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始まりは真っ赤に染まり

「暗殺?」


 兄から飛び出た不穏そうな言葉に、険しい顔を浮かべる。

 夜聞く言葉は「晩ご飯」しか受け入れられない。


「キュウ?」


 私の空気を感じ取ったのか、腕に抱いた白いドラゴンのシンディが私を見上げる。

 この子は兄が異世界で共に旅したドラゴンで、マブダチらしい。

 元々は背中に乗れるくらいおっきかったんだけど、諸事情で小型犬サイズまで落とし込んでいる。

 諸事情は説明しない。

 異世界に行く手段くらいどうでもいいこと。

 今はありのままの現実を受け入れてほしい。そこから始まるんだと思う。人生って。

 あははっ。


「ウラって言うやつだ」

「浦?」

「そう。ウラ。あっちの世界ではその名前だけがまことしやかに囁かれていて、誰も実態を知らない暗殺者の名前なんだ」

「日本人なの?」

「いや、それも本人の名前じゃなくて、誰かが付けた呼び名だから大した意味はないんだ」

「そのウラさんがこっちにいるってこと?」

「さあ、どうだろうな。ウラは俺たちが壊滅させたんだけど……」

「壊滅?」

「そうそう。ウラって言うのは、世界を股にかけた暗殺者集団のことだったんだ。世界のバランスを保つためとかなんとか言って、要人を暗殺したり誘拐したり、時には戦争の引き金を引くために暗躍したりして何千年も前から裏から世界を操ってたんだ」

「やっぱ日本語じゃない」

「ん、ああ、そう言われれば。言葉の妙ってのはあるもんだな。台風とタイフーンみたいな?」

「言葉について突っ込むとややこしくなりそうだからまたの機会にするわ」


 そう言われれば、向こうの世界から来た人たちの言葉も聞き取れていたことを思い出す。

 何か超常現象が働いたのだろう。

 異世界という超常現象を目の当たりにしたのだから、そんな細かいところは些事である。


「それで、そのウラさんがどうしてここに?」

「だからそれがウラかどうかはわからない。あくまでわかるのは、その鉄針(てっしん)を暗殺予告として使っていたのがウラってことだけ」

「ふうん。異世界はいつも不穏そうね」

「あははっ。血で血を洗う世界だからな」


 何が面白いねん。異世界に行って笑いのツボがおかしくなってしまったらしい。

 私は手に持っていたその太い鉄の針をテーブルの上に置いた。もう少し細ければ串として使えそうになくもなさそうだ。


「必ずしも異世界ってわけじゃないさ。鉄針なんてこっちの世界でもあるだろ? 蓄音機とかでも使ってる」

「ちくおんき?」

「ああ、レコードだよ」


 出た、「ああ」。

 はいはい、うんちくうんちく。


「確かに。異世界のもめ事に巻き込まれて頭がそっちにいっちゃってるのかもしれないわ……そうよね、これくらいならその辺に落ちてるわよね」

「そうそう。異世界は忘れてまずはお風呂に入ってきたらどうだ? バスタオルのままだと風邪ひくぞ?」

「あ」


 シンディをお風呂に入れようとしていたのを忘れていた。

 腕の中で私の手に甘噛みするシンディを連れ、脱衣所へと戻る。バスタオルを脱ぎ捨て浴室に入ると、シンディが狭い浴室の中で羽をバサバサと揺らした。


「こら、ここで羽広げるのは禁止」


 会話できるわけじゃないが、最近シンディは人の言葉がある程度わかっているのだと思っている。怒ったらしょんぼりした顔するし。

 そんなことを言いつつ、シャワーのノズルをひねると、温かい水が私の今日の疲れを癒し流してくれる。


「~~~♪」


 目をつむり、鼻歌を鳴らしながら髪を水に溶く。


「キュウ! キュウ!」

「ちょっと待ってねシンディ。すぐに体洗ってあげるから」

「キュウ! キュウッ!」


 いつも以上に泣きわめくシンディに違和感を覚え目を開ける。

 するとすぐに、視界が黒くぼやけていることに気が付いた。


「え」


 目元をぬぐってシャワーから顔を出す。

 黄ばんだ白いシャワーヘッドの先から、赤い。

 真っ赤な水が、シャワーのように飛び出て。

 私の全身を赤く染め上げていた。


「い――」


 生ぬるく、血なまぐさい。

 これは――――――――――――血。


「いやあああああああああああああ!!!」


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