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フレームを読む

「無理、絶対無理!」


 ゲーム研究部に入ってほしい。

 同じクラスの芽衣子ちゃんの頼みに、私は無碍に断りを入れる。


「ゲームとかほんっと触った事ないから。愛ちゃんの話聞くくらいだし」

「大丈夫。教える」

「昔兄にやらせてもらった時に、下手過ぎて怒られたのがトラウマなのよね……」

「私はそんなに短気じゃないぞなもし」

「いや、ほんと不器用だから……」

「大丈夫。ゲームはセンスじゃなくて、テクニックだから」


 抵抗する私に、まったく引く様子のない芽衣子ちゃん。


「ていうか芽衣子ちゃん、ゲームとか好きだったのね」

「ゲーム、とか?」


 傍から男子部員の富来くんが苛立ち気味に言った。


「今やゲームは世界中で認められてるスポーツでーー」

「富来くんそういうの大丈夫だから」


 何かを熱く語り始めた富来くんを、芽衣子ちゃんがばっさりと断絶する。


「ごめんねお志津。ただ今度学校対抗の大会があるんだけどね、メンバーが足りなくてエントリーできなくて……

それで人数合わせでいいから協力してほしいな、なんて」

「人数合わせって……どうして私なの?」

「暇そうだったから」

「ほんとに頼む気ある?」


 馬鹿にされているようにしか聞こえない。

 芽衣子ちゃんじゃなければ殴っているところよ。


「でもでも、お志津は部活してないし、私の知り合いの中だとお志津しか頼めなくて……愛ちんはいないし」

「そっか……でもゲームだったら、富来くんの男友達とかはいないの?」

「お前な! 偏見だぞ! 今やゲームは女性も嗜む立派なスポーツで、あの有名な女優もゲーム配信ーー」

「富来くんは友達がいないんだ」

「コメントしずらい」


 突っ込みずらいなもう。

 確かにそう見えたけど。

 でもそうやって言うと、また偏見だなんだと富来くんに怒られそうだからやめておこうと思う。

 お志津ジャッジがこの男子は深く関わるべからずと警報を鳴らしている。


「でも本当に、私なんか足手まといになるだけだと思うわ……だからその、ごめんね?」

「……しょぼん」


 またオノマトペが芽衣子ちゃんの体から浮かび上がる。

 まるでアニメの中のキャラクターのような仕草が可愛らしい。


「な、なんですかこれっ」


 ふと、場違いなハイテンションボイスが部室に響き渡る。

 見ると、キサキさんが富来くんの睨み付けるモニターに向かって、興奮気味に騒いでいる。


「小さな箱の中で、戦ってますよ! これはいつものテレビとは違うやつなんですか?!」


 キサキさんは目を輝かせながら、富来くんを見るが、


「お、おおお、う、ぅん……」


 今まで女性にそこまで近寄られたことがないのだろう。

 まるで檻の中では勇ましく吠えていたのに、檻の扉を開けた途端押し黙り縮こまる犬のようになった富来くん。


「触れるべきかまいか迷っていたのだけどお志津、あの美人なお姉様は?」

「えーっと、私のいとこのキサキさん」

「なんでうちの制服を?」

「外国の子でね、日本の学校を体験してみたいって言うから擬似体験させてあげてるの」


 何度かついた嘘のおかげで、この嘘もすらすら言えるようになってしまった。


「なんと! この装置を動かせば、中の人を操れるんですね!」

「そそそ、そぅ……」


 キサキさんに急かされるように、富来くんが指先を素早く動かす。

 画面では格闘ゲームのようなものをしていて、おそらく富来くんが操るキャラクターが必殺技を決めて敵をKOする。


「お、おぉ〜!! なんですか今の技! 初めてみました!」

「こ、これはメイリンの絶技で、迅雷光牙(しゅんらいこうが)っていぅ……」

「なるほど。これはぜひ手合わせ願いたいですねっ」

「や、やってみる、か?」

「いいんですか!?」


 待って。富来くんの反応が私のそれと全然違うんだけど。

 なんで私には噛みつくのに、キサキさんには童貞丸出しの対応をするのか。

 タイプ? タイプなのね!?

 富来くんに促されるように席へと座るキサキさん。いかにもダメ人間を製造しそうな椅子に対し、キサキさんは背筋をピンと伸ばして姿勢良く座る。


「んでこのヘッドセットを付けて……って、おお、俺ので、いいのですか?」


 どこの執事よ。


「全然構いませんっ」

「じゃ、じゃあはい」


 富来くんは、極力キサキさんに触れないようにして、ヘッドフォンをキサキさんの頭に被せる。

 すると。


「お、おおおお〜〜〜!」


 見たこともない声を出し、キサキさんが画面に食いつく。


「すごいです! 音がそこら中から聞こえてきます! これはなんのマギアですか!?」

「まぎあ……? いや、7.1chのサラウンドだから、擬似的にそう聞こえるだけで……あ、好きなキャラ選んで、そう、○ボタン押して、そう。そしたら試合が始まるので。じゃあ俺が対戦相手で、練習しましょうか」

「よろしくお願いします!」


 丁寧に頭を下げるキサキさん。

 ヘッドセットがずるりとずれる。


「○で弱パで、□で弱キ、そうです、うまいっす」

「ほうほうほう。なんとなくわかってきましたよ」


 どうやらキサキさんにはゲームの才能があったらしい。

 運動神経がいいから、飲み込みも速いのだろうか。


「じゃあこっちから軽く攻撃しますね」

「押忍!」


 富来くんの扱うキャラクターがゆっくりと近寄り、ジャブを繰り出す。

 

「あれ」


 バスン、と音がしてキサキさんのキャラにダメージを与える。

 次はキックが飛び出し、


「あれれ」


 バスン、と再びキックが決まる。


「難しいです……」

「は、初めてやったならこんなもんですよ。まずは操作方法を完璧に覚えないと」

「いえ、違うんです」

「違うって、何がですか?」

「私がこのボタンを押してから、人が動くまでに少し時間があって……」

「え」


 驚いたように声をあげる芽衣子ちゃんと富来くん。

 空気が変わった。


「なに? どうしたの?」

「富来くん、それって……」

「オフ」

「なんと」

「待って、二人で分かり合わないで。何どうしたの?」

「ゲームも機械だから、ボタンを押して、そこから電気信号が送られて、画面上の動きに反映されるんだ。よくオンーーつまりオンラインだと、ネット環境次第でラグが発生しやすいからそういったことがよく起こるの」

「なるほど。わからないけど続けて」

「でも、いまはオフーーつまりオフラインだから、ネット回線の影響を受けていない。つまり、純粋なボタンを押して伝わる電気信号の速度、入力(インプット)遅延(・レイテンシー)にキサキさんは気づいたということ」

「いんぷっと、れいてんしー?」


 たらりと芽衣子ちゃんがこめかみに汗を垂らす。

 ごめんだけれど全然伝わってこない。


「なるほど。だんだんわかってきました」


 ゲームを続けていたキサキさんが、嬉しそうに唸る。

 見ると、画面上では先ほどまでとは打って変わって、流れるような動きでキサキさんのキャラが動いている。しかも、富来くんのキャラの攻撃をさらりと避けたり防いだりしている。


「くっ、そっ!」


 富来くんもムキになっていて、もはや初心者への配慮などなしに、必死に指を動かしていた。


「よく避けれるわね」

「実践と同じです。動きの出だしがわかれば単純なんです。このゲームとやらでは、決められたパターンの攻撃手段しかないので、出だしがわかればあとは……ほら、今見ましたか? 左腕が上に上がったでしょう? そうしたら下から衝撃がくるので、後ろに避ければ大丈夫です」

「上がったけど、私にはその前にキサキさんが避けているようにしか見えないんだけど」

「なななな、なんと!!!」


 芽衣子ちゃんが叫ぶ。

 すっごい顔してる。


「まさか、キサキ殿は、フレームが見えている!?」

「ふれーむ……額縁?」

「違う違う違うのよ! お志津! 格ゲーは基本60フレーム、つまり1秒間に60枚の静止画をパラパラ漫画のようにめくって動かしているのです……しかし一般人の動体視力では、フレーム一つ一つを見極めることなどはできず、つまりそれが動画として流れる動きにしか見えない……」

「う〜ん……なんとなくはわかったような。続けて」

「しかし人ならざる動体視力を持つ一部の天才には、フレームが一つ一つ、止まって見えるという! 格ゲー界ではのしあがろうと思ったらそのスキルは必須で、中には相手の技の挙動を見てから適切な技を放ちカウンターを入れることができる未だ不敗の王者までいるのよ!」

「格ゲー界なんてのがあるのね……学芸会みたいな? なーんて」

「これは天性! これは宿命!」

「私の話聞いてる?」

「お志津! キサキ殿を、是非我がゲー研へ!!」

「ねえこの部屋暑くない? 窓開けていいかしら?」


 熱い。熱すぎる。

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