表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/86

休息日

「事情は分かった。俺に任せてくれ」


 日曜日。

 観光客も多い市内の繁華街へと訪れていた。

 そこには、私と、富来くんと、そして兄とキサキさん。

 恋する富来くんがファッションセンスを高めたいとの相談に、兄は胸をどんと叩いて即答した。


「ま、まじっすか!?」

「おう。俺も昔はかっこいいと思って梵字(ぼんじ)のTシャツとか着てたからな。気持ちはわかる」


 思い出した。梵字のシャツ。

 着てたなそんなの。

 なんて書いてあるのって聞いたら、「天上天下唯我独尊」だって言い張ってたけど、たぶん違うよね。


「今日は志津香とキサキもいるし、女性目線もばっちりだ。ダブルデートだな」

「ちょっ、やめてよ!」


 爆裂に否定してしまう。

 ごめんなさい富来くん。


「私はキサキさんと一緒にデートするの。富来くんと兄は友達として買い物にきた。それだけ。わかった?」


 慌ててキサキさんの腕にしがみつく。

 しかし改めて触れると、筋肉がしっかりしていてたくましい。 


「皆さん、ありがとうございます。でも……」


 富来くんが疑った目で兄を見る。

 それもそうだ。

 兄は兄で、黒一色の服装なのだから。

 それに、キサキさんは学生服だ。

 キサキさんに限っては、それ以外の服がないから仕方がない。あの黄色い武闘着を着せるわけにもいかない。私のじゃちょっと丈が足りないし。


「ああ。俺は気にすんな。黒い方が落ち着くんだ」

「そ、そうそう。それにキサキさんは、留学だからジャパニーズ制服を好きで着てるのよ」

「う、うっす」


 半信半疑、って感じだろうか。

 しかし今更ながら私は兄にヘルプを頼んだことを後悔していた。

 とはいえ、他に頼る男性もいないし。


「とりあえず、行こうぜ」


 兄が促し、歩き出す。


「君、好きな子がいるのか。いいじゃん。そんな青春、懐かしいな」

「え、お兄さんは好きな人とかいないんすか?」

「俺は、忘れちゃったな、そんな感覚」


 きっしょ。何言ってんのよこいつ。

 久しぶりに目の当たりにしたけど、やっぱりこいつはいちいち鼻につく。


「愛とか恋とか、そんなこと考える暇もなかったんだ。生きるために必死で、気が付いたら大人になってた」

「す、すげぇ」


 北田くんといい富来くんといい、男子ってのはどいつもこいつもこういう男に惹かれるものなのだろうか。

 こんな男に。


「でも女性に囲まれて生きてたから、それなりにふるまい方は心得てるつもりだよ。というか、それに順応しないと生きていけなかった」

「お、女に囲まれてたんすか!?」

「女じゃなくて、女性な。そういうとこ、女性は結構見てるぞ?」

「き、気を付けます!」


 かーーー!

 腸が煮えくり返りそうなくらいむかつく。

 まぁ今更この男のくっさいセリフにとやかく言うつもりはないけれど。


「ここなんかいいじゃないか?」


 兄がある服屋さんの前で足を止める。

 恐る恐る見て、私はほっと胸をなでおろす。


「お、おしゃれすぎて……」


 なんてことはない。

 ただの普通の、若者向けの大衆店だ。中学生なら背伸びして買って、高校生ならおしゃれに目覚めた人から卒業していくくらいの。

 もっと黒とか闇とかそういったテイストのファッションを勧めるのかと思ってひやひやしていたのに。

 存外、普通の感性を身に着けたらしい。


「大丈夫だって。行くぞ」

「入るのに会員証とかいらないんすか?」

「何言ってんだ。そんなものある店の方が少ないぞ」


 兄に肩を鷲掴みにされ、店の中に入っていく富来くんを見送る。

 たしかに、昨日まで萌えキャラのTシャツを着ていた男にはハードルは高いかもしれない。


「志津香さん。行かないんですか?」

「ここは兄に任せましょ。男同士でしか言えないこともあるだろうし」

「なるほど。では私たちはどうしますか?」


 尋ねてきたキサキさんの目を見つめ返す。

 そして彼女の腕にしがみついた。


「私たちは、私たちで楽しみましょ!」


 有無も言わさず、キサキさんを引っ張って店を離れていく。

 最近は、暗殺者だなんだと心労ばかりで、碌に遊んでもいなかった。

 確かに危険に備えることは必要だけれど、今はそう、気晴らしも必要なんだ。


「何をするのですか? ゲームですか?」

「それは無し。今日は休息日なんだから休まないと」

「しかし、大会まであまり時間は……」

「じゃあいいわ。私一人で行ってくる」

「それは……」

「キサキさん、護衛でしょ? いいのかな〜放っておいて」


 悪戯に笑ってみると、キサキさんは困惑した表情をしたまま、「わかりました~」っと言ってようやくその重い足を自分から動かしてくれた。

 さぁ楽しむわよ~!

 なんて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ