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意外とバレない

「はーい。じゃあ二人一組になってな」


 広いグラウンドの中。

 規律もなく並ぶ女生徒たち。

 体育の授業は、隣のクラスと合同で行われるため、普段は目にしないメンツがずらりと並ぶ。

 先生の合図で、女生徒たちはゾロゾロと動き出して二人一組となった。

 いつもの私のパートナーは有無も言わせず愛ちゃんなんだけれど、今私と組み、背中合わせに両腕を組んで伸びの準備体操をしているのは、愛ちゃんよりも一回り背の高い、まるでモデルのようなキサキさん。


「……すごい、ほんとにバレない」


 誰も見知らぬ生徒が混じっているというのに、誰一人としてキサキさんの存在を疑問視する人がいない。

 平然と準備体操をやってのける。


「気配消してますから」

「姿見えなくなるんですか?」

「いえ、視界の中にはみなさん私を捉えているんですけど、意識していないというか、気にならないんです。町中で歩いている人がひとりひとり気にならないみたいな感じです」

「何にしてもグッジョブです……ウウ……」


 キサキさんの背中に乗せられる形で、体を伸ばされる。

 愛ちゃんとやっている時は適当だけれど、さすがというか遠慮がない。


「志津香さん、体怠けてますね」

「これが現代の若者の標準なんです」

「なんと……これではいざというときに戦えませんよ」

「戦わないので。領土侵攻されたら白旗です」


 今度は私が引っ張る。

 すると愛ちゃんの時は引っ張ってるって感じがしたのに、キサキさんはまるで液体のようにぬるりと体が伸びてくる。まるで引っ張ってる気がしない。それくらいに体が柔らかいのだ。


「全然苦しくないんですか?」

「え? はい全然。あ、でも強いて言うなら」

「言うなら?」

「胸元が苦しいです」


 愛ちゃんの体操服だ。

 愛ちゃんも胸は大きな方だが、キサキさんよりは小さい。だから服が横に引っ張られて胸を締め付けるのだろう。


「それと、下のパンツもきつくて食い込んで……」

「我慢してください」


 もう一度、今度は私の体が逆に持ち上げられる。


「そういえば、先ほど仰っていた暗殺者というのは?」

「男子だから、今は体育館かな。出席してればだけど」


 グラウンドから見える体育館を見遣る。

 中では男子がバレーボールをしているはずだ。

 あの浦くんが授業に出ていればだけれど。


「あれ」


 ――と。

 私たちの隣に、体育教師が立ってこちらを見ていた。

 先生はきょとんと少し驚いたような顔でキサキさんを見ている。


「ん? 誰だっけ」


 しかし体育教師は、私たちの担任ではなく、この二年生になってから体育の授業を担当する先生だ。

 だから先生にはキサキさんが他所の人かどうか判然としないのだろう。


「あ、愛ちゃん……えっと、穂田さんですよ?」


 と、勝負に出る。

 先生は怪訝な表情を崩さず。


「こんな顔だったっけ?」

「ひどいですよ先生。ね、愛ちゃん?」


 満面の笑顔でキサキさんを見る。

 察して。

 私の念が通じたのかキサキさんは少し戸惑った後、


「え、ええそうですとも! アイちゃんですとも!」


 下手くそ!

 語尾にともって付ける人タモリさんくらいしか知らないわよ!


「そう、か? そんな背が高かったっけ。てかこんなモデルみたいな子いたっけか」

「愛ちゃん、こないだひっかけ橋でテレビの人にスカウトされたもんね? ね?」

「ひっかけ……? テレビ……? あ、うんそうですともそうですとも!」


 ここまで来たら勢いよ!

 押し切れ!


「そっか。まあ、じゃあいっか」


 先生は納得したのか、特にそれ以上追求することなく立ち去っていく。

 二年から体育の授業で担当になった人だけれど、噂通り適当な人で助かった。

 私は大きく息を吐く。


「大丈夫、ですかね?」

「多分。気配消してもバレる時はバレるのね」

「そりゃまあ、姿そのものを消すわけじゃないですから。あくまで、意識の外に外すだけで、何かのきっかけで注視されれば気づかれます」

「それも向こうの世界の魔法のマギアってやつ?」

「いえ。これはただの技術です。鍛えれば志津香さんも使えるようになりますよ」

「え、まじ?」

「先ほどから、マジとはどういう意味ですか?」

「本当、ってこと」

「ほう。ではマジマンジとは?」

「めっちゃ本当、ってこと」

「強調しているわけですね。ふむふむ。この世界ならではの言葉は面白いですね」

「ところで唐突な質問なんですけど」

「どうかしましたか?」

「キサキさんは自然と言語が通じているこの状況をどう思われますか?」

「……」


 不意打ちで尋ねてみる。

 向こうの世界の人たちが、日本語を使っているなんて理屈がおかしい。世界が違うのだから。

 異世界の人たちは兄との意思疎通について、どんな見解を持っているのだろうか。


「はーい。じゃあ集合」

「あ、先生がお呼びですよ」


 キサキさんが答える前に遮られ、キサキさんは先生の下へと駆けて行った。

 そうか。キサキさんもダンマリか。

 言語については誰も理解していないらしい。

 気になる。


「ところで、今日は何の授業なのですか?」

「サッカー」

「サッカー? あー、ソウタさんがやっていたと言う」

「あいつそんなこと言ってたんだ」

「はい。向こうでも私たちの生徒に教えてくださいました。確かこちらの大会で優勝したことがあるとか。ソウタさんはこっちの世界でもすごいんですね!」

「ぷっ」

 

 キサキさんの無垢な眼差しに、つい吹き出してしまう。


「おかしいですか?」

「いえ、キサキさんがじゃなくて。兄が優勝したことあるのって、幼稚園の時の園内の大会のことですよ。小学生に上がって本格的にサッカーをし始めたらずっとベンチだし、リフティングだって10回もできなかったんです」

「え、そうだったんですね……」

「あいつ、普通に運動音痴でしたから」

「意外です」


 見栄を貼りたかったのだろうか。

 それとも、どうせ異世界だから知られることもないと踏んでいたのか。

 可愛い嘘をついたものだ。


「私、ソウタさんのこっちの世界での話をもっと知りたいです」

「ん〜、私も小さい頃のことしか知らないけど、また思い出したら話しますね」

「ありがとうございます!」


 この人は、本当に兄のことが好きなんだと思った。

 こんな良い人をたぶらかすなんて。

 あいつは異世界でどれだけのことをしてきたのだろうか。

 詳しく知りたいようで、知りたくない。


「……ところで先ほどから警戒はしているんですが、暗殺者らしき人物は近くには感じないですね」

「そうなんですか? でも暗殺者なら、巧みに気配を殺してるのかも?」

「私が気づけないほどとなると、それはかなりの達者でしょうね。もしそうだったら……」

「そうだったら?」

「危ないかもしれません」

「え?」

「もしもの場合は、ソウタさんにすぐに連絡が取れるようにしておいてください」


 楽しかった空気は一瞬にして冷たく戻り、私はしばらくキサキさんの真剣な表情がこびりついて離れなかった。


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