フレンド
何かに打ち込むということを、私は自分の人生でどれほど経験しただろうか。
物心がついた時には兄の行方不明が原因で家族が崩壊していたから、その負債を返済するのに必死になっていた。言い換えるならば、人生に打ち込んでいたとも言えるけれど。
でも、こうして部活動をして、迎える日に向けて汗水を流すのは初めてだと思う。
「メッセです」
「ほんと?」
夜。家でゲームの練習をしていた私の横でそれを見て指導してくれていたキサキさんが、私のスマホを差し出す。
すでにキサキさんは「メッセ」という言葉を自然に吐き出すまでになっていたことに、もはや驚かない。
「愛ちゃんからだ」
「なんと?」
「お元気ですか。私は元気です。さて、最近は温かくなってきて初夏の香りが……って何よこれ」
しょうもない。とスマホを放り投げる。
ちょっと明後日には大会だから、練習に集中させてほしい。
すまぬな、愛ちゃん。
「あ、また来た」
「ファンメですね!」
ファンメ。
それはゲーム機上で送られてくる、煽りメッセージのこと。
オンラインゲームをしていると、嫌というほどこのファンメが送られてくる。
負け惜しみ、勝者の煽り、そしてナンパ。
「またこの人。教えてあげましょうか? だって」
メッセージはゲームのキャラクターのアイコンからで、要約すると「一緒にプレイして教えてあげるから、ボイスチャットをしようよ」ということだった。
これがいわゆるナンパ。
私のアイコンや紹介文から女性だと判断して、こうして送ってくるのだ。
芽衣子ちゃんいわく、新手のナンパが横行しているので、気を付けるようにということだった。
とはいえ私も、ゲー研への協力が終わればゲームをすることもなくなると思うので、フレンドを無駄に増やすつもりはない。
「でもフレンド、いつの間にか増えてるんですね」
「明らかな女の子だけね。でもボイスチャットは怖いからしない」
「こうして見もせぬ相手と知り合い、友達になるというのは不思議なことですね。これがこの世界に来て一番驚くことかもしれません」
「確かに。不思議」
「ただ。女性っぽいとは言え、ネカマもいるので気を付けてください」
「ネカマ?」
「ネットオカマの略とかで、女性のフリをしているけど、実は男性らしいです」
「なんのためにそんなことするのよ?」
「変態と芽衣子さんは言っていました」
「ヘンタイ……」
どこにでもいるのね。
変態。
いい加減にしてほしい。
「この間フレンドになったnekonekonyaonさんが、いっつもボイスチャットのパーティー申請を送ってくるのよね」
「私の時にもかかってきましたが、電波が悪いのか、すぐ切れましたよ?」
「なんで取ったの……」
「私は全然気にしないので、ボイチャ!」
「だから懲りずに送ってくるのね……」
「でもそこは怖がらず、一度話してみたらどうですか?」
「え~」
「人生一期一会ですよ? 何か新しい縁がつなげるかもしれません」
「いいわよ。十分足りている」
そんな~、としょげるキサキさんを横目に、ゲームを再開させる。
さすがにプレイになれてきた。手元を見なくても操作はできる。
でもしかし、勝率としては3,40パーセントといったところか。
「私、足引っ張るだけかも……」
「精一杯やって、それが結果なら仕方がありません! 任せてください! 私が全員吊るして勝利してみますよ!」
「頼もしい」
ちなみにキサキさんは、勝率ほぼ10割。
天性の反応速度により、冗談抜きで光速より速く動く。それはゲームでも健在で、相手プレイヤーの僅かな初動から動きを予測し避ける。
多分、キサキさん一人で充分な気がする。
まああとは、腹立たしいけれど浦くんもいるし。
なのでおそらく、明後日は私は低みの見物としゃれこむつもりである。
「ついに、明後日ですね」
「やっと終わるわね……」
瞳を輝かせるキサキさんには悪いけれど。
私はそこまで楽しみじゃない。
でも。
これでも一応友達のためなのだから。
自分ができる限りのことはさせていただきます。
さあ来い、明後日。




