感情よりも金勘定
「早く! 早くやりましょう!」
「キュウキュウ!」
「わかったから急かさないで」
まるで家に遊びに来た幼稚園児のように、包みを開ける私の傍に纏わりつくキサキさんとシンディ。
シンディは意味をよく分かっていないだろうけれど、私が持って帰った大きな荷物に、何かいつもと違うなと感じたのか興奮気味だ。
正直私は、この巨大なゲーム機と周辺機器とやらを持って帰るだけで体力を使い切ったので解放して欲しかったけれど。放っておいたら電源コードもわからないのに勝手に触られそうで怖かった。
「キサキさん、この電源コードを、そこのコンセントにさしてくれる?」
「こんせんと……この豚の鼻ですね?」
「ん、そう」
豚の鼻。
言われればそう見える。
そう見えてしまうと、コードをさされる様は少し可哀想に見えた。
ぶひっ、て。
「ギュッ!」
豚ではなくシンディの、聞いたこともない声が聞こえた。
キサキさんが、コンセントをシンディの鼻にさしている。
「なにしてるの」
「あはは。すみません。つい悪戯心で」
「キュウ!」
シンディが起こってキサキさんの持つコンセントに噛みつこうとするが、そこはさすがキサキさん。全く捕まらずにそれを避け続ける。
遊んでいるやつらは放っておいて、私はセッティングに戻ることにする。
「なんでこんな配線が多いかしら……テレビ台も買わないとなぁ」
愚痴りながらも、なんとかキサキさんに手伝ってもらいつつ準備を終える。
気づけば、床が埋め尽くされていた。
これはひどい。
シンディが配線を噛んで漏電しそうだ。
「早く、早く始めましょう!」
「うん」
急かされるままに電源を入れる。
何か風を吐き出すような音と共に、画面に映像が映し出される。
その音に反応してゲーム機に近寄るシンディを、尻尾を引っ張って引き離す。甘噛みしてくるシンディをキサキさんに預けた。
画面が何度か暗転した後、一面青い色の画面に落ち着く。ここからは、部室で何度もプレイしたのと同じだようだ。
と思ったけれど、いくつか初期設定というのをしなくてはいけないらしい。
「なにこれ、面倒ね」
昔のゲームはこんなことなかったはずだ。
でも私が知らないだけで、兄が設定とかをしていたのだろうか。
指示された通りに設定を終えると、ようやくいつもの見慣れた画面へと移行した。
「わくわくっ、わくわくっ」
「声が漏れてるわよ」
今か今かと待つキサキさんを横目に、今度は買ってきたゲームソフトを開ける。
18歳未満は購入禁止のこのゲームだけれど、なぜか今私の手元にある。
それはこれを兄が購入してくれたから。
これだけではなく、すべてを兄が支払って購入してくれた。
そう。
兄はある条件を私が飲む代わりに、ゲームをすべて買いそろえてくれたのだ。
やっぱり持つべきものは異世界帰りの兄だよね。
確かに仕事はめちゃくちゃしてるけれど、お金を使うところがないと言っていたから。
「さぁ、やるわよ」
取り出したディスクがゲーム機に吸い込まれていく。
コントローラーを持ち、ゲームの起動を待ちわびる。
ーーアプリケーションのダウンロード中。(残り1時間)
「……どうしたんですか?」
「多分、ゲームを始める前に、ダウンロードしてインストールしなきゃいけないのね……」
「だうんろーど……いんすとーる……」
「つまり、そうね。あっちにあるものを、こっちに取り寄せて、このゲーム機で使えるようにしなきゃいけないの」
「???? げーむはここにあるのでは?」
「ある、わね。ごめん私もよくわからない。わからないんだけど、ゲームができるようになるためには1時間待たなきゃいけないんだって」
「1時間……それは何時間くらいですか?」
「落ち着いてキサキさん。がっかりしすぎて頭が混乱してるわ。1時間は1時間よ。60分。時間の概念は同じはずよね」
「長いですね」
「とりあえず、ご飯にしましょ。お風呂入って戻ってきたら遊びましょ」
「そうですね!」
「キュウ~!」と、ご飯という単語に反応したシンディがいの一番に階下に降りていく。続いて私とキサキさんも降りて行った。
今日の晩御飯は昨日の残りと、朝母が作り置きしてくれたもので賄う。
キサキさんに食事の準備を任せつつ、私は兄の部屋へと歩み寄った。
「ちょっと」
「ああ。飯だな。すぐ行く」
「開けていい?」
「いいぞ」
許可を得て襖を開ける。
と、以前までは布団くらいしか置いていなかったその3畳ほどの部屋に、壁に引っ付いたデスクーーこいつ、勝手にDIYしやがったーーと、その上にはパソコンやキーボードやマウス。下にはWi-Fiのルーターなんかが置いてある。
「うわっ。なにこれ。いつのまに」
「凄いだろ? 必要になって買い揃えたら止まらなくなってさ。見ろよこのマウスとキーボード。光るんだぞ?」
「それ光る必要ある?」
キラキラ、というよりはジワリと7色に光り続けている。
ダサい。
超絶にダサい。
まぁ自分のお金なんだし文句はないけど。
「多分ゲームするのにWi-Fiが必要だろ? パス教えるから使えよ」
「あ、そういえばそうだった……助かる」
芽衣子ちゃんが言っていたのを思い出す。
それなりのネット回線がないと、家ではまともに動かないと。
「で、それだけ買い揃えてやることがそれ?」
もう一度兄のデスクの上を見る。
そこには先程家電量販店で見た、液晶タブレットとやらが置いてある。しかも一番でかい高いやつ。
「初期設定終わったから、後から本格的に練習だ」
「……」
「そんな目で見るなよ。絵を描く趣味はいいことだろ?」
「BLじゃなけりゃね」
そう。
BL漫画を家で描くことに猛烈な反対をしていた私に対し、兄は交換条件を出してきた。
ゲーム機諸々を買ってもらう代わりに、家でBL漫画を描くことを認めるというものだった。
正直何が何でも阻止したい私がいたが、金額に換算すると10万円相当の申し出である。
折れた。
すぐ折れた。
それくらいにお金は偉大なのです。
もう借金に悩まされる必要のない私だけれど、でも幼少期から培ってきた、感情よりも金勘定という精神は変わるものではない。
だが、やはり家で兄がBL漫画を描くのかと思うと、気が気でない。
「ま、いいわ。約束は約束だし。さっさとご飯にしましょう」
「今日も母さん仕事で遅いんだっけ」
「うん」
「最近、仕事熱心だよな」
「……もしかして、また?」
「いや、それはない。あの宗教団体は潰したし、たまに確認するけどちゃんと仕事してるよ」
「そう。ならよかった」
潰したという言葉が気にはなったけど。
何したのよ。
「もしかして、今も私のことどこかから見てるの?」
「ないよ。言われた通りやってない」
「ふーん。暗殺者に狙われてても?」
「俺はキサキに全幅の信頼を置いてるからな。あいつが守るなら大丈夫だ。この世界の人類が全員襲いかかっても勝てないよ。あ、俺は別な」
「あーはいはい。すごいすごい」
また出た俺つえー自慢。
長くなりそうだったので、兄の部屋をあとにする。
しかしどうしてそんな確認をしたのかは自分でもわからない。
なんとなく、訊いておきたかったんだと思う。




