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どうしてここに。

「くそ、くそ……」


 キサキさんが奇跡的なセンスを見せた格闘ゲームはまだ続いている。

 華麗なるプレイを見せつけるキサキさんに、本職であるはずの富来くんに汗が滲み始める。

 プライドとして、馬鹿にされるわけにはいかないのだろう。


「す、すごいですねキサキさん。俺が適当にやってるからって、こんなに避けられるなんて」

「ありがとうございます。とてもいい訓練になります」

「いや〜そりゃね。いきなりボコボコにしちゃうと、初心者はやる気なくしちゃうから。ははっ」

「大丈夫ですよ。少しずつテンポを上げていただいても」

「え? いや、うん、いいのかな? 嫌にならない?」

「大丈夫です!」

「え、えーっと、でもなあ、ほら、楽しんでほしいし」

「強くなるには負けも経験しないとですので!」


 キサキさんと富来くんが、会話を交えつつプレイする。

 しかし私の素人目に見ても、富来くんの指先は全力で動いているように見える。

 目をモニターに釘付けだし、何より流れ出る冷や汗が彼の真剣度を如実に物語っている。

 あ、これもうすでに本気のやつだ。


「ちっ!」


 小さく舌打ちをして、富来(とぎ)くんが何かをした。

 それが私には何かはわからなかったけれど、しかし画面上では華麗に攻撃を避けていたキサキさんのキャラクターに攻撃がヒットし、そしてそこから畳み掛けるように攻撃をつながれて、結局一度も地面に落ちることなく負けてしまった。


「あぁっ! なんですか今の!?」


 キサキさんは悔しそうに叫びつつも、富来くんに教えをこう。


「え、何の話っすか?」

「だって今、技の体勢に入ってから動きが一瞬止まって、瞬時に違う技の動作に入りました!」

「あれ〜そうだったっすか? ゲームなんで故障かもしんないっすね」

「そうなのですか……」


 んなわけない。

 富来くんがあからさまに嘘をついているのは一目瞭然だった。

 彼のプライドとして、まだ初心者に負けるわけにはいかないのだろう。

 だから新しい技は教えずに隠しておきたいのだ。

 いかがなものかと思う。


「キャンセルね」


 隣で芽衣子ちゃんが小さい声で教えてくれる。


「キャンセル?」

「そう。技の動作に入ってから、技を途中で終了させるキャンセルという技があるのです」

「へ〜。でも何のために?」

「フェイント。例えば今のは、足元への必殺技を繰り出す。相手はそれを読んでジャンプする。でもキャンセルを使って技をやめれば、目の前でジャンプして無防備状態の相手に別の技を繰り出せるって寸法」

「なるほど……ゲームってよく考えられてるのね」

「……お志津、ゲームは全然やらない?」

「う〜ん。やるけど、Aボタンポチポチ押してるだけのしかやったことないわ。モンスターレースとか」

「またマニアックなものを……」

「兄が持っててやらなくなったのを借りたのよ」

「ごほん。お志津、今ではe-sportsとして、全世界で大会が開かれていて、その賞金も何千万から下手をすれば億単位なのよ」

「えっ、そんなに!?」

「うん。今や立派なスポーツなの」

「知らない世界ね……でも、ゲームって、人の手でプログラミングされたものでしょ? なんか世界が狭くない? 広がりがないっていうか、決められたことしか起こらないんでしょ?」

「うっ……お志津。それは禁句なのさ。戦争になる前にやめよ」


 胸を苦しそうに抑える芽衣子ちゃんに、しまったと思う。

 私のような人間は古い考えなのだろうか。

 ていうか戦争って?

 兄もBL本について議論した時にそんなことを言っていた気がする。

 軽々にそんな言葉使わないでほしい。


「もう一回です! もう一回やりましょう!」

「しゃ、しゃーねえなあ」


 キサキさんに詰め寄られる富来くんは、無垢なキサキさんのチラ見えする胸の谷間に顔を真っ赤にしていた。

 キサキさんも罪な女よね。

 童貞キラー。

 あんな可愛い人に詰め寄られたら、私でも墜ちる自信がある。


「でもやっぱり私には無理そうね。ちんぷんかんぷん」

「そんなことない。きっと楽しめる」

「う〜ん。でも助っ人なら、キサキさんはどう? 彼女、興味ありそうだし」

「キサキさんはもちろん。でもお志津にも参加してもらわないと、人数が足りない」

「何人必要なのよ、その大会って」

「5人」

「それって私入れても4人じゃない。あと一人はどうするつもりなの?」

「大丈夫。もう一人部員ができたから」

「あ、そうなの」

「イエス。最近、入ってくれたんだ〜」

「こんな時期に? 珍しい……誰なのその人って」

「ん? ずっとそこにいるぞなもし」

「へ?」

「んん? ずっと奥の席に座ってるよ」


 この部屋には、芽衣子ちゃんと富来くんしかいないはずだ。

 しかし。

 だがしかし。

 芽衣子ちゃんが指した指の先には、確かにもう一台、モニターと椅子が備えてあった。

 そしてそこに、こちらに背中を向けて座っている人物が見える。

 後頭部しか見えない。

 しかしどうして、今の今まで気づかなかったのだろう。

 こんなにも堂々と、そこに存在していたのに。

 そして、私は、その後ろ姿に見覚えがあった。


「どう、して……」


 私の異変に、キサキさんも気づいたのか持っていたコントローラーを投げ捨て、瞬時に私の前に守るように立つ。その表情は、私と同じ、険しい顔。


「どうして……あなたがここにいるの」


 私の問いかけに、その人物は。

 その男は椅子をくるりと反転させ、ゆっくりと私に振り返った。


「どうして? そりゃあひでぇ言い草だな」


 その特徴的な髪。

 人を射殺すような目つき。

 何より。


「俺はずっとここにいた。ここに来たのはお前たちだ」


 何より。

 その首に黒々と広がる、まるで首を絞めるような両手のタトゥー。


「よろしくな。新入部員様」


 そう言って、浦シノブは、大きな口で笑んだ。

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