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合コン

「志津香ちゃん? 志津香ちゃーん」

「あ、はいっ」


 カウンターで洗い物をしていた私を、郷田さんが怪訝な表情で見ていた。


「ぼーっとしないで。生3つ」

「わかりました!」


 郷田さんは、怒る時はちゃんと怒る。

 いつも飄々とした感じで、軟派な印象を受けるけれど、仕事に対しては真面目だ。

 仕事中に気を抜いていた自分を恥じる。


「生3つです」

「はい!」


 私がカウンターにごとりと置いた3つの生ビールを、同じバイト着を着たキサキさんが快活に受け取り持っていく。


「お待たせしました! 生ビール3つですね!」


 キサキさんは、気持ちよく言って生ビールをテーブルに置く。

 少しご年配の男性のお客さんもまた、機嫌よくそれを受け取り、二、三無駄話をしてその場を離れた。


「ごめんね、キサキさん」

「なにがです?」


 戻ってきたキサキさんに言う。


「バイト、急に頼んじゃって」

「いえ、バイトさんが急用なのでしたら仕方がありません! それに、実は普通の仕事というものもしてみたかったんですよ私」

「そう? だったらよかったんだけど」

「もしかしたら私の天職かもしれません」


 それだけ言って、キサキさんは再びお客様の呼び出しに駆け寄って行った。


「いいね〜キサキちゃん」

「郷田さん」

「店長」

「……店長」

「いい響きだ」


 郷田さんーーつまりこの店『SECOND COZY』の店長は、先日の暗いイメージから一転、明るい表情をしていた。


「悪かったですね。私は気持ちよく働かないで」

「そういうことじゃないよ。新しい人材は、店の雰囲気をフレッシュにしてくれるって意味だよ。それに、志津香ちゃんと美人揃いだから、男性のお客さんも喜んでて万々歳だ」

「だといいですけど……」


 接客をするキサキさんを見る。

 確かに、あからさまに男性客の口元が緩んでいるのがわかる。

 私は……残念ながら愛想が良くないから。


「このまま美人スタッフだけ揃えるってのもありだな」

「サイテーです」

「なんで。普通のマーケティングだよ? 美男美女が揃っていた方がお客さんも喜ぶ」

「サイテーです」


 口元を不満げに歪めて郷田さんは去っていく。

 私が口を出すべきところじゃないのはわかっているんだけれど、いかんせんそういう店にして欲しくないというワガママが働く。

 以前の『二軒目』は、そんなところじゃなかったから。

 というのは個人的な感情なのだろう。


「いらっしゃいませ〜……って」


 店内に入ってきたお客様に視線をやる。

 その数は6名。男女3人ずつの。

 そしてその先頭に立つ男は。

 見覚えのある。


「げっーー」

「よ」


 その男はーー兄は片手を上げてこちらに挨拶をしてきた。


「なんでここに……」

「いや、ほら、お店があんまり客入りが良くないって言ってたろ?」

「言ったけど」


 人は選びたい。


「丁度、仕事先で合コンに誘われてさ。だったらここ使ってあげようかなって」

「上から目線でどうも。いいから席座ったら?」

「ああ」


 久しぶりに聞いた気がする。「ああ」って返事。

 兄の専売特許だ。

「うん」じゃダメなのだろうか。

 ダメなんだろうな。


「って、合コン!?」


 兄が去ってから、一人驚く。

 その団体を見ると、男側は、兄と以前本屋の日雇い派遣でお世話になった、名前は忘れたけどその人と、おそらく同じバイト先の人だろう。二人とも色白で痩せ細っていて、見るからにインドアな感じだ。

 日がな一日BL本を右から左へ動かしていると思うと、寒気がする。

 女性の方は、見た感じだと普通の大学生って感じ。

 うん、悪くない。


「あれ、お兄さんだよね?」


 そろりと郷田さんが私に歩み寄ってきて、問う。


「すみません……」

「全然OKだけど、ラムはないからね」

「十分言いつけましたので」


 以前、兄は異世界特有の食べ物を注文するという離れ業をやってのけたのだ。

 赤っ恥とはこのことだ。


「合コンかー羨ましいね」

「郷田さんの見立てではどうですか?」

「ん〜。男の方は、ちょっと厳しいね。趣味全開って感じで。女性の方も……全員志津香ちゃんのお兄さんに興味があるみたい」

「えぇ……」


 まじか。

 あれのどこがいいのですか。


「悪くないよ。お兄さん。垢抜けてるし、爽やかで、ほら、女性の目を見て話すところとかわかってる」


 言われた通り見ると、兄はテーブルに肘を着きながら、女性陣に向かって軽く笑みをこぼしつつ相槌を打っている。女性陣もみな、端に座る兄の方に向いている。


「みんな兄が好きなんですか?」

「あははっ、志津香ちゃんもピュアだね。そんな簡単じゃないよ。むしろ女性陣は視線のやり場に困ってるんだ。他の二人の男が情けないから、話してるお兄さんに視線を向けるしかないんだよ。スマホとか触るわけにもいかないからね」

「なるほど……」

「とはいえ、第一段階はクリアかな。あとはお兄さんが、どの子に狙いを定めるか……」

「やめてください」

「なんでよ。合コンなんてするんだから、その可能性は外せないでしょ?」


 兄が、女性を口説き落とす?

 あの万年引きこもりゲーマーオタクの兄が?


「BL本のピッキングが天職ですって告げ口してこようかしら」

「いや、あれは相手の女性もインドア族だな」

「え、そうですか? 普通に可愛い女子大生にしか見えないですけど」

「全然ダメ。普段化粧しないから馴染んでないし、見てよ3人中2人がニーハイ」

「それは偏見では?」

「肌も不健康に白いし、一見スタイルが良さそうだけど、不自然に細い。痩せてるんじゃなくて、痩せ細ってる証拠」

「郷田さん、よく知ってるんですね」

「これでも伊達に女遊びしてきてないからね……ははっ」


 そういう郷田さんはどこか遠い目をしていた。

 彼の過去に何があったのだろうか。


「あれ、そういえばキサキちゃんは?」

「ほんとだ。さっきまで接客を……」


 ホールを見渡しても、キサキさんの姿が見えない。

 すると、ふとトイレへの半地下へ降りる階段の陰に人影を見つける。

 そのすらりと長い頭身は、キサキさんで。

 しかし彼女は、まるで家政婦が見たかのように、階段の陰からそっとなにかを見つめていた。

 その視線の先には、合コンをする兄の姿。

 そしてその目は、死んだ魚のように光が灯っていなかった。


「キサキさん!?」

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