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ここでヤるな

「ゲー研に浦が?」


 お客さんのいなくなった『SECOND COZY』で、私はキサキさんと兄と一つのテーブルを囲んでいた。

 私が今日あった出来事を説明すると、兄は酔って緩んでいた表情を一変させ、眉根を寄せる。


「そうなの。あいつが何を考えてるのかわからないけど、私を殺すために違いないわ」

「まぁ、何か策があるのは間違い無いだろうけど……なんとかなるって〜!」

「は?」


 しかして兄の表情筋が一瞬にして緩んだ。にへらと笑い、私の頭をぽんぽんと叩く。

 久しぶりに心のそこからの「は?」が出た。


「だってさ、お前さ、キサキがついてるんだぞ? 世界最強の武闘家だぞ? スズキじゃなくてキサキだぞ?」

「誰よ鈴木って。ちょっと、私真面目に話してるんだけど」

「じぇもじぇも、キサキがいれば百人力! じぇ〜ったい大丈夫っ!」


 ダメだ。

 兄の顔はもう二度と引き締まることなく、頭をぐらんぐらんと揺れさせてもはや酔っ払いのそれだ。


「兄よ。今すぐ酔いを覚ませ。殺すわよ」

「しょんなこと言うなよ〜! お兄ちゃん大しゅきだろ?」

「なっ! キモいこと言わないで!」

「ん〜……」

「……ちょっと? ねぇ、寝るな!!」


 バシン、と頭をトレーで思い切り叩く。

 しかし新喜劇のそれとは違い、兄はそれにリアクションをとりはしなかった。


「こうなったらダメです。ソウタさん、酔うとウザ絡みをした挙句寝たら朝まで起きません」

「まさか異世界でもこうやって迷惑かけてたの?」

「はい。私の師匠にも、大変失礼な振る舞いをされて……実はそれが私とソウタさんの初めの出会いなのですが、最初はとても悪いイメージでした」


 そうは言いつつも、キサキさんからは微笑が漏れる。

 そんな思い出もあったな懐かしいでも今は大好きだ、ってことなのだろう。

 ザ・恋する乙女。


「そんで師匠に叩きのめされた?」

「いえ。酔い出すと奇妙な動きを始めて、さらさらと攻撃を避け、巧みに師匠を打ち負かしました」

「酔拳!?」


 それって、酔えばどうにかなるものなのだろうか。


「そんなことより、どうしよ……頼みの綱がこれじゃあ……」

「あはは。ソウタさん的には、私に一任しているつもりなのでしょう。信頼、と思えば嬉しいです」

「これでも唯一の妹なんだけどなぁ」

「いざという時はそこにいて守ってくれる。それがソウタさんですよ」

「……だといいけど」


 そうぼやきながらも、私も少し笑みが漏れる。

 ああそういえば、この間の事件の時もそうだったなぁなんて。

 むしろいつもどこからか見られているような気がして気持ち悪い。


「一つ提案があるのですが」

「キサキさんから?」

「はい。虎穴に入らずんば虎子を得ず。ウラがどういうつもりなのかはわかりませんが、向こうが姿を現しているのであれば、その姿を視界におさめておいた方が安全かと思うんです」

「う〜ん。たしかに」

「あれだけ接近してきたということは、あちらも相当焦っている証拠。であれば、その分隙も大きくなります」

「逆手にとるってこと? そこまで危険を犯す必要があるのかしら?」

「はい。浦シノブを倒すだけなら今からでもできます。しかし我々の敵は、その奥に隠れているウラという組織です。今浦シノブを倒しても、組織そのものは闇の中。またいつくるかもしれない暗殺者に怯え続けることになります」

「……それは、勘弁ね」

「なら、このチャンスを利用して、一気に敵の組織を叩いてしまうのが得策かと」


 正直、すぐにでも「嫌よ」と言ってしまいたかった。

 どうして私を殺そうとしている人の近くにいなければいけないのか。

 向こうも接近してきたということは、それなりに策を弄してくることは明らかなのに。

 でも。

 灯台下暗しとも言うし。

 

「キサキさんが守ってくれるなら……」

「任せてください! 私が命に変えても志津香さんをお守りしますので!」


 両手を包むように掴まれ、その奥二重の瞳で見つめられる。

 キサキさんの指は細長く、冷たくて気持ちいい。


「う、ん……」


 兄が小さく唸り、目を覚ました。

 そして見つめ合う私たちを見た後、キサキさんに視線を止めた。


「キサキ……その服可愛いな」

「っ!」


 ぼんっ、とキサキさんの顔が真っ赤に燃え上がる。

「可愛い」と言われただけでここまで反応してしまうものなのだろうか。

 恋って怖い。


「ありがとうございます」

「キサキ」


 兄は音を立てて立ち上がり、キサキさんの腕を取って引っ張った。


「ちょっとだけ時間もらえるか」

「は、はいっ!」

「ここでヤるなボケっ!!」


 本能に忠実にトイレに向かおうとする兄の顔を、トレーの裏ではなくエッジの部分で思い切り叩く。

 酔っているおかげか、兄はそれをモロに両目に喰らい、「目が! 目がぁぁぁ!!」と叫びながら床に倒れ込んだ。

 

「ヤルなら一人でヤレ! あとここじゃなくて家で! いや待って! 家でもダメ!! 外ーーもダメ!! ヤルな! 一生我慢して!」


 床でのたうちまわる兄に私がそう叫んでいると、


「志津香ちゃん。ここ仕事場だから、言葉選んでね」


 そう郷田さんにを注意された。


「すみませんでしたっ!」


 なのでとりあえず全力で謝った。

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