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恋愛って難しい

「恋愛って難しいですね」

「どったの」


 バイトが終わり、私は賄いをもらおうとお客さんの一人もいないカウンターに座っていた。

 カウンターの中で洗い物をする郷田さんが、私の漏れ出た言葉に反応してくれる。


「こう、好きが素直に実ることってないんですかね」

「そりゃあまあ、人だからね。相手は選ぶでしょ。動物や虫だって選ぶのに」

「天文学的な数字で出会う運命の人としか結ばれないって、ロマンチックですけど悲しいですよね。どれだけ好きでも、絶対自分とは結ばれない」

「それは違うかな」

「どうしてですか?」

「人間誰しも、20年とか30年の短い期間の中で出会った人としか関係を結べないじゃん? それが結婚ってなると、結婚適齢期に出会った相手になるから、15歳から30歳くらい? の間に出会った異性の中から結婚相手を選んでるだけだよ? それっって全然天文学的な数字じゃないよ。せいぜい50分の1とか? 相手も50分の1だとして……100分の1の確率?」

「250分の1ですね」

「そっか。まぁ、全然天文学的じゃないでしょ?」

「……現実的ですね。郷田さんてロマンチストなのかと思ってました」

「女性の前ではね。その方が女性も喜ぶ」

「私も女性なんですが」

「恋愛対象に見てないからね」


 そう言って郷田さんはカウンターの端へと逃げるように去っていく。


「お待たせしましたぁ!」


 快活な声で、厨房のある半地下から上がってきたのはキサキさん。

 両手に料理を載せたプレートを2皿持っている。

 今日も今日とてキサキさんにバイトを手伝ってもらっていたんだけれど、賄いを作る段になって、彼女が自分で作りたいと言い出したのだ。

 どうせ出来あいの揚げ物とかを油に突っ込むだけだからと、郷田さんも気前よくいいよと言ってくれたのだけれど。

 だけどもだっけっど♪


「お待たせいたしました!」


 どんっ! と勢いよく置かれたプレートの上には、何やらこんもりしたライスと、その周囲に茶色や緑の細かな物体が盛られている。

 見たことない。


「キサキさん、これは?」

「元気もりもりランチです」

「いまディナーよね。この黄色いパン粉みたいなものはなに?」

「それ、冷たい棚に入っていたとんかつとか言う食べ物です」

「私の知ってるとんかつと違う」

「カチカチに凍っていて食べにくそうだったので、粉々に砕いて喉に通るようにしておきました」

「わ〜すごい。冷凍食品だものね。じゃあこのライスの山の頂上から飛び出た魚の首は?」

「魚の頭は栄養がとてもあるんですよ。あ、もしかして知りませんでした?」

「異世界で俺スゲーみたいなこと言わないで。知ってるから。そっちより科学進んでますから」


 異世界で俺スゲーされた人って、こんな気分なのだろうか。

 ちょっとイラっとする。


「でも生で?」

「そうなんですよ。火が見当たらなかったので」

「ので、なによ」

「そのままでも大丈夫です!」

「んなわきゃない!」


 殺す気か。

 あれ、もしかしてキサキさん暗殺者?


「ありゃりゃ……絶望的だね」


 気を使って私がなんとコメントを返そうかと思っていたところで、戻ってきた郷田さんが賄いを見てぼやいた。


「だめ、ですか?」

「駄目というか、人の食べ物じゃないかな」

「郷田さん!」


 一転、がっかりと肩を落とすキサキさんに、追い打ちをかけるように言った郷田さんを睨む。

 そこまで言わなくても。

 しかし郷田さんは私を見ずに、キサキさんを見て続ける。


「キサキちゃん、料理とかしないの?」

「すみません。いつもは肉を焼いたり、かゆを作ったりする程度で……学校の子供たちに食べさせてるんですけど」

「そっか。まぁ誰しも向き不向きはあるよ」

「だめなんです……」

「え?」

「だめなんです!」


 キィィン――と、キサキさんの甲高い叫び声が耳をつんざく。


「わ、私、料理ができるようになりたいんです!」

「キサキさん?」


 珍しく取り乱す彼女に、私は困惑気味に見つめた。


「ちゃんと料理できるようになって、可愛い服を着て、女の子らしくして、そして……そして……」


 その先は、言わなくても予想がついた。

 兄、だろう。

 キサキさんは健気にも、私の愚かな兄に振り向いてほしくて。


「よしっ、じゃあ練習しよう」


 ――と、郷田さんがキサキさんの言葉を待たずに言った。

 キサキさんは、わずかにあふれた涙目で郷田さんを見る。


「ちょうど厨房のバイトも探してたんだ。キサキちゃんがよかったら、暇なとき厨房の手伝いをしてもらっていいかな?」

「いいん、ですか?」

「もちろん。でも料理って結構大変だよ? きちんと仕事にならなきゃ外すしかない」

「だ、大丈夫です! 私頑張ります!!」

「うん。じゃあ今からこれ厨房に持って行って、もったいないけど片付けてくれる? まずは……そうだね、冷凍食品の使い方から教えるよ」

「はいっ!」


 ピュ~ン! とキサキさんは足をぐるぐる竜巻にして消え去っていった。

 喜怒哀楽の激しい人だ。

 私がふと郷田さんを見ると、郷田さんは小さく肩をすくめた。


「相手に甘く優しい言葉をかけることだけが、正しいわけじゃないんだよ。特に女性は、優しい言葉をかけられ慣れてるからね。ちゃんと相手の立場になって真剣に思ってあげて、時には辛辣に突き放してあげることが、向こうの気持ちの解消に繋がることもある」

「……なんか。店長がモテる理由がわかりました」

「そうそうそう。後はちょっと甘い言葉をかけてホテルに――ってこら」


 なんて古臭いノリツッコミ。

 店長見た目は若いけど、30前だしなぁ。


「でも店長」

「なに?」

「新しいバイト雇ってる余裕あるんですか?」


「あ」と声を漏らしたあと、店長は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 愛らしい店長だなー。


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