忍び寄る暗殺者?
朝。
目を覚ます。
即座に頭がフル回転する。
見る。
私のベッドで眠る、キサキさんがもぞりと動く。
「ふぅ」
安堵のため息が漏れる。
昨日の一件から、我が家にいる間はまぐわうことを禁止とし、キサキさんは私のベッドで眠ることを強制した。
どうやら言いつけは守ってくれたらしく、キサキさんはすやすやと私に顔を向けて眠っている。
「……お化粧もしてないのに、綺麗な顔」
まるで彫刻のように整った顔に、つい触りたくなってしまう。
浅く呼吸を繰り返す度、彼女を覆った布団が上下に小さく揺れる。
朝日に照らされてキラキラと輝く埃すら、彼女を中心とすれば綺麗に見えてしまう。
こんなに綺麗なのに。
「どうして、あんな男を……」
もっと良い相手がいるだろうと思う。
あっちの世界に、ふさわしい男が。
でも恋って、いつも盲目なのだとも思う。
「……めん、なさい……」
小さく、キサキさんの口から漏れ出た。
初めは何を言っているのかわからなかったけれど。
「ごめんなさい……?」
確かにそう言った。
そして彼女の瞳から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。
○
「見られてますね」
登校道を歩く私の横で、キサキさんが小さく私に告げた。
「まさか……浦くん?」
「いえ、それにしてはあまりにもお粗末。気配が全く殺せてません」
「てことは、密偵?」
キサキさんは私を見ずに、小さくうなずいた。
「しかしこれだけあからさまな視線。挑発されているのかもしれません」
「挑発? なんのために?」
「見ているぞ、と」
「怖いこと言わないで!」
怖い話のオチを聞いた時のように、ぞわりと肌が粟立つ。
「実は、以前から感じていたんです。この視線」
「そうなの? なんで教えてくれなかったの?」
「いえ、実はこちらを見る視線が多くてですね……」
「どうして?」
「おそらくですが、志津香さんへの興味関心によるものだと」
「はぁ?」
「つまりその、特に男性からの視線が多く」
「……あっ。あ〜なるほど」
意味がわかり、少し顔が熱くなる。
「そういうの、わ、わかるものなんですか?」
「素人のものであればだいたい。特に志津香さんの下半身への注目が多いですね。風が吹いた時など特に」
「なっ」
慌ててスカートの裾を押さえ込む。
周囲を見渡し、敵意を配る。
そう言われれば、男子たちの視線がさっと外へ逃げたような気はする。
「あとは、女性からのものも多いです。そちらは概ね、嫉妬や羨望を感じます」
「嫉妬……見に覚えがないんだけど……」
「まぁ、容姿の良い女性は嫉妬されるものですよ」
「なんかキサキさんに言われると褒められてる気がしない」
「え〜! どうしてですかっ!?」
だってあなたの方があからさまに綺麗じゃない。
私は言わないけれど、素人の私でも気づくくらいに、キサキさんへの男子の視線が多いのを感じ取っている。
「とまぁ、ですのでその視線の中に紛れて気付きにくかったのですが、一つだけそのどれにも当てはまらない、異質な視線があることに最近確信が持てたんです」
「それが今も、こっちを見ていると……?」
「はい」
言われて視線を動かそうとする。
「動かないでください」
「っ」
それを察知されたのか、キサキさんに制される。
「近づいてきます」
「ほんと?」
「安心してください。このまま気づいてないふりして相手をおびき寄せましょう」
「そんな冷静に……」
どうしてなれるのか。
今まさに、私を殺さんとしている人が、後ろから近づいてきているというのに。
汗がにじむ。
そんな私の心を落ち着けるように、キサキさんが私の手を握ってくれた。
「3」
キサキさんが、唐突にカウントダウンを始める。
「2」
それはそう。
暗殺者、またはその仲間が近づいてくるまでの。
「1」
朝一で何も心の準備ができていないのに。
ええい、ままよ。
「0!」
その言葉と同時に、一緒に背後を振り返る。
そこにいたのはーー。
「お志津。おはよう」
「……芽衣子、ちゃん?」
同じクラスの不思議系アイドル。
芽衣子ちゃんだった。




