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レッドアイ

 去年の誕生日に愛ちゃんから貰った、ホットパンツスタイルのもこもこパジャマを脱ぐ。

 この手の服は春とか温暖な気温の時にしか着られないから寂しい。

 キャミソールを着て、タイツを履き、その上から制服を着ていく。


「よし」


 大丈夫。今日もきちんとしてる。

 以前、いろいろあって制服がボロボロになってしまっていたけれど、私の巧みな裁縫さばきで何とか新しいものを買わなくてすんだ。


「いいお嫁さんんいなりそっ」


 相手はいないけど。

 なんて馬鹿な事を言いつつカバンを手に取り階下に降りる。


「行ってきまーす」

「いってらっしゃい」


 母――ではなくエプロン姿の兄が返してくれる。

 もはや主夫が板についてきたようで。


「今日遅番だっけ?」

「ああ。だから夕飯頼むな」

「わかった。奮発して良いお肉にしよっと」

「おい、なんで俺がいない時に」


 なんて少し前までは考えられないような会話をする。

 まるで新婚夫婦みたいで気持ち悪い。

 そんなやり取りをしつつ靴を履き、扉に手をかける。

 外に出ると今日は少し寒くて。

 空には雲が立ち込めていた。


「やだ。雨かな」

「傘、持ってくか?」

「そうね……」


 ――と。


「ん?」


 家を出てすぐの地面に。


「ん? んん?」


 何かを見つけて、恐る恐る歩み寄る。

 それは白い、輪っか上の。


「何これ?」


 開いたサメの歯を正面から見たような、ギザギザの白い物体。

 それに手を伸ばす。


「触るな!」


 兄に言われて手を引っ込める。

 兄は私を追い抜くように前に立ち、その地面に落ちたそれの横でしゃがみこんだ。


「……なにそれ?」

「トラバサミ」

「とら?」

「いわゆる狩猟用のトラップだよ。ネズミ獲りのもっと大きい生き物向けの」


 そういって兄は傍にあった木の枝を手に取り、それをトラバサミの中心に向かって突き刺した。


 ――ガチャン!


 大きな音がして、トラバサミが勢いよく左右から閉じる。それこそ本当に、サメが口を閉じるように。

 すると直径2センチ以上はありそうな木の棒が、バキリと折れて先端が吹き飛んだ。


「な?」

「……な、じゃないわよ」


 何そのドヤ顔。

 新鮮なキュウリを生でかじってアピールする農家みたいな。

 折れた木の枝が良い味出してる。


「誰がこんなとこで狩りを? 狸でも出るのかしら?」

「いや……明らかに人の通る道に仕掛けられてる。おそらく狙いは……」

「私たちよね! 知ってた! わざととぼけたのよ!」

「それにこれは……やはりウラが使うトラップだ」

「めっちゃあからさまに命狙ってきてるじゃん。闇に紛れる気皆無じゃん!」

「……」


 何か難しい顔で考えている兄を横目に、ため息をつく。


「とにかく。帰るまでに犯人捕まえてなんとかしといてよね」

「おい、学校行くのか?」

「行くわよ。当たり前でしょ? 狙われてるのはあなた。私は無関係」


 べーっと舌を出して反転する。

 私は学校へと急いだ。


           ○


「お志津。合コン行かない?」

「行かない」

「合鍵コンテストなんだけど」

「合鍵コンテスト!?」


 学校の教室の中。

 愛ちゃんからの予想外のお誘いに、思わず叫んでしまう。


「それ何を競うのよ……」

「どの合鍵が一番すごいかよ」

「そのすごさってなに」

「去年の大賞は、核爆弾を発射するときに使う鍵の片方だったわ」

「合鍵あるのあれ!? ダメくない!?」

「そして今年の大賞候補は、もう片方の鍵よ」

「中止! 今すぐ中止して!」


 第三次世界大戦が勃発する。

 世紀末の到来だ。ひゃっはー。


「やっぱりお志津はダメかー」


 おふざけを終え、愛ちゃんが机に突っ伏す。

 今は昼食時間で、おしゃべりタイムだ。


「合コンなんて、誰とするのよ?」

「ん? 知り合いの大学生の人がさ、女子高生と喋りたいからーって」

「ロリコン……」

「言っても年齢は2つ3つ違うだけよ? それに大学生ってなんかよくない?」

「どこが?」

「ん~響きが」

「愛ちゃん大学入った途端先輩男子にめちゃくちゃにされそうよね」

「性の乱れ?」

「言及はしない」


 すぐそういう方向に持っていきたがる。


「でもお志津だってそろそろ彼氏欲しいでしょ? 前のあいつが、ほら、ああだったから」

「あー……その話はしたくない」

「ごめそごめそ。ごメソポタミア」


 私はお弁当に詰め込んできた唐揚げを取りあげる。


「彼氏なんてしばらくは考えない。今は受験よ受験」

「それはそれ! これはこれ!」

「愛ちゃん本気で勉強してる?」

「愛から愛を取ったら何が残るの? 何も残らない」

「じゃあ今は何もないのね」


 ――と、愛ちゃんが私のお箸につままれていたからあげにかぶりついて奪った。大事なからあげなのに……。


「ああっ!」

「お志津の愛だけが今の私の活力……ん、これはニチライの冷凍からあげね」

「なんでわかるの……からあげマイスター?」

「お志津が捨てたレシート拾って把握してるから」

「ドン引きなんですが!?」

「安心して、家計簿も付けてる」

「収支を把握されてる!?」


 ヤバイ。

 私の家庭事情が愛ちゃんに筒抜けだ。

 この間は私の生理周期もチェックしてるって話だったし。

 本当の暗殺者ならぬ暗躍者はここにいたか。

 すると、美味しそうにもぐもぐ口を動かしていた愛ちゃんの顔が歪む。


「ん? なんか、ちょっと変な味……」

「え? 嘘、何も入れてないんだけど」

「あ」


 ――と、愛ちゃんがいきなり突っ伏し頭を机に打ち付けた。

 まるで突如眠る病気のように。初登場時のエースのように。

 ごつん、と冗談には聞こえない音を立てて。

 机に頭を打ち付けた。


「愛ちゃん……?」


 動かなくなった愛ちゃんを揺する。

 しかし愛ちゃんは本当に微動だにせず反応を示さない。


「……え? そんなにまずかった? ……愛ちゃん?」


 体を強く揺らす。

 冗談ではなさそうな雰囲気に、焦りが募り始める。


 すると、愛ちゃんの体が、重力に従って床へと崩れた。


 その音に、クラス中が静寂に包まれる。

 周囲の視線がすべてこちらに集まった。


「愛ちゃん!!」


 駆け寄り抱き上げた愛ちゃんの可愛らしい顔は青く冷め、その口からは細く赤い血が一筋通っていた。


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