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まさかの

「あ〜もうこびりついて離れない!」


 登校道を歩きながら、私は両耳を塞いだ。

 しかし私の頭の中に響くのは幻聴であり、そんなことでは音は消えなかった。

 生々しく響く、男女が交わる音。

 擬音語にもしたくない。


「志津香さん、朝の便の話を大きい声で言うのは控えた方が……」

「便じゃない! こびりついてたまるか!」

「どうどう」


 キサキさんになだめられる。

 あなたのことで悩まされていると言うのに。


「なんと言うか、私は少しあの家に落ち着きすぎてしまったようですね」

「そういう意味じゃないわよ。いてくれると安心だし」

「それは嬉しいですが」

「ただ、あいつが、うちの中で、女の人と……あ〜想像したくない!!」

「志津香さん、お顔が真っ赤です!」

「ウブで悪かったわね!」


 急にキサキさんが大人に見える。

 喧嘩は強いけど、世間知らずな田舎娘だと思っていたのだろう。

 でも彼女は私よりもっと大人で。

 言ってしまうと、擦れてないだけ。


「その制服、朝使ってたやつですよね?」

「え、に、匂いますか?」

「匂わないけど嫌だ」

「すみません。これしかなくてつい……ファブリーズとやらを振りかけたのですが」

「匂わないけど嫌なの!」


 生理的な嫌悪感だ。

 言葉で説明はできない。


「志津香さんは、生娘(きむすめ)なんですか?」

「きむすめ?」

「一度も男性と、まぐわってはいないんですか?」

「う、うるさい! この世界では結婚するまでしないのが普通なの!」


 そっちこそなんて話をするのだ。

 朝っぱらから。

 向こうの世界はそこまで性に奔放なのだろうか。


「ええっ!? そうなんですか!?」

「わきまえて! こっちの世界では、軽々しくやる女はモテないわよ!」

「そ、そうなんですか?」

「やれるだけの女認定されるの。この世界ではね、結婚相手は一人だけなんだから」

「一人……」

「そ。兄ももちろんそのつもりのはず」

「そうなんですか……」


 ただ、だからこそあいつが許せない。

 兄の道徳観はこちらのもので。

 その上で、あっちの道徳観上を都合よく利用し、女性を性の吐口にしている。

 それが、嫌だ。


「ごめん。キサキさんを悪く言いたいわけじゃないんです」

「いえ、とても参考になります」


 参考。

 なんのだろうか。

 それはおそらく、兄への想いだろう。

 彼女を応援したい。私のその感情は、間違っているだろうか。


「おい、来た」


 校門まで近づくと、周囲の男子生徒がこちらを見ているのが気がついた。

 明らかに、遠巻きに私たちを見ている。


「な、なんだろ……」

「私たちの話をしています。概ね、好意的な話ですね」

「え、聞こえるんですか?」

「目と耳はいいんですよ! 例えばほら、あそこの男子二人組」

「ああ、同じクラスの人よ。中村くん」

「はい。私と志津香さんの下着の色の話をしています」

「うんやめて。それ、聞きたくない」

「おお、あの校舎から見ている人は、『俺は嶺とやりてぇ』と話してますね」

「お願いやめて! 知りたくないぃぃぃ!」

「あ、そうでした! すみません!」


 もうあの男子たちの顔をまともに見れなくなる。

 中村くん。最低かよ。

 でも男子って、大体そう言うこと考えているんだろうな。


「あ」


 その時、校門の前に停まったバンの中から、車椅子に乗った生徒が降りてくるのが見えた。

 沈んだ顔で車椅子を動かすその横顔は。


「愛ちゃん!」


 かける。

 すると愛ちゃんはやつれた顔で私を見上げる。


「あぁ、お志津……おはよ」

「大丈夫だった? 愛ちゃん? もう退院していいの? 痛いところはない?」

「……うん。大丈ーーゴホッゴホッ!」


 激しく咳をする愛ちゃん。まさか車椅子生活にまでなっているとは思っていなかった。

 いつもの愛ちゃんが戻ってきていない。

 それもこれも、全部私のせい。


「ごめんね、愛ちゃん……」

「ううんいいの。その代わりお志津、しばらくは介助お願いできるかな?」

「もちろんよ」

「志津香さん、気をつけて」


 と、突如キサキさんが私の体を引っ張って愛ちゃんとの距離を取らせる。


「どうしたんですか?」

「この方は、嘘をついています」

「嘘?」


 キサキさんが鋭い視線んで愛ちゃんを見ている。


「脚は怪我をしていません。それに、心拍数が不規則に上下しています。嘘をついている人間の典型です」

「え、心拍数まで聞こえるの!?」

「意識をすれば」

「愛ちゃん、そうなの?」


 と、愛ちゃんに真偽を問おうと見ると、愛ちゃんはだらだらと汗を流していた。


「あ、愛ちゃん?」

「そそそそ、そんなことない!」

「めっちゃ動揺してる!」


 あ、嘘だ。

 こいつ嘘ついてる。

 すると愛ちゃんは車椅子からガッと勢いよく立ち上がった。


「な、何よこの女! お志津私がいない間に間男を作ったの!? そんなに寂しかった!?」

「愛ちゃん。朝から校門の前で何言ってるの? ていうかなんで車椅子なんて嘘ついて乗ってたの……」

「う、うぅ……だってだってぇ! お志津に心配してほしかったんだもん! 合法的にずっと介護して欲しかったんだもん! あわよくば保健室とかでまぐわいたかったんだもん!」

「何言ってんのこいつ!?」


 しかも朝から二回もまぐわうなんて言葉を聞くとは思わなかった。

 私の中で後にも先にも二度とこない狂気デーだろう。


「はぁ。愛ちゃん、元気そうでなによりよ」

「元気も元気。ビンビンのビン・ラディーー」

「はい、そこまで」


 危ない危ない。

 言わせねぇわよ。

 いろんな理由で。


「そんなことより、このスリムで小顔で出るとこ出てて、程よく健康的な小麦色の肌に、透明感漂う黒髪ポニーテールの隙のない麗しい女の子は誰?」

「めっちゃ褒めるじゃん」

「悪いところが見つからなかった!」

「この人はキサキさん。ん〜わけあって、一緒に行動してるの」

「わけあり……浮気じゃないってこと?」

「まるで特定の恋人がいるみたいな言い方やめてもらえる?」


 愛ちゃんが筆舌しがたい顔になった。


「私、キサキと言います! よろしくお願いしますね!」

「な、何よこの子距離近いわね……この分け隔てない快活さとひと目で心を魅了する大きな瞳。控えめに言って好き」

「堕ちた!?」


 まさかのキサキさんの胸に顔を寄せる愛ちゃん。

 速い。速すぎる。

 なんか知らないけど若干嫉妬。


「しかもシトラスの香りが心のしこりを解して溶かすわ」


 それヤった後を誤魔化すためのファブリーズの匂いだけどね。

 言わないけど。


「なんだか楽しくなりそうね! 行きましょう!」


 ようやく校門前から離れることができた。

 放置した車椅子をどうするのかは言及しないけれど。

 とにもかくにも、三人で昇降口へと入る。

 ここでキサキさんとはいったんお別れだ。


「キサキさん、じゃあまた護衛よろしくお願いします」

「ええ……」


 と、キサキさんが上の空で答えるのに気が付く。

 彼女は私の顔を通り越して、その奥を見ていた。

 そこには先に入った愛ちゃんがいて。彼女はあきらかに自分の上履き入れとは違うところを触っていた。


「えーっと私のとこはここだったかな?」

「愛ちゃん。そこ私の」


 何がしたいんだこの子は。

 とにかくふざけないと気が済まないんだろう。

 病み上がり早々全力疾走するとまた倒れるわよ。


「え〜そうだったけ〜開けてみないとわかんない〜」

「はいはい。確認すればいいでーー」

「開けないで!!」


 叫び声が、耳をつんざいた。

 しかし、それより遥かに巨大な音がその後すぐに昇降口全体に響き渡った。


 ドンッーーーー!!!!


 まるで地球そのものを揺らしたような激しい音と揺れ。

 愛ちゃんが開けた私の上履き入れから、激しく赤黒い爆発が炸裂した。

 脳味噌が理解を拒む。

 ありえない。

 尻餅をつき、状況を把握する。

 下駄箱はひん曲がり倒れ、そこから黒い煙がモクモクと出ている。

 愛ちゃんの姿はーー見えない。

 どこにもいない。

 嘘……。

 嘘だ。


「愛、ちゃん……愛ちゃんっっっ!!!!」


 私が叫んだのとほぼ同時に、大きな警報音が鳴り響き出した。


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