、それと卵スープに刀削麺の塩ラーメンです!」
「わんだほ~!」
もはやそれは中華一番だ。
高級料亭のように艶めく中華料理がそこに並んでいる。
「いやはや。成長が早い」
「本当ですかっ!?」
「うん。教えがいがあるよ。ていうか俺より上手い……」
「これも花嫁修業ですっ。私もっともっとうまくなります!」
「うん。でもうち中華料理屋じゃないんだよね」
「はいはーい。いただきまーす」
二人が駄弁っているうちに、料理を口に運ぶ。
「ん~~~っまい!!」
じゅわわ~と広がる味。
染み出る肉汁。
まとわりつく油。
そのどれもが、私の全身を刺激する。
「私キサキさんと結婚する」
「えぇっ!? わ、私とですか!?」
「うん。キサキさんとならやっていけそうな気がする」
「志津香ちゃんそれ、家政婦欲しいだけじゃん」
「なっ、店長それは失礼ですよ」
「どっちが」
なんて笑いを交えながら食事。
私にとって、なんだかんだで一番楽しい場所は。
心安らぐ場所はここかもしれない。
なんて。
死亡フラグたてちゃった。
お店が安全無事でありますように。
「ん?」
口いっぱいに料理をほおばっていた私のポケットがブルリと震える。
見るとそこにはメッセージが一件届いていた。
「志津香ちゃん。仕事中にスマホ持っちゃだめでしょ」
「すみません」
なんて誤魔化しながら席を立ち、トイレに向かう。
来ていたメッセ―ジは、普通のメッセアプリではなく、ゲーム機と連動しているメッセアプリだった。いちいちゲーム機をつけるのが面倒で、律儀にメッセージをスマホで受け取れるようにしていたのだ。
その結果は、ファンメの嵐だったけれど。
でもたまに、芽衣子ちゃんや仲のいい人から送られてくる。
そして今回、そこに記載されていた名前は。
「nekonekonyaon……」
出た。
例の、しつこいアカウントだ。
何度も何度もフレンド申請を送ってきては、それを無視していたけれど。
「こんなに来るってことは、もしかして知り合い?」
ふと疑問に思い、私はフレンド申請を許可する。
どうせ変な人なら、ブロックすればいい。
なんて軽い気持ちで押してしまう。
すると。
「お」
スマホをしまおうとした瞬間、すぐに通知の知らせが鳴る。
画面には、nekonekonyaonの文字。
「早いわね」
警戒しつつメッセを開く。
開いたらウィルスが飛び出して、スマホが使えなくなる。
なんて想像しながら。
「……え」
だがそこに書かれた文章に、私は自分の息がはっきりと止まるのがわかった。
――暗殺者の正体を知ってるぞ。




