楽しくなってきた
おいでなすった明後日。
時が過ぎるのは早いもので。
来てほしくない時ほど、すぐにやってくる。
さて私はどこにいるかというと、あいも変わらず部室にいる。
「ここでやるの?」
「世界中にネットが繋がってるのに、わざわざ行く意味」
あきらかに語尾に「w」を付ける芽衣子ちゃんを横目に、更衣室から出てきた浦くんに目をやる。
なんか、ピチッとした自転車乗る人みたいなウェアを着こんでいた。
右胸には、うちの学校の校章がついている。
「なにそれ」
「あぁん? 試合だからユニフォームに決まってんっしょ」
「ゲームするだけなのに着替える意味」
「w」生やしてやったわ。
でも誰も共感してくれない。
「これお志津とキサキちんの分」
と袋に入ったユニフォームを渡される。
「着なきゃだめ?」
「おぉ~。良いではないですか、志津香さん! 私はすこぶるやる気が出てきました!」
「えぇ……」
やっぱりここでまともな感性をしているのは私だけらしい。
それに、なんでこんな際どい恰好をせにゃならんのか。
「あ、富来くんおはーー」
わー、すっごい落ち込んでるぅ。
見るからに漂う負のオーラと、乱れまくった髪と服に黒々とした目の隈。
見ているのもはばかられるくらい。
「富来くん、大丈夫?」
「あ、うん……最近ちょっと眠れてなくて」
「もしかしなくても、芽衣子ちゃんの件で?」
うわ~、すっごい顔に出るじゃん。
わかりやすすぎて漫画にできそう。
「一人だけいるんだ」
「何よ急に」
「芽衣子が言ってた人間に該当するのが」
「そうなの?」
うん、と富来くんが視線を落としたままうなずく。
「実は俺たちの同期は、半年前までもう一人部員がいたんだけど、半年前に、もっと高みを目指したいって言いだして転校したやつがいる」
「高み……」
「うちだと、お遊戯会にしかならないんだって。プロになるにはもっと強いところで揉まれないとって」
「プロ……」
「な、なんだよ?」
「大丈夫。続けて」
悪意はないんだけれど、いちいち気になったワードを復唱してしまう。
「多分芽衣子が言ってたのはそいつのこと。俺たちの中では断トツにうまかったし、確かにあれ以来一緒にプレイしてない」
「そう。残念だったわね」
「もうちょいなぐさめて!?」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃない。それにそれは過去の話でしょ? あなたは今勝負してるんじゃないの?」
「う……」
「なに、もしかして女の過去を気にするタイプ? 初めての女じゃないと愛せないとか?」
「そ、そんなこと言ってないだろ……」
「富来くん。男は最初の男になりたがる。女は最後の女になりたがるって言うのよ。芽衣子ちゃんが最後にだれを選ぶか、それが肝要じゃないかしら?:
「……お前、恋愛経験ないくせによく知ってるな」
「恋愛のプロがついてるもの」
お店の経営はいまいちだけどね。
郷田さん。
「でも、今日なんだ」
「いちいち大事な部分を先延ばしにするわね」
「悪い。でも、今日そいつが転校した先の高校と対戦なんだ」
「ドラマ展開きたーーー!」
なんでかガッツポーズしてしまう。
こんなに都合のいい展開なかなかない。
「これは神のオモし召しよ」
「オボし召し、だろ?」
「細かいわね。そういうとこよ」
「そ、そっか。そうだよな……」
とりあえず、むかついた点をチクリと刺す。
恋する人間とは御しやすくて助かるわ。
「今日ここで、その相手を倒す。そして芽衣子ちゃんに勝利をプレゼントする!」
「で、でも、実は相手はほぼ毎年優勝してるとこで……」
「はーうざい! ナヨナヨナヨナヨ! 負けてもいいから口だけでも大きいこと言えないの? ほら見て」
私は浦くんを指さす。
「余裕っしょ。俺が全員殺す」
「頼りになるっす浦ちん!」
芽衣子ちゃんと楽し気に話す様は、微笑ましい。
暗殺者だけどね。
「浦くんの何の根拠もない自信。でもたくましいでしょ? あの人なら任せてもいいかもって思うでしょ?」
「お、おう……たしかに思うぞ」
「負けたって、笑い飛ばせばいいの! 必要なのは自信と覚悟。誰でもできることなの」
「そうか……そうだな! そうだよな!」
「俺は勝つって心の中で百回唱えなさい! そしたら戻ってきて良し!」
「おう!」
富来くんは表情を一変させて、意気揚々と部室を飛び出していった。
私、洗脳の才能があるかもしれないのう。
韻を踏んでみた。
「とりあえず試合開始は13時からだから、一回アップしてから昼食にしようか……って富来くんは?」
「俺は余裕だから、ちょっくらコンビニ行ってくるわだって」
「お~。富来さんは男前ですねぇ」
「はっ。どの口が言うんだよっと」
「なんからしくないけど……かっこいいぞ」
三者三様の意見だけれど、どれも好意的。
純度百パーセント適当に言ってみたけど、功を奏したらしい。
さぁ富来くん。株は上げといたわよ。
あとは結果のみ!
楽しくなってきたわ!!




