愛ちゃんグッバイフォーエバー
「おはよ〜」
「おはよ」
教室に入る手前で、クラスメイトの佳子ちゃんに挨拶される。
いつもは愛ちゃんのおかげで――せいで?――あまり意識できなかったけれど、こうしていつも挨拶してくれる佳子ちゃんはとてもいい人だと思う。クラス内でのあだ名がノーヨシコノースクールライフなだけあるわね。
……でももしかして実は暗殺者?
なんて。
可愛くおっとりした見た目だから、その裏を疑っちゃったり。
冗談で思いつつも、体はほんのわずかだけ警戒してしまう。
大丈夫。隠し持ったナイフですれ違いざまに刺されたりなんてしない。
「うぃーっす」
「おはよ」
自分の席につくと同時に、私の席にお尻をつけて近くの友達と駄弁っていた大気よりも軽い脳みそこと中村くんがそう適当な挨拶をくれる。
今私の席に触れていた――いつもだけど――もしかしてその隙に何かを仕込んだのかも?
いや待って待って。
その斜め奥の席に座る、いつも自分の席から離れずエッチなイラストのラノベを読み耽っている通称「樹齢千年」こと榊原くん、今こっちを見てなかった? そして私と目が合った瞬間逃げるように視線を戻した。
あんな陰な見た目はカモフラージュで、実は暗殺者かもしれないわ……。
まさに陰に潜むもの。暗殺者におあつらえむきじゃない。
え、待って。ちょっと待って。
ほんと待って待って。
普段は朝礼ギリギリまで教室に来ない変な喋り方で有名な、通称使えないコメンテーターこと担任の大前田が教卓にいるわ!
どうして?
今までそんなことなかったのに。
この突然のイレギュラーな行動。
教職という立場を隠蓑にして暗躍する暗殺者に違いないわ!
「どったの? お志津?」
朝っぱらから疑心暗鬼に支配されていた私の思考を遮るかのように、声がかかる。
後ろの愛ちゃんの席。その隣に座る芽衣子ちゃんが私の肩を叩いてこちらを見据えていた。
「はっ!」
「はっ? どったのお志津。今日変ぞ?」
「ごめん……変だよね」
「そうだね。なんかモノローグですごい長文語ってる推理漫画の主人公みたいな顔してたぞ」
それはひどい顔だ。
気をつけよう。
「今日は愛ちんがいないから調子狂ってるのかな?」
「そ、そうなの。なんかリズム狂っちゃって」
「ラブラブですな〜。愛ちん、食中毒だって?」
「ん? うん。そうみたい。食べ物に当たったみたいで」
ということになっている。
経緯はよく知らない。
「怖いよね〜。でも私はちょっぴりこの機会を楽しんでるんだぞ」
「どうして?」
「いつもは愛ちんが独占しているお志津にちょっかいが出せるから」
ツンツン、と芽衣子ちゃんは私の肩を指先でつついた。
そう言われれば、こうして愛ちゃんがいないシチュエーションってほとんどないから珍しい。
あの子、ほんとに病気とかにかからないから。休まないんだもの。
毎日愛ちゃん。
よく考えたらキングボンビーみたい。私よく耐えてるな。
「しばらくは私がお志津を独り占めぞ」
芽衣子ちゃんはおっとりした表情で満面の笑みをこぼす。
ああ、こんな癒しがすぐ側にあっただなんて。
さよならキングボンビー。
愛ちゃん、グッバイフォーエバー。
「そうよね。意識しすぎよ私」
誰にも聞こえない声で呟く。
そうだ。ここはただの学校だ。
異世界だ暗殺だなんて言い出す前からみんなはいるし、何の問題もなく過ごせてきた。
今更異世界の暗殺者でしたーなんてことはあり得ない。
だからこそ、暗殺者も食べ物に毒を盛るという形で遠隔で私を狙ったのだから。
待って。
こうやって警戒している私の心をほぐす。
実はその存在こそ大体真犯人説!
あるわ!
これ絶対ある説!
この何の汚れも嫌味もない眩い笑顔!
これが黒幕でなくてなんとする!
嗚呼、芽衣子ちゃん。
どうしてあなたが。
「おーい、いいですかねー」
そんな感じでありもしない陰謀論に支配されていた私を馬鹿かお前と罵るように割って入ってきた声。それはさっきまで何故か教室にいた担任の大前田で、彼は朝礼のチャイムが鳴ると同時に教室全体に聞こえるように言った。
「おはようございますですね。さてー、どうして私が朝礼前から教室にいるのかなど思われた人も大勢いらっしゃることとは思いますけどね」
やはり気持ちの悪い喋り方だ。毎日思う。
エンドレス気持ち悪い。
と、それはさておき、私の疑惑に答えてくれるようだったので耳を傾ける。
「実は突然のことですが、皆さんにお伝えしなければいけないことができたからです」
そう、大前田は煽るように話す。
これは、もしかしなくても、「実は私は殺し屋なんです」と言ってアサルトライフルを教卓の下から出し、クラス全員をターゲットにして狩りを始めるサイコキラー的な展開が……!?
「実は突然ですが、転校生がこのクラスにやってきます」
違った。全然違った。
ほっと胸を撫で下ろしつつの転校生!?
私が驚くのと同じタイミングで、教室がざわついた。
「ちょっと私も今朝きかされたのです。なので慌てて準備をしていたわけですが……お、来ましたね」
教室の外、廊下を見ると、教師らしき人影と、その後ろにもう一人誰かがついて歩いている。
彼らは教室の前の扉の前で止まり、戸が開くとそこからは教頭先生が顔を覗かせた。
大前田先生と教頭は少し言葉を交わした後、その後ろにいるであろう転校生に視線を配る。
どうやらいよいよその姿がお目見えのようだ。
ドキドキする。
誰だろう。こんな時期に転向してくるだなんて。
高校生にもなってこんなワクワクするなんて、我ながら恥ずかしい。
でもこういうイベントは嫌いじゃないんだ。
「じゃあこっち、入って」
転校生の足が敷居を跨ぎ、中に入ってくる。
長い足。
ほっそりとした体躯。
そして綺麗な白い肌。
「初めましてっと。転校生の浦忍だ。よろしくどうぞ」
彼は。
浦忍と名乗る首に刺青の入った彼は。
そう言って、顎を上げて私を見て不適に笑った。
それは彼の背の高さもあいまって、上から見下ろされているかのような印象を強く受けた。
浦――ウラ――。
え、絶対こいつじゃん!
まごうことなくこいつじゃん暗殺者!!