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勉強に集中させて

「ぬっころよぬっころ」

「ぬっころ?」


 きつく眉を傾け憤慨した様子の私に、キサキさんははてなを浮かべた。

 ぴゅ〜と風が屋上を駆け抜けた。


「細かくは気にしないで。愛ちゃんがいない分、私がバカになろうかと思って」

「愛ちゃんさんは、どうでしたか?」

「愛ちゃんさんは……さっき本人から目が覚めたって連絡が来たわ。怪我とかはないけど、こないだの件もあるしまたしばらくは入院して様子を見るって」

「よかった……大事に至らなくて……」


 私なんかよりもよっぽど安堵した様子のキサキさん。

 

「ていうかキサキさんこそ大丈夫? 背中」

「お気になさらずです。火傷に効く軟膏を持ってきていましたので、それを塗って痛みも治りました」

「背中に薬どうやって塗ったの? 一人で?」

「ええ。こうやって、肩の関節を一度外してですね……」

「あ、いい。やめて。なんとなくわかったから」


 ゴキゴキと言わせ始めそうなキサキさんを、そうなるまえに制止する。

 妙技を披露する中国のおじさんのようなノリだ。

 こんなに可愛いイメージを壊したくない。


「でも背中の傷、大丈夫かしら? 痕が残ったりしない?」

「自己治癒力を限界まで高めていますので、ほとんど大丈夫だとは思います」

「それ兄も言ってたわ」

「身体能力の向上については、大半は私が教えましたから」

「そうだったのね」

「極めれば、三日で体の貫通も治ります」

「エイリアンの域ですね」

「えいりあん? というのを知りませんが、でも良いことばかりじゃないんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。自己治癒力と言えば聞こえはいいですが、つまりは細胞の修復力を高めているという意味です。人間の細胞は怪我をしなくても常に破壊と再生を繰り返していますが、この回数には生涯の限界があるとされています。つまり自己治癒力を高めることで、そのサイクルを無理矢理速めているので、細胞の限界ーー寿命の終わりを早めているということです」

「つまり、老化が速まっていると?」

「そうとも言いますね。いずれ体は細胞の再生が叶わなくなり、つまり身体が衰え弱っていきますから」

「ほえ〜。なかなか科学に基づいた見地をお持ちなんですね」

「武術を極めるというのは体術だけではありませんからね。知識もきちんと詰め込まないと。文武両立です」

「武闘家って単細胞だと思ってたわ」


 だいたいゲームでも知力が足りないもの。

 ゲーム会社にクレームを入れておくわ。


「とはいえ、傷は今更なんです。身体中のあちこちに傷はあって……体も筋肉質だし、今更傷の一つや二つできても気にしません」

「そんなことない! 女の子なんだから、体は大切にしないと!」

「え、えへへ。でも、こんな私でもソウタさんは綺麗だって言ってくれるんです」

「やめて。兄が言ってるってだけでも寒気がするけど、そのシーンがおそらくベッドの上を想起させるからやめて」


 兄がキサキさんの耳元で囁いているとか考えただけで気持ち悪い。

 史上最悪の濡れ場よ。


「それにしても、まさか爆弾を使ってくるなんて」


 話を本題に戻す。

 無理矢理戻す。


「浦くんは私を殺すためになりふり構わない気みたい」

「……ええ。あちらもできるだけ事を大袈裟にせずに済ませたいみたいですが、殺せないのであれば手段は選んでこなくなるでしょうね」

「さっきも警察が来てたみたい。私も話をさせられたけど、特に誰がどうとかっていうのは気付いてなさそうだった」

「その辺りは抜かりないでしょう。証拠どころか、事件が起こった事すら気付かせないのがウラの売り文句ですから」

「その割には今回は強引なのね」

「それだけ、志津香さんの暗殺に焦っているということでしょう」

「なんでそんな……」


 殺されなければいけないのか。

 一番大事なことを、私は知らない。

 せめて、なぜ狙われているのかくらいは知りたい。


「しかし少しだけ気になる点があります」

「また不穏そうなこと言い出す……なに?」

「今朝の爆発、本当にあの浦と名乗る男の仕業なのでしょうか」

「……というと?」

「あの男の存在はあまりにも希薄すぎます。今朝の事件の時も、おそらくあの男は現場にはいなかったでしょう」

「それは、別に現場にいなくてもいいんじゃない?」

「暗殺がきちんと成されたかどうか、それが最も大事なんですよ? 状況を確認しないというのはあまりにも仕事として雑です」

「そう言われればそうかもだけど……つまりどういうことなのよ?」

「彼以外、もしくは彼の仲間がいるかもしれないです」

「……ちょ、ちょっとやめてよ……」


 冗談風に茶化してみるが、しかしキサキさんは笑わない。

 彼女は真剣なことをごまかさない人だ。

 だからこそ、不安を煽る。


「ウラがよくやることです。実行は暗殺者本人が行いますが、それまでの準備などに目となり耳となる密偵を入れてくるんです」

「って、てことはなに!? まだここに他の異世界人がいるってこと!?」

「それが異世界人とは限りません。もしかしたら、志津香さんの昔からの親友とか」

「愛ちゃんが……? 愛ちゃんは自分が被害にあってるのよ? ありえない!」

「落ち着いてください。今のはあくまで例えなので。しかしウラは平気で相手の弱みにつけ込み、人心を操ります。本当に、どんな相手でも気は抜かないでください」


 次はどんな手段を取ってくるかわからないですからーー念押しのように言われ、さらにいっそう緊張感が増す。

 いちいち不安を煽るのをやめてほしい。

 だけれど。


「そのうち学校ごと爆破するんじゃないかしら……」


 なんて冗談で笑い飛ばせないのが困る。

 だって実際に、先日この学校はデアドラゴンなる破壊者に完膚なきまでに破壊されたところなのだから。

 もはやそうなっても、驚きはしない。

 それだけスケールの大きな喧嘩に、私は巻き込まれている。


「勉強に集中させて……」


 ほんと。それだけはお願いします。

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