えんがちょえんがちょ
「本当に良いんですかこんなのっ?」
「大丈夫超似合ってるわよ」
足取りの重いキサキさんを、私は背中を押して進ませる。
彼女の手には、女子高生御用達のファッションブランドの手提げ袋が提げられている。
でもその中には、キサキさんが先程まで着ていた私の高校の制服がたたまれて入っている。
「うぅ……こういうのは苦手で……」
「それ、他の女の子の前で言ったら怒られるわよ。嫌味かって」
ようやくたどり着いたのは、繁華街の中心にある噴水広場。
ここで、買い物を終えた兄と富来くんと待ち合わせをしていた。
「あ、来た来た」
「む、無理です!」
キサキさんが物陰に隠れてしまう。
こういう時、本当にギャグじゃなく瞬間移動のように消えてしまうあたり、止めようもない。
「もうっ」
「うっす。待たせたか?」
兄が片手をあげて近づいてくる。
どうやら兄も服を買ったようで、スキニーパンツに、オーバーサイズのシャツ。いかにもその辺の大学生のようだ。
「どうだ?」
「なんていうか、チャラい?」
「ん? ああ、俺じゃなくて」
「あ」と素の声を上げてしまう。
すぐに隣に立っていた富来くんを見遣ると、さっきまで着ていた何の変哲もない無地のシャツから、三色の生地を使ったカラフルなシャツを着ていた。しかもパンツは兄と同じスキニー。
しかもそれだけでなく、美容院に行った後のようでツーブロックからのワックスで片方へ流している。
見た目はおしゃれだけど、肌の白さや腕の細さ、あと彼の持つ自信の無さが物足りなさを滲み出している。
なんというか、おしゃれに目覚めたばかりの高校生って感じ。
まさにそうなんだけど。
「うん。すっごい良くなった」
「ま、まじ? なんか、陽キャみたいではずいんだけど……」
「陽キャには彼女がいるわよ」
「そ、そうか。そうだよな!」
うんうん、と自分を納得させるように首肯する富来くん。
「それで、キサキは何で隠れてるんだ?」
兄があざとく気づき、私も物陰へと視線をやる。
すると、キサキさんがひょこっと顔だけを出してきた。
「え、どうしているってわかったんすか!?」
「まあ、気配で」
「気配っすか!?」
そんな兄と富来くんのやり取りはさておき。
「ほら、キサキさんこっち」
「っ。でもっ……」
嫌がるキサキさんだが、わかってる。
本気で抵抗すれば、私なんかの引っ張りにキサキさんが負けるわけがない。それどころか私が逆方向に吹き飛ばされて血の塊になっているだろう。
だから、わかってる。
キサキさんが、本音ではこの姿を見てもらいたいことを。
「ほら。どう? 可愛いでしょ?」
どさっ、と富来くんが持っていた紙袋が地面に落ちた。
彼はぽかんと口を開けたままキサキさんを見つめている。
「おぉ」
兄もうなる。
それもそうだ。170センチ強はある細身のキサキさんのスタイルに、ハイウェストのミニスカートと、ノースリーブのトップスを、あえて胸を強調させるようにシャツインさせている。
これでもかっていうくらい、雑誌モデルのような典型的なファッションにしてあげた。
選んでいる私も、着せ替え人形のようで少し楽しくなったくらい、どんな服を着せても様になるし、お店では店員さんとお客さんを巻き込んで、キサキさんに似合うプチファッション大会が行われたほどである。
「か、可愛いっす」
富来くんが間抜け面のまま言った。
それをさらっと芽衣子ちゃんに言ってあげられればいいんだけどね。
「うん。似合ってる。馬子にも衣裳ってのはこのことだな」
「ていっ!」
何その発言。と兄の脛を蹴り上げる。
全然痛がらないのが腹立つ。
「なんだよ。褒めてるだろ」
「言い方よ。素直に可愛いって言えないの?」
「なんだよ。そんな特別な言葉でもないだろ。いつも言ってるぞ。な? キサキ」
「あ、はい」
ちっ、のろけやがって。
「まぁでも強いて言うなら……」
と、兄はキサキさんにゆっくりと近づいていき。
近づいて……行き過ぎ!
ほとんど密着する形でさらっとその手をお尻に持っていき、あろうことかぐいっと揉み上げた。
「ティーピーオー!!」
二人を引き離すように、間に割って入る。
貴様らは盛りの猿か。
そのことしか考えられないのか。
「嬉しいです」
ぽっと顔を赤らめるキサキさん。
ん~もう手遅れみたい。
なんでこんなパーフェクト美少女が、こんなくだらない男に。
異世界の男どもは余程ダメ男ばかりらしい。
「でもま、とりあえずは富来くんが自信持てたってことでオッケー?」
「だな。なんか勇気出てきたぞ。悪いな、付き合わせて」
「いいの。恋する人間は見ていてもどかしいから」
「……なんか嶺、ババくさいな」
「むっ」
確かに私、おせっかい焼きみたいになってる。
自分の恋すらもままならないのに。
嗚呼どこいるのでしょう。我が王子様。
なんて。
「おい志津香。飯食って帰るだろ?」
「うん。そのつもりだけど、富来くん時間は大丈夫?」
「おう。むしろもっとお兄さんの恋愛哲学を聞きたい」
「なにそれ。いや、いい、聞きたくない」
どうせ腹が立つだけの、超理論だろう。
私には関係のない話。
「キサキがこっちの世界っぽいもの食べたいって言うんだけど、何か知らないか?」
「こっちの世界っぽいもの……? ん~、じゃあ最近流行ってるとこ行こっか。新感覚フードだとか」
「楽しみですっ!」
キサキさんがぴょんと跳ねると、ピンクの短いスカートも同じく跳ね際どいシーンを演出する。
キサキさんは、女子としての振舞い方も覚えてもらわないと。
「こっちの世界?」
気を抜いていた私に、雷が落ちたかのような衝撃。
富来くんの疑問の言葉に、私は一瞬息が止まる。
「こここ、こっちの国ってことよ。ほら留学してるから、国と世界って言葉がごっちゃになっちゃって」
「あーそういうことか。異世界人かと思ってびっくりした」
「あ、あはは~。そんな馬鹿みたいな話あるわけないでしょ?」
「だよな」
富来くんはそれ以上追及することはなかった。
なんとか切り抜けたらしい。
危ない危ない。
異世界というものの存在が当たり前になりすぎて、その言葉に違和感を持たなくなってしまっていた。
これは、改めて気を引き締めなければいけない。
「それにしても、嶺ってお兄さんと仲いいんだな」
「え。やめてよ」
「そうか? 普通、こうやって兄妹で出かけるとかありえないぞ」
「む」
なんだかそう言われると嫌だ。
仲いいなんて思われたくない。
「俺んちも妹いるけど中学入ってから2年くらい口もきいてないし」
「私は7年きいてなかった」
「うん。でも、今は仲がいい。羨ましいなって」
「……」
なんだか、ものすごく恥ずかしい気持ちだ。
なんて返せばいいかわからない。
「も、もうやめて! ほら早く行くわよ!」
だから私は無理矢理話を切り上げたのだった。
えんがちょえんがちょ。




