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ランコウ

(うら)シノブ?」


 怪訝な顔をする兄の顔を、フォークで突いてやりたかった。

 そこは駅前のファミリーレストランで、私と兄は向かい合わせで座っている。家では母がいるから限界がある。なのでひとまず今回の件について話し合う場として、ファミレスを選んだ。

 私の前にはパスタが置かれ、兄の前にはライ麦パンが置かれている。ライ麦パンて。


「なんだそのいかにもな名前。ありえないだろ。おそらく……偽名だな」

「そのリアクションもう私がしたから。何いかにも名推理みたいな顔してるの? わかってるから。絶対偽名だから」

「首を締めるような両手のタトゥーが入った男か……。もしかしたらランコウ地方の人間かもな」

「らっ、ランコウ!?」


 私はつい言葉に過剰反応してしまう。

 近くの席の人がちらちらとこちらを見る。


「え、何想像してるんだよお前」

「してない!」

「ランコウって地方があるんだよ。ランコウってのは、交わりって意味があってだな」

「それっぽいから! むしろ後押ししてるから!」

「違うんだって。昔からランコウ地方に世界各地から人が集まる交差点だったんだ。だから自然とそこが流通で栄えていってだな」

「ランコウランコウ言うな!」


 静かに声を張り上げる。

 こんなことができるんだな私って。


「とにかく、そこでは世界各国から持ち込まれた宗教も一緒くたにまとめられていって、いつの間にかランコウ独自の独特な宗教ができあがったわけだ。その信者は、体にタトゥーを入れる文化がある」

「ってことは、その人はその宗教の信者ってわけ? それがウラってこと?」

「ウラとはまた別だけどな」

「でも浦くんはウラって名乗ってるのよ? 隠すつもりもなく」

「むしろそれが怪しいな。自分たちの存在をアピールするような輩じゃない」

「そう言われればそうだけど」


 私に警戒してくださいと言っているようなものだ。

 しかもあちらも恐れ慄くキサキさんと、おそらく兄もいるのだから。

 一度警戒されれば私を暗殺するのには一苦労するはずだ。


「そういえばキサキさんは?」


 兄はだまって頭上をさした。


「上?」

「店の屋根の上で、ちょっと精神統一してくるって」

「なんで店の上……」

「見渡すかぎり自然で育ってきたやつだからな。こう電気がちらつく建物の中だと落ち着かないんだろ。それに、店の外を警戒してるんだろうな」

「中を警戒してよ」

「中は俺がいる」

「……っ」


 きりっとした表情で言われ、少し言葉を失う。


「志津香は俺が絶対守るから安心していい」

「そっ、そういうことはさらっと言わないで気持ち悪い!」


 私が顔を赤くして怒るも、兄はまた肩を竦めてライ麦パンを食んだ。


「それにキサキも本気モードに入ったみたいだし、この先暗殺者も容易に近づけやしないだろ」

「本気モード?」

「こっちの世界だと少しだけ重力が違うって言ったろ? ほんの少しだけど、それは達人の域の人間からすれば、雲泥の差だ。命取りの差と言ってもいい」

「あーはいはい。あんたも凄いってことね」

「ああ」

「いらっ」

「こっちきて体が思うように動いてなかったのと、やっぱり向こうにいたら嫌でもマギアに頼る癖ができてるから、それがない状態に慣れる必要がある。そのあたりを計算して、おそらくキサキならもう思う通りに動けないなんてミスは犯さないだろうなってこと。それが本気モード」

「十分めっちゃくちゃ動いていたんですがそれは」

「志津香の目に見えるレベルならまだまだだよ。マギアを使えばもっと速く強く動けるけどな」


 まあほぼ見えてなかったですが。

 わーって心の中で言ってただけですが。


「そんなことより」


 と仕切り直す。

 私は兄の顔をじっと見つめて尋ねる。


「あなたは、その、リヒトさんって人と恋人だったんでしょ?」


 と、不意に尋ねてみる。

 案の定、兄は気まずそうに視線を逸らした。


「あー待って。リヒトさんって人の話はいいの。それは言いたくないなら大丈夫」

「じゃあなんだよ?」

「結局、今特定の恋人なんかはいないの?」

「いない、といえばいないな」

「何それ。あんたが遊び人みたいな逃げ口上とか明日は核の雨が降るんじゃないの」

「ひどいな。いろいろ複雑なんだよ。あっちの世界では」

「もしかして、あの7人のお姫様たちみんなに手を出してるとか言わないわよね?」

「すみません。ライ麦パンもう一つ」

「かしこまりました」

「ライ麦パン頼んでんじゃないわよ! 逃げるな!」


 と、兄が唐突に私の頭に手を置いた。


「志津香は大学受験に集中してろ。俺のことは俺のことだから気にするな」


 ぺしっと頭に置かれた手を払う。

 そういんじゃなくて。

 私はキサキさんの気持ちを心配しているだけで。

 きっと彼女は。

 私を守りにきたんじゃない。

 きっと彼女は。


 兄に逢いに来たんだから。


「とにかく、誰かを悲しませないで。それだけ」


 小さく言って、私はフォークでパスタを巻き取った。

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