芽衣子ちゃんの好きな人
「さて、大会がいよいよ今週末に迫って参りましたぞ」
部室。
放課後、部室に到着して部活動着に着替えると、芽衣子ちゃんが全員を集めた。
「泣いても笑っても、今週末で私たちの運命は決まる! 皆頑張ってくれたまえ! うん!」
バーン。
と、言い放った芽衣子ちゃんに反し、部室内は静まり返る。
「うぉおおおおおお!!!!!」
わけでもなかった。
一人。
たった一人、富来くんだけが叫んだ。
「お、おぉぉぉ!」
つられてキサキさんも叫ぶ。
「はっ! 足、引っ張んなよ?」
こいつら、ほんと馬鹿だよっ、みたいな顔で浦くんがほくそ笑む。
なんか奇妙な連帯感が生まれていた。
私はついていけそうにない。
「そもそも、そんなに必死になるような大会なの?」
座席につく直前、富来くんに尋ねてみた。
「実はな。この大会で勝利すれば、地区予選を突破して、いずれは全国大会に出られるんだ」
「そうなの?」
「ああ。非公式全国大会ってやつだ。それで優勝したら、e-sportsの会社とか、ゲームの公式から声がかかって、果てはプロゲーマーからプロゲーム実況者までの道が開けるってわけ……ってなんだよその顔。もっと驚くことだろ?」
「え、ごめん」
ちょっとどこがすごいのかわからなかった。
プロ?
プロなの?
プロなのか。
よく知らないからわからない。
「そんなことより、芽衣子ちゃんとはどうなの?」
「そんなことよりってお前な……」
「私にはそっちの方が大事。芽衣子ちゃん、髪型見てなんて?」
「カクレみたいだ~ってよ、喜んでくれた……」
「カクレ?」
「バトロワゲーの、アジア人キャラ」
「なんでもゲームなのね」
呆れた。と思いつつ自分の席につく。
慣れた手つきでゲームを起動させ、慣れた操作で練習を始める。
はじめのうちはいろいろ操作を覚えていって、うまくなって勝てるようになって、と楽しさがあったんだけど、正直言うと今は飽き始めている自分がいる。
同じことを何度も何度も繰り返す。
生産性を問うのは悪手だけれど、もっと他に有意義なことをしたいと思ってしまう自分を自己嫌悪する。
周りを見渡すと、芽衣子ちゃんも富来くんも険しい顔で集中している。
キサキさんも、にこやかな顔で画面を睨みつけている。今では専門用語のオンパレードで私はついていけなくなっていたし、家のゲーム機もキサキさんがほぼ独占してしまっている。
私はシンディと戯れる方が性に合っている。
「っしゃー! 雑魚雑魚雑魚雑魚ぉ!!」
甲高い叫び声。
浦シノブ。
異世界から私を暗殺しにきた暗殺者。
なんでかは知らない。
が、何度か私を殺そうとして、兄に読まれ、キサキさんに防がれ、そして代わりに愛ちゃんが犠牲になった。生きてたけど。
攻めあぐねた結果なのか、彼はゲーム研究部に所属している。
なんでかは知らない。
彼がなぜここにいるのかは知らないけれど、でも、彼が異世界の存在で暗殺者であることは間違いがないのだ。
そして唐突に芽衣子ちゃんが私をゲー研に誘ってきた。
キサキさんは、暗殺者も正攻法では私を殺せないから、ひと手間加えているのだろうと教えてくれた。そして暗殺者の目となり耳となる存在がいるはずだと。それが芽衣子ちゃんではないかと。
話の整理終了。
ちょっとさすがに、無神経にゲームを楽しみすぎていた。
今の自分の状況を改めて認識しなおさないと。
あっさりと、後ろからグサーで死んでしまうかもしれないのだから。
とはいえまぁ、その可能性は限りなく低い。おそらく悪意を持って近づく何かがあれば、センサーのようにキサキさんが反応して瞬時にかけて付けてくれるだろうから。
瞬時に。まさに言葉の通りに。
私だけのアルソック。
「どうしたのだお志津ちん?」
浦くんを見つめる私に、芽衣子ちゃんの顔が割って入ってきた。
「浦ちんと何か?」
「え、えぇ? いや違う違う。ちょっと口汚くてうるさくて迷惑だなぁって思っただけよ」
「辛辣」
おほほほ。これでもオブラートに包んでるのよ。
「お志津は、浦くんのこと好きなの?」
「えっ!? なんでそうなるの……やめてよ」
「でもよく見てるから」
「うっ」
どうやら他人の恋路に敏感なのは、私だけではないらしい。
「ないない。私ああいうの苦手だし」
「ほんと?」
「ええ」
今の「ほんと?」にはどういう意味がこめられているのだろうか。
同じように思った富来くんがこちらを見ていて、私の視線に気が付いて画面に視線を戻す。
「おい、富来ぃ! また凡ミスじゃねぇか!!」
「わ、悪い!」
もはや浦くんと富来くんの立場は逆転してしまっていて。
いかに見た目を変えても、富来くんの内弁慶な気の弱さは変わらない。
「芽衣子ちゃんは」
私は声を落として囁く。
「芽衣子ちゃんは、好きな人とかいるの?」
「おろ? う~ん。えへへ……」
あ、恋してる乙女の顔。
「誰?」
「秘密だぞっ。でも、同じ趣味でゲームが好きなんだ」
くぅ~! 判別のつかない憎い答えをしてくれるじゃないの!
これは楽しくなってきましたぞ!
だがしかし、私のこの好奇心をすぐに後悔することになる。
「告白とかしないの?」
「したいけど……実は今はもう一緒に遊べてなくて……」
「え?」
他人事であるはずなのに、自分の心がすっと冷めるのがわかった。
我ながら、やってしまったと思った。
思った時には時すでに遅く。
富来くんを見る。
彼は。
ただでさえ色白の彼は。
ただ真っ青になった顔でこちらを見つめていた。




