なに言ってんだこいつ
さて、こうして富来くんにすべての期待がのしかかった一戦が始まるわけだけど。
「大丈夫ですか?」
キサキさんが心配そうにささやいた。
後ろから彼の背中を見る限り、緊張で手が震えているように見える。
「まぁ、試合以上のこと背負ってるからね……」
誰にも聞こえない声で言う。
「よしっ! よしよしよしっ!」
自分を鼓舞するように気合を入れる富来くん。
「富来くん。がんばっちょ!」
好意を寄せる芽衣子ちゃんの掛けた言葉に、富来くんは黙ってうなずくだけだった。
ん~ガチガチで駄目そう。
「始まったぞ」
自席に座ったままの浦くんが言うと、富来くんの画面が待機画面から試合開始の画面へと移行した。
ついに始まる。
一人の女を賭けた愛の戦いが――!
そう思ってるの私だけだけど。
試合が開始され、富来くんが動き出す。このゲーム、鬼ごっこの鬼側は一人称視点と言って、キャラクターの視界が画面に映し出される。そのせいか、生存者と違い視界も狭く相手を発見しづらい。
「最悪」
芽衣子ちゃんがぼやく。
どうやらランダムで選択されたフィールドが、富来くんの苦手とするフィールドだったようで。
部室内を、すでに敗北の空気が包み込む。
でも私は、見守ることしかできない。
「いた」
画面の奥、外に脱出するための発電機を治している生存者を見つける。
富来くんはそれにまっすぐ向かっていくが、生存者は巧みに姿をくらます。
見失ってしまった。
「おいおい、まずいぞ」
煽るように浦くんが言う。
確かに、開始2,3分が過ぎているのにいまだ敵を捕まえられていないのは遅い。
その時、絶望をうわ塗るように、発電機の一つが点いた音が鳴る。
「あ、ダメ、そこ、あっ」
隣でキサキさんが、画面にくぎ付けになりながら独り言を言っている。
なんかセリフが卑猥だ。
「おいおい、いい加減に一人くらい切れ――」
浦くんが苛立ち立ち上がり、不甲斐ない富来くんに叱咤しようと立ち上がった時、それを制止するように芽衣子ちゃんが手を差し出した。
そして、しーっと口元に指をあてる。
「待って」
「でもこのままじゃ……」
「おねがい、待って……もしかしたら」
「芽衣子ちゃん?」
芽衣子ちゃんの額には、小さく汗が流れていた。
でもそれは、この試合に負けそうな焦りなどではない。
「冥王竜様が……来る……!」
「へ?」
全員唖然と口を固める。
訳が分からなくて、芽衣子ちゃんが見つめる富来くんを見た。
富来くんはリズムを取るように、足の裏で床を叩きながらリズムを取っている。
「貧乏ゆすり?」
「違う。違うの」
「捕まえた」
富来くんが静かに言い、その通り画面上では一人の生存者が捕まっていた。
「まさか……」
「さすがです富来さん!!」
「おいおいおい、マジかよ!」
興奮気味に部室内が騒いだ。
「え、なに、どうしたの?」
私にはみんながどうして嬉しそうなのかわからない。
きょろきょろとしていると、キサキさんが教えてくれた。
「外に出るための発電機は、最後に3つ残ることになります。1つだけにしてしまうと、殺人鬼がそこに張り付いてしまい試合にならないからです」
「うん。それは知ってるけど」
「富来さんはまるで劣勢であるかのように装い、生存者を油断させて、その発電機3つをすぐ近くの距離になるように誘導したんですよ。そうすることで、殺人鬼はひたすらにその3つの発電機を巡回していれば守れますし、生存者はそれを修理するしかないからいずれ見つかる」
「えっと、それは私も経験あるからわかるんだけど、これって長期戦になるけで、結局4人も残ってたらいずれは脱出されるわよ?」
「でもこれは大会です。この試合で最も重要なのはなんですか?」
「えっと、生き残った生存者の数と……あ」
そう。
脱出するまでの時間。
「そうです。このままじりじりと時間を稼ぎつつ脱出を遅らせられれば、いくら3,4人が脱出しようともポイントは伸びないんです」
「それだけじゃねぇ」
浦くんが興奮気味に割って入ってきた。
「生存者を捕獲する場所もその巡回経路の中に入れてやがるから、敵は仲間を助けるのも命懸けだ」
「だから鉄腕のスキルを付けていたのですね……」
まるでスポーツ漫画の大会の決勝戦を語る専門家のような面持ちで画面を見つめる二人。
あんたら暗殺者と守護者だからね。
その設定だけは忘れないでね。
「でもすごいじゃない。富来くんってそこまで有能だったっけ?」
「富来くんじゃないのよさ」
「え?」
「あれは冥王竜ベルザー様。私が憧れ、お慕いし、そしてーー」
そして。
「唯一愛した御方」
芽衣子ちゃんは感涙を流しながら、小さく震える声で言った。
「彼が……帰ってきた……!」
彼女の瞳から滴り落ちる涙。
可愛らしくEラインの整った顔が、まるで一枚の絵画のようで美しい。
そんな彼女の横顔を見つめながら私は思った。
なぁに言ってんだこいつ。




