異世界人のやらかし癖
白黒のボールが右から左へと。左から右へと飛び交う。
私はフィールドの外に座り、それを茫然と眺めていた。
体操服に身を包んだ健康的な体をした女子高校生たちが、その大なり小なりのたわわな実を上下に揺らし、わーきゃーとボールを投げられた犬のごとく追って走っていく。
「これは、授業なのですか?」
私の隣でちょこんと座るキサキさんが、その長い足を三角に折り畳みサッカーをするフィールドを見つめていた。
「キサキさんから見たら、全然動けてないでしょ」
「いえ、というより、もっと技術的なものを指導はしないのでしょうか。放っておいても技術の向上は図れません。先生方は何をされているのですか?」
「体育は遊びみたいなものですから。不健康にならないように身体動かしましょうね〜って」
「なるほど。この世界の方々はあまり普段から身体を動かさないのですね」
「ニートが社会問題ですから」
「ニート?」
「厳密には知らないですけど、ようは家に引きこもって誰かに生活を寄生している穀潰しです」
「なんと……それはどうやって食事をするのですか? お金はどうするのです??」
めっちゃ純真無垢な目で見つめてくるじゃん!
やめてください。そんな本気で疑問視しないでください。
「お母さんとかが作ってくれるんです。お金も親に出してもらって……」
「それは由々しき事態ですね。もちろん私の国でも両親から祖父母と一緒に暮らしている人は大勢いますが、若いものは稼ぎに出て、家事を親世代がするという棲み分けがされています。そんな一方的な依存は、いずれ社会の崩壊を促しますよっ!」
「私に言われても……」
ちょっと熱くてうざい。
そう思ってしまう自分も、なんだかんだとこの怠慢な社会に毒されてしまっているのだろうか。
「よくないですね。芳しくないですね。私の学校であればそんな腐った性根は叩き直してやるんですが」
「あはは。兄もそうだったんだけどね」
小さい声で言う。
どうやら向こうの世界では、兄はたくましい自立心のある男だったらしい。
そのイメージを壊すことは憚られる。
ていうか、あっちの世界行って変わるくらいの意識なら、こっちにいた時から変えなさいよ。
ったく。今更言っても仕方がないけれど。
「あ」
駄弁りながらグラウンドを眺めていると、ビブスを来た生徒の一人が転んだ。
先ほどから見ているけれど、彼女はかなりの運動音痴らしい。
「あれは、確か志津香さんの近くの席の」
「うん。芽衣子ちゃん。勉強はできるんだけどね、運動はダメっていう典型的なインテリタイプ」
「パニクってますね」
「パニクってる」
芽衣子ちゃんは必死にボールを追いかけようとしているのだけれど、ボールに遊ばれているようにしか見えない。
するとその時、芽衣子ちゃんに思い切りぶつかる人物がいて、また芽衣子ちゃんが転んだ。
ぶつかった女生徒たちは、クスクスと笑い走り去っていく。
「おーい、危ないだろー」
一応という程度に、審判役の先生がフィールドの中央から声を飛ばす。
「今のはわざとですね」
「あの子たち隣のクラスなんだけど、いっつも芽衣子ちゃんを目の敵にしてるみたい」
「助けないんですか?」
「え」
だからそんな無垢な瞳で見つめないで。
そりゃ普通に良心に従えば助けるんだろうけれど。
「ああいうのは、なんでもかんでも首を突っ込んでも良いことないです」
「……ソウタさんは、お兄さんはどんな理不尽にも戦っていましたよ」
だめだ。このやりとりは不毛だ。
喧嘩になる。
私のセンサーが敏感に反応しエマージェンシーコールを鳴らしていると、三度芽衣子ちゃんがこけた。
いよいよ先生は試合を中断し、芽衣子ちゃんに駆け寄る。
どうやら怪我をしているようだ。
先生は芽衣子ちゃんに肩を貸しつつ、こちらに戻ってくる。
そのまま保健室へと運ばれていった。
「大丈夫かな」
「膝をすりむいた程度でしょう。唾をつけておけば半日で治ります」
「快復力一緒にしないで」
そういえば、異世界人の快復力を侮っていた。
兄も、ボコボコにされた体が次の日には綺麗すっかり治っていたのだから。
「おい、穂田。おい」
一瞬、先生の声に誰も反応しないものだから、全員がはてなを浮かべていた。
だがすぐに、キサキさんが愛ちゃんのフリをしていることを思い出す。
「キサキさん」
「あ、え、はっ、はい!」
慌てて立ち上がるキサキさん。
「代わりに入ってくれ」
先生の要望に、キサキさんは表情を固めて私を見下ろす。
行くしかないでしょ。
まるで私の許可を待つ犬のようなキサキさんに首肯すると、キサキさんは小走りでフィールドへと駆けていった。
やっぱ脚長い。いいなー。
試合が再開される。するとさっそく先ほどのいじめっ子の女生徒に渡った。
――と。
彼女の足元に渡った瞬間、ボールがなくなった。
さらに、彼女が後ろ向きに倒れ尻持ちをついた。
「ん?」
全員、何が起こったのか分からず、沈黙。
その中でおそらく私だけ、フィールドの端でドリブルをするキサキさんを見つけた。
「……ばか」
目立つなという意味では、確かに目立っていない。
彼女の動きは早すぎて、誰もその姿を捉えられていない。
確かにその超人じみた動きは誰の理解にも及んでいないけれど、しかし普通にしていられなかったのだろうか。
していられなかったのだろうな。
彼女の正義感が、あのいじめっ子女子を放っておけず仕返ししてやりたかったのだろう。
ようやくみんながゴール前でボールを持つキサキさんに気がつき、追いかけ始める。
その時にはキサキさんはシュートフォームに入っていて。
しかしボールはゴールのクロスバーに当たった。
「あれ、外した」
――って。
ちょいちょいちょい!
ふわりと空中を浮くボールをみんなが唖然と見つめている。
しかし一人、キサキさんだけは、そのボールに向かって飛び上がっていた。
体を捻って上下反転させ、足を上に振り上げボールを叩く。
オーバーヘッド。
ボールは痛快に飛び、キーパーの股下を跳ねてそのままゴールへと突き刺さった。
誰一人、それを追えてはいない。
空中でくるりと身をひねり、両足で着地するキサキさん。
決まった、みたいな顔しているけれど。周囲の視線にやってしまったと気づく。
「わ、わ〜やった〜」
棒読みで女の子らしい喜びを見せる。
そんな彼女を見ていられず、私は下を向き頭を抱えていた。
どいつもこいつも、自己顕示欲がぱない。