アプリ:お志津のすべて
「お志津と見込んでお願いしたい義がござるのです」
朝。校門前で私を捕まえた芽衣子ちゃんが、そう言った。
「お志津と見込んでっていうのはおかしいけど……何かしら?」
「ひとまず放課後に、第二視聴覚室まで来てほしいな」
「第二視聴覚室って、あったかしら?」
「あるある。ひっそりとある。視聴覚室の近くの、小さい部屋」
「ん? あ~、あの、開かずの間?」
「開くのよ開くのよ。毎日開けてて通気性抜群。花粉症の富来くんが困り果てるほどなのよ」
「そうなんだ」
知らなかった。
部屋があるのは知っていたけれど、何かは知らなかった。
視聴覚室ですらあまり使わないのに、その第二となればなおさら。
「放課後に? えーっと、今日バイトあったかな……」
「大丈夫。お志津は今日バイトはない」
「え、なんで知ってるの?」
「ふふ」
さっと芽衣子ちゃんはスマホを取り出した。
「スマホ?」
「うん。愛ちんから『お志津のすべて』アプリを教えてもらった」
「待って。すっごく嫌な予感しかしないから、深堀りしたくないんだけど、我が身を守るため訊くわね。『お志津のすべて』ってなに?」
「お志津に関することがすべて網羅されてるアプリ。毎日更新されてる」
「なにそれ!? 待って、それを愛ちゃんが!?」
「アプリ創設者。つまり神」
「何創造してるの!?」
慌てて自分のスマホで検索をかける。
しかし該当するアプリは出てこなかった。
「ないじゃない」
「誰でもダウンロードできるようにはしていない。当たり前。特別なサイトを通してダウンロード、かつ何重にも重ねたパスワードを抜けなければ閲覧すら不可」
「愛ちゃんどこに才能費やしてるの……」
「このアプリを見れば、お志津のことはお志津よりもわかる」
「芽衣子ちゃんじゃなきゃ通報してたわ」
ていうか愛ちゃんは通報しておこうと思う。
暗殺者より質が悪い。
「アプリによれば、お志津は今日バイトはなく、放課後は予定なし。生理でもないから精神状態に変異なし。つまり本日は大安なり」
「キサキさん! 愛ちゃんの息の根を止めてきて!! 今すぐ!!」
突然振られ、きょどるキサキさん。
そりゃそうよね。意味も分かってないと思う。
「だから今こそタイミングだと思って、声をかけたのよ」
「……最近私のことよく睨んでると思ってたけど、様子をうかがってたのね……」
「うん。お志津が断れない……あ、断らない日を狙ってた」
「断れないって言った……そんなことしなくても断らないわよ……」
「嬉しいな」
「それで、第二視聴覚室に行ってそこで何するの?」
「むっ」
と、芽衣子ちゃんは言葉を止める。
そしてあからさまに視線をきょどらせ始めた。
「それは、来てもらったらわかるのよ」
「どうして? 言えないってこと?」
「サ、サプラ~イズ」
どやぁと、両手を広げる芽衣子ちゃん。
不思議っ子ではあるとは思っていたけれど、こうしてきちんと話してみると確かに変な子だとも思う。
「……ごめん」
しかしそのノリについていけず沈黙を走らせてしまった結果、芽衣子ちゃんは空気を読み間違えたと言わんばかりに両手をさっと引いて謝った。
こっちこそ空気を読めず申し訳ない。
「でも、その……できれば来てくれると嬉しいなって」
「……」
顔を赤らめながら必死にその言葉を紡ぐ芽衣子ちゃん。
「わかった。じゃあ放課後に行くわね?」
「う、うんっ! 嬉しいぞ!」
きゃ~っと叫ばんばかりに走っていく芽衣子ちゃんの背中を見送る。
ため息をつく私に、キサキさんが小さな声で話しかけてきた。
「志津香さん、これは罠かもしれませんよ」
「え? 芽衣子ちゃんが?」
「はい。わざわざ人のいない場所に誘い込むんですから」
「いや~ないない。ないわよさすがにそれは」
「でも……」
「芽衣子ちゃんはそんなことできるタイプじゃないわ。ましてや、演技して騙すなんてありえない。私は彼女とそこまで親しくないけど、でも彼女の性格はよく知ってるつもり。シャイで、優しい芽衣子ちゃん」
「……はい。すみません」
しょぼん、キサキさんが謝るのが申し訳なくなる。
「ううん。こっちこそ、命を狙われてるのに軽率な行動ばっかり、ごめんね。でも、だからこそ負けたくないの」
「負けたくない?」
「うん。状況が厳しいからこそ、それに反発するように今を楽しむっていうか、肯定してあげたい。お前なんか怖くないんだぞ~って」
「厳しい、からこそ……ですか」
「あはは。馬鹿みたいに聞こえちゃうかもだけど、でも私はこの間の事件でそれを痛感した。辛いからって怯えてたら、どんどん気持ちが落ち込んじゃう。そして、しなくていい被害妄想に満たされて、周り全部が敵に見え始めて。気が付いたら今度は私が傷つける側に回ってる……それは、もう二度としたくない」
あんな何の正義もない汚点から学べた、数少ないポジティブ材料。
「私はもう二度と、負けないの。って、守ってもらってて何言ってるんだって感じよね」
「いいえ。素晴らしいです! さすがはアラガミ様の妹です! 尊敬します!」
「や、やめてよそういうの! 私とキサキさんは……そうね。友達。友達よ」
「友達……?」
「そ。だから、その、ずっと友達でいてね?」
精一杯笑って見せる。
我ながら恥ずかしいことを言ってしまった。
少なくとも、朝っぱらから言うセリフではなかったかも。
顔が熱い熱い。
「じゃ、じゃあ私行くから。キサキさん今日も巡回よろしくお願いします!」
そう腕だけ敬礼して、私は逃げるように昇降口へと入っていった。




