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冥王竜ベルザー

「次」


 あれよあれよという間に、富来くん――否、冥王竜ベルザー様が相手を追い詰めていく。

 駄目。その名が頭をよぎる度に笑いそうになる。

 とにもかくにも、ついに1人目の生存者を(ほふ)り、2人目を捕まえて形成を押し戻していく。

 相手は最後の一つの発電機を点けあぐねていて、だけど着実に富来くんに体力を削られていっていた。


「これ、勝てそうじゃない?」

「……いや、厳しいな」

「ええ」


 だけど浦くんとキサキさんからは、厳しい言葉が出てくる。


「向こうも上手い。追い詰められつつも、着実に発電機を回してる。最後の発電機が点くのもそんなに遅くない」

「このまま3人に脱出されるでしょうね。時間はかなり稼ぎましたが、3人生き残ったとすると……これは再試合になりそうですね」

「そういうことだな」


 なんか冷静でむかつく。

 一喜一憂しなさいよ。

 なんでこないだげゲーム始めたばっかのやつが、百戦錬磨感出してるのよ。


「今度は私に殺人鬼をやらせてください! 相手の癖がわかりましたので、確実に全員仕留めます」


 怖い。

 ゲームの話なのに、どこか真に迫っている。

 そうやって異世界でも敵を粉砕してきたんだろうな。


「絶対負けねぇ」


 そんな勢いを殺すかのように、富来くんが言葉を漏らす。

 彼はコントローラを持つ手に、ギリリと力を込めた。


「俺は、今久ぶりに、勝ちたい……!」

「動くな富来ぃ!」


 また画面を見てざわつく。

 どうやら富来くんのキャラクターが、巡回ルートを外れて一人の生存者を追い始めたのだ。

 均衡が保たれていたバランスが崩れる。

 富来くんが追いかけるの――。


「小木くん」


 そう。あの仇敵小木くんとやらが操るキャラクターで、この試合一度も切られていない。

 噂では神プレイ連発のスーパープレイヤーらしく、どんなプレイヤーもおちょくって攻撃が当たらないらしい。

 富来くんは、私怨から小木君を捕まえるために動き出したのだ。

 確かに、あと一人倒せれば時間的にも勝利できるだろう。

 しかし相手が悪い。

 案の定、追いかける富来くんの攻撃が、ことごとく交わされる。 

 そうやっててこずっていると、ついに最後の発電機が点いた。

 ゲーム内に音が響いて、フィールド上に通電したことを伝える。あとは扉を開けば脱出だ。


「このままやってりゃ引き分けに持ち込めるだろうよ……でもそれじゃあ、ダメなんだ」


 富来くんが一人ぼやき始める。


「楽しくゲームがしたくて、勝負から遠ざかってた俺だけどよ……でも、ここで勝たなきゃ俺は一生ゲームが楽しく思えない!」


 富来くんがついに、小木君のキャラクターを切った。

 しかし生存者は2度切らないと倒れない。


「これはゲームの勝負じゃない! 男の勝負なんだ!」


 富来くんがなんかかっこいいこと言ってるのはさておき。

 とにかく逃げる小木くんの先には、残った2人の仲間が扉を開けて待っている。このまま3人で脱出できれば引き分けだ。


「任せてください志津香さん。次は私がリベンジしてやりますよ!」


 目を輝かせて次の自分の出番を待つキサキさん。

 浦くんは浦くんで自分の席に戻って次のサドンデス戦に向けて準備をしている。

 もはや誰も富来くんに期待していない。


 私以外は――。


 嘘ごめん。

 私もたいして期待していない。

 けど。


「冥王竜様……」


 芽衣子ちゃんだけは。

 まるで神に祈るように、富来くんの背中を見つめていた。


「小木ぃぃぃ! 芽衣子は、渡さねぇぇぇぇ!!」


 部室中に響き渡る富来くんの声。

 画面では、富来くんのキャラクターが、脱出目前の小木くんのキャラクターを切り倒していた。

 あとすんでのところで、脱出を防ぐ。

 別のネット中継画面では、左からコメントの大波が押し寄せていた。


「どう、なったの?」

「勝った……勝ったのよさお志津ちん!!」


 ぎゅぅぅぅ、と芽衣子ちゃんが私にしがみついた。

 もう一度画面を見ると、結果的に富来くんは小木くんを含む二人を倒し、二人は脱出。

 人数だけ見ると引き分けだけれど、脱出までの所要時間は私たちがはるかに速い。


「っしゃあ!!」


 浦くんがガッツポーズで叫ぶ。


「ん?」


 キサキさんがきらきらした瞳のまま、自分の出番を失ったことに気付く。

 中継画面でも、富来くんの勝利――つまりジャイアントリングにネット民が湧いていた。


「凄いじゃない富来く――ん?」


 功労者の富来くんを見ると、彼は椅子の上でぐったりと前かがみで固まっていた。


「冥王竜様……!」


 駆け寄った芽衣子ちゃんの瞳に涙が浮かぶ。


「おいおい、マジかよ……」

「富来さん……」


 浦くんとキサキさんも、悲痛な面持ちを見せる。

 気になって見に行くと、富来くんは力を使い果たしたのか、硬くコントローラーを握りしめたまま気を失っていた。

 でもその顔は、満足げに笑っていた。


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