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ええい、ままよ

「ナイスお志津ちん!」


 土曜日。

 まさかの休日にまで部活があると知らされた私は驚愕を隠せなかったけれど、一度手伝うとのたまった以上その責任は私にあると思い、今、こうして学校のゲー研の部室にいる。

 私は先日買ったゲーム機で、寝る間も惜しんで練習した――キサキさんに練習させられた――結果、人並みの技術を得ることに成功していた。

 ようやく、役に立てる。


「わ、やったーー」


 喜びの声を上げたのも束の間。

 ぎゅお~~! とヘッドフォンから音が響いて、敵に見つかったことを知らせる。


「ちょっーー」


 ズバン。

 背後から殺人鬼に撃たれて地面に倒れる。

 一度のセッションで3度までしか死ねないから、私の命はここで尽きる。


「あぁ……」

「でも十分ですよ志津香さん! あとは私たちに任せてください!」

「グダグダ言ってねぇで動こうぜ!」

「言われなくても……! そちらこそ、すでに2死ではないですか!」

「るせぇぞ! 間抜けな仲間を助けてやったからだろうが!」


 キサキさんと浦くんが、背中合わせで怒鳴り合う。

 仲がいいのか悪いのか。

 というかそもそも、この人たち本来の義務を忘れてやいないか。


「これは、いけるかもですな」


 一人プレイしていない芽衣子ちゃんが、誇らしげに鼻を鳴らす。

 今対戦している相手は、ネットでマッチングしたどこかの人で、私たちは、私、キサキさん、浦くん、そして富来くんの4人で生存者として戦っている。

 のだけど。


「おいおいおい! マジかよ!」

「富来さん! すぐに捕まりすぎです!」

「ご、ごめん!」


 ゲー研では大先輩であるはずの富来くんが、新入部員の2人に詰められ萎縮している。

 見ているのも痛々しいほどに。


「まともな仲間はいないのかよっと!」

「今仲間内で言い争っている場合ではないでしょう!」

「あ、の、えっと、その」

「くそっ! 一気に形勢逆転かよ! 無能!」

「富来さん、ひとまず死なないようにだけしてください! 直前で助けますので!」

「あ、うん……ごめん」


 しゅぅぅぅん――と、体と声を縮こませる。

 この間までの威勢はどこにいったのか。

 まぁ、この二人が相手では誰でも分が悪い。


「おぉ! 浦ちんさすが!」

「へへへっ! だろぉ!? この技習得すんのにクソ時間がかかったんだぜ」

「助かりました! すみません富来さん! 脱出を優先しますので、見捨てます!」

「……うん。どうぞ」


 このゲームは、4人の生存者それぞれが囲われたフィールドから脱出を目指すのだけれど、大会などでは脱出する人数と時間が勝負になるらしい。ここで富来くんのキャラクターを助けに行ってもいいけれど、その分時間もかかるし富来くんを助けて他の人がやられる可能性もある。

 そのことを考えると、さっさと二人で脱出してしまった方がポイントは高いということだ。

 浦くんが殺人鬼を挑発して追いかけっこしている間に、キサキさんが脱出の扉を開く。

 そうしている間に、時間が来て富来くんのキャラクターが死んで昇天していく。


「ちょっと飲み物買ってくるわ」


 その終わりまで見ずに、富来くんが立ちあがって部室を後にする。

 他のみんなは、脱出までの残り僅かな攻防にハラハラしながら画面を睨んでいて、誰も気づいてない。

 立ち去る富来くんの横顔が気になり、私も部室を出て彼の後を追った。


          ○


 この学校には、購買部がある。ただしそれが開いているのはお昼休みの時だけ。

 あとこの学校で飲み物を買おうと思うと、校門を出て目の前にあるコンビニしかない。

 案の定、窓から外を見ると、校門に向かって歩いていく富来くんを見つけた。

 後を追い、コンビニの外で紙パックのジュースを飲んでいる富来くんを見つける。


「どうも」

「なっ。なんだよ嶺も休憩か?」

「そんなところ」

「そか」


 じゅるる~と、空になった紙パックが音を立てる。


「何か不満なことでも?」

「えっ、なんのことだよ?」

「う~ん。なんか最近元気ないから」

「そんなことねぇよ」

「芽衣子ちゃん」

「どっきん!」

「どんなリアクションよそれ」


 どっきん、てオノマトペでしか見たことがない。しかも昔の漫画。


「わかりやすすぎよ」

「だ、だってよ……」

「芽衣子ちゃんと浦くんが仲良さそうなのが気に食わないんでしょ?」

「……」

「気に食わないというか、不安? 付き合っちゃうかも、とか」

「そそそそ、そうなのか?」

「知らないわよ。人の恋路に興味ないし」

「……でもさ。しょうがないよな。確かに浦ってイケメンだし、陽キャじゃん? そのくせ運動神経もよくて、ゲームも上手い。惚れないわけない」

「ん? ゲームがうまければ、好きになるの?」

「少なくとも、芽衣子はそうだろ」

「ほんっとゲーム脳のオタクね、あなた」

「は、はあ!?」


 軽い挑発にも、わかりやすく怒ってこたえてくれる。

 わかりやすいったりゃありゃしない。

 恋をしていた時の私も、これくらいわかりやすかったのだろうか。


「ゲームは所詮ゲーム。恋は恋。全くの別物でしょ。芽衣子ちゃんがゲームが好きだからって、ゲームをうまい人を好きになるなんてあまりにも安直じゃない?」

「……そういうもんなのか?」

「多分」

「多分ってお前……もしかして嶺も付き合ったこととかないのか?」

「うっ……なによ。悪い?」

「そんな奴に言われてもな」

「つ、付き合ったことはなくても、芽衣子ちゃんと同じ女だもん。気持ちはわかるわ。少なくとも、うじうじめそめそして自分の意見を言わない人より、俺様すげーだろって言ってる人の方が魅力的ではあるかもね」

「ってことはやっぱり、浦の方が……」

「どうしてそうなるのよ! そうーいうとこ!」

「どういうとこだ?」

「ゲームの上手さとか容姿の良し悪しなんて関係ないってこと! そもそも富来くんは人として浦くんに負けてるの! もっと胸張って偉そうにしてみなさいよ! よれよれのシャツじゃなくて、ピッとした服装しなさいよ。そこからすでに負けてるの」

「……なるほど」


 富来くんは自分が来ている部活用のシャツを見下ろしてうなる。

 何かのキャラクターが描かれたそれは、見るからに女性受けはしない。


「で、でもこれ芽衣子も可愛いって」

「恋人にしたいって意味じゃないでしょ。付き合ったら一緒に外歩いてデートとかするのに、それ来て街中歩ける? そんな人隣に置きたい?」

「うっ」

「趣味と恋愛は分けて考えなさいよ。まずは友達であることから、男として見られるようにならないと」


 ま、付き合ったこともない女が何言ってんのよって話だけどさ。


「でも、何が良いのかとか俺わかんないよ」

「雑誌とかで勉強すればいいじゃない」

「どの雑誌買えばいいんだ?」

「それは……」

「教えてくれ! 嶺!」

「え、えぇ……」


 ものすごい上目遣いで懇願されても。

 私あなたの恋愛師匠じゃないから。

 なんて、中途半端に口出しておいて言えるわけもなく。


「わ、わかったわ。富来くん明日休みよね?」

「おう」

「じゃあ、14時に駅前集合で」


 ええい。ままよ。

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