私の婚約者は乙女です。
いきなりだと思いますが、私、マリーウェル伯爵家長女シェエリスノ・マリーウェルには婚約者がいます。婚約を結んで3年ほど経ったでしょうか。あ、もちろん、政略結婚というものです。我が家には男子はおりませんので、その方が後継ぎとなられるのです。
「ここにいらしたのですね、シェエリ様。」
あら、話をしていたらいらっしゃったみたいですね。
「ごきげんよう、レオ様。」
彼が私の婚約者のレオ様___レオノース・ハルヴィット様です。ハルヴィット侯爵家の三男でいらっしゃって、今は近衛騎士としてお勤めなさっております。今年からは第二隊の隊長も任されたそうです。まあどんな方か簡単に言うとすると、美形な乙女、というのがぴったりでしょう。腰ほどの長さがある陽の光を浴びるたびキラキラ輝くゴールドのサラサラの髪を1つに束ねており、肌はよく手入れされて傷どころかシミ1つすら無く、蒼い目は宝石のよう。鼻筋も通っていて、もう美形としか言えないような見目麗しい容姿をしていらっしゃいます。
で、乙女というのは、
「どうなさったんですか?今日は確か、王宮で行われる夜会の警備をなさるのでは?」
「はい。ただ、その前にどうしてもシェエリ様にお会いしたくて。」
「まあ……今日は何を持っていらしたんですか?」
「これです。」
「あら、お菓子?」
レオ様の手には見たことないカラフルな焼き菓子のような物が。甘い香りがします。
私の興味が完全にお菓子にあるのを確認したのでしょうか、レオ様が私のことを見て微笑んでいらっしゃいます。今までもレオ様が持っていらした物を私が興味津々に見ていると、レオ様は『それはよかった』とでも言うように私のことを微笑んで眺めていらっしゃいます。もう何年もその視線を浴びてるはずなのに、今でも視線を感じるとまだドキドキしてしまいますわ。
「これ、マカロンって言うんですって。昨日から城に滞在なさっている隣国の王女様が持っていらっしゃって、その警護をしていた同僚が貰ったそうです。ただ、その同僚は甘いもの苦手で……それで僕に。」
「そうだったんですね。レオ様の甘い物好きはお仲間の間でも有名なんですね。あ、もしかして、私にもくださるおつもりで?」
「もちろんです。シェエリ様と一緒の方がおいしいですもん。」
「ありがとうございます。あ、お父様が東方の国から取り寄せた紅茶があるんですけど、もしよかったらいかがですか?」
「是非いただきます!いいですね、紅茶。先日いただいたものも大変おいしかったですし。あれ、自分でも買ってしまいました。」
「まあ、言ってくだされば差し上げたのに。」
「いえ、ちょうど王都にハンカチを買いに行った際に偶然見かけてなので。あ、そうだ。その時に新しいお菓子屋さんを見つけたんです。今度よかったら一緒に行きませんか?」
「いいですね。是非行きましょう。それよりハンカチって……またやられたんですか?」
「はい!今回は城の中庭に咲いてた花にしてみたんです。今度来るときに持ってきますね。」
「本当に……レオ様は刺繍がお好きですね。」
「そうですね、楽しいので。」
もう、分かっていただけたでしょうか?レオ様は甘いものが大好きで刺繍まで行われる、まさに乙女のような方なのですわ。
「そういえば、今日の夜会にはロベルト様もいらっしゃるのですよね?」
「……なぜ、それを?」
「昨日、ノーラのお家でお茶会がありましたの。そのときに皆様お話しになっていたので。」
「ノーランド様の……」
「皆様ロベルト様を一目見ることを楽しみにしていらっしゃって。ほら、ロベルト様は隣国への留学からお戻りになられたばかりで、帰国後に夜会に出られるのはじめていらっしゃるでしょ。なにより、」
「微笑みのプリンス?」
「そうですわ。留学の前からあんなに素敵だったんですから、成長してもっとその名の通りになられたんじゃないかって。」
「シェエリ様もそう思われてたんですか?」
「ええ、それはもちろん。だから夜会に出席できる皆様が羨ましくて。」
「……申し訳ございません。僕が今日の夜会の警備に選ばれてしまったために……」
「いえ、そんなっ!大切なお勤めですもの。」
婚約者であるレオ様が近衛騎士としてのお勤めがある時は私も夜会に出ることはありません。夜会のルールとかで禁止されてる訳ではありませんし、出席されているご令嬢だっていらっしゃいます。ただ、私は……レオ様がいらっしゃらないと不安になってしまうのです。伯爵家の娘として以前は夜会にお父様と出席していましたわ。その頃は伯爵家の娘としての責務を果たすことだけを考えておりました。なので1人でも特に何も感じなかったのですが……レオ様と出席するようになってからは駄目ですわ。レオ様と、ということが1番になってしまったんですもの。一緒に踊っている時の私を見る優しい目、私を婚約者だと紹介なさるときの満足そうなお顔、それに他のご令嬢のドレスを見ている時のキラキラした楽しそうなご様子(これだけちょっと違うかしら)。そんなレオ様を見るのが私の夜会での楽しみになっていたのですから。それがない夜会に……となると、急に寂しさや虚無感にさいなまれるのです。
「シェエリ様は本当にお優しいですね。」
「いえ、私はそんな……レオ様の方が何倍もお優しいです。今日も私にお菓子を分ける為だけに我が家にいらしてくださったじゃないですか。」
「……」
「レオ様?」
「あ、すみません、一瞬ボーっとしてしまって。さあ、お茶にしましょうか。」
「はい。」
……偶にですけど、レオ様の様子がこのように少しおかしくなることがあります。でも、きっと私が聞いても教えてくださりません。レオ様は私が不安に思わないようにするでしょう。それがレオ様の優しさだとは重々分かってはいるのですが……自信を無くしてしまいます。私を本当に婚約者としてレオ様は思ってくださっているのでしょうか。もしかしたら、妹のように思っているのではないでしょうか。政略結婚になるのですから仕方がないと思います。でも私は、レオ様のことを……なんて考えてもどうにもなりませんわね。今は、レオ様とのお茶会を楽しみましょう。
その後、レオ様がお持ちになったお菓子をいただきながら王都で流行しているアクセサリーの話をいたしました。レオ様はこういう話題にもお詳しいからついついノーラ達とおしゃべりしているような感覚になってしまいます。
時間はあっという間に過ぎ、レオ様は王宮へお戻りになりました。私は部屋に戻って刺繍でもしましょうかね。レオ様に負けないぐらいには出来るようにならないと。でも……ふと思うのですが、レオ様は近衛騎士としてのお勤めをきちんと果たされているのでしょうか。だって、乙女なんですよ?剣をふるって誰かを傷つけるなんて……出来るとは思えないんです。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「レオ、今日も荒れてんな……」
「ですね。」
「どうせまたシェエリスノ嬢関連だろ。」
「でしょうね。レオさんがこうなるのってシェエリスノさんが関わってる時しかありませんよ。」
「……」
「どうせ、今日仕事になって、夜会一緒に出れないからとかじゃねぇの?」
「あー、それっぽいですね。ほら、レオさんっていつも見せつけるようにイチャイチャしてるじゃないですか。」
「あー、ほんとそれ。あんな堂々と俺たちに見せつけてさ。こっちの気持ちも考えろよ。」
「……」
「てかさっきから黙ってるけど、大丈夫か?」
「……うるせぇよ。」
「あ、大丈夫だったわ。」
「いつものレオさんですね。」
「ヴィードもマバルも黙れ。」
今は近衛騎士が警備の前に行う打ち合わせのはずだ。だが……なぜこうなった。
「俺は打ち合わせをしに来たんだが。」
「よく言うな、そんなイラついた状況で。それに打ち合わせならお前がシェエリスノ嬢のところへ行ってる間に終わったぞ。」
「なっ……それを早く言え!」
「言ったらお前すぐにどっか行くだろ?そんな状況で出て行かれたら近衛騎士団の評判が悪くなる。団長の俺の顔を立てるためだと思ってくれ。」
「ヴィードが上から何言われようが俺には関係ない。」
「お前はっ……本当にシェエリスノ嬢以外には厳しいよな。」
そりゃ、他の奴に優しくする必要なんてないからな。彼女以外からどんなに冷たい奴だと思われても構わないし、彼女以外になら嫌われたって痛くも痒くもない。
「で、実際には何があったんだ?」
「別に……」
「レオさん、まさか……何やらかしたんですか!?シェエリスノさんに嫌われるなんて余程のことを……」
「は?」
嫌われることなんてするはずないだろうが。何言ってんだよ。
「マバル、どっちがいい?」
「何がですか?」
「ん?暫く立てないのがいいか、一生歩けないのがいいか。」
「そんなっ、物騒な!」
「おい、流石にやめろよ。そんなことしたらお前も処分されるぞ!」
「ヴィードは黙ってろ。俺はマバルに聞いてんだ。」
「すみません、すみません!変なことを言いました!許してください!」
「……ちっ。」
仕方ない、俺が処分されたら彼女が悲しむ。まあ、マバルじゃなかったら確実にやってたな。
マバルとヴィードは俺が近衛騎士団の中でも信頼している奴らだ。ヴィードは一応団長で、マバルは俺の隊の副隊長。ちなみに、俺が彼女のことを話すのもこの2人にだけである。他の奴になんで言わないかって?そんなの……シェエリの魅力が伝わって惚れられたら困るからに決まってるだろ。あと興味を持たれるのも困る。赤茶色の髪は程よく波打っていて、肌は透き通るように白く、目はクリクリとしていて、唇なんて柔らかくて気を緩めているとすぐに触れてしまいたくなる。彼女は俺のことをよく見目麗しいとか言うが、絶対に彼女の方が何倍も麗しい。そんな可愛らし過ぎるシェエリだぞ。興味を持って会いに行かれたりでもしたらそいつは一目惚れするに決まってる。だから、それぞれ奥さんや婚約者に尻に敷かれていて、絶対にシェエリに惚れることの出来ない2人にしか話さない。
「そうカリカリすんな。あれだろ、どうせシェエリスノ嬢がロベルト様のことでも褒めたんだろ。」
「なっ……なんでそれを。」
「最近の若い子の話題と言えばそればかりだ。うちの妹も会いたいとか言ってたしな。」
「あー、うちの姉もですよ。紹介しろってうるさくて。そんなの一近衛騎士の俺に出来る訳ないじゃないですか。」
「そうだよな。ロベルト様を紹介出来る騎士なんて俺は1人しか知らない。」
「そっか、レオさんに頼めばいいんですね!」
「嫌だぞ。何の利があってロベルトなんか紹介しなきゃいけないんだ。」
「おい、一応王太子だ。そんな風に言うもんじゃない。」
「ヴィードさん、一応は余計なのでは……」
ロベルトはこの国の王太子であり、俺の懐かしき学生時代の悪友である。当時、近衛騎士に成り立てのヴィードをこき使って困らせた男でもある。その頃は俺も一緒になってヴィードを困らせて……年上で上司でもあるヴィードに対しての態度はその頃の名残なのだけども。とにかく、微笑みのプリンスだと?ロベルトに限ってそんな訳はないだろ。皆騙されてるんだ。別に俺に関係ないと思ってたからいい。ただシェエリまでそう思っているなら別だ。俺の方が何倍だって優しく微笑むことが出来る自信がある。
「俺の話なんかして、レオは俺のこと好きだねー。」
「はあ?……なんでここにいらっしゃるんですか、ロベルト様?」
「そんなわざとらしく敬語なんか使うなよー。俺とお前の仲だろ?あ、質問の答えはレオの声が聞こえたから。」
「そんなこと言って……どうせ探し回ってたんだろ、俺のこと。」
「えーなんで探さなきゃいけないんだよ?」
「お前はそういう奴だからだよ。俺が荒れてるとでも聞いたんだろ?お前、そんな奴をからかうのが趣味じゃねぇか。」
「……バレてたか。しかも、今聞いてたら俺が原因らしいじゃーん。」
くっそ、聞かれてたのかよ。1番聞かれたくなかったのに。
「愛しのシェエリちゃんが俺を褒めたらおもしろくないよなー。」
「おい、馴れ馴れしく呼ぶな。シェエリのことをそうやって呼べるのは俺だけだ。」
「はいはい。シェエリスノちゃん、ね?」
「お前はそれも駄目だ。ちゃんとシェエリスノ様と呼べ。」
「えーっ……俺、仮にも王族なんだけど?」
「仮にもだろ。こんな奴がシェエリに会うことになったりしたら……いや、その方がいいのか。そしたらシェエリもきっと失望して……」
「俺、上手く取り繕う自信あるよ?」
「じゃあ絶対駄目だ。」
こいつに会わせてもし、万が一シェエリがときめいたりしたら。顔はいいし、王太子としていろんな教育を受けていたから取り繕っているときはまあまあいい男だ。もし、シェエリが俺よりもロベルトの方がいいと言ってきたら……俺はもう生きる意味が無い。
「何考えてるか分からんがしっかりしろ、レオ。ロベルト様も、そろそろ夜会の準備をなさった方がよろしいのでは?」
「えー、これから面白くなりそうだったのに。ヴィードに言われたら逆らえないや。じゃあ、今日は警備任せたよ。マバルくんもね。」
「は、はい!」
あいつ、終始余裕だったな……それよりシェエリだ。もし……まあ、考えても無駄か。シェエリがロベルトに会う予定はまだないんだから。なんて考えてたのにな……
「……」
「……」
「えっと……レオ、大丈夫か?」
「うふふ、シェエリったら愛しのレオノース様に会えて嬉しくて固まってしまったのね。」
目の前には今日の夜会に出席すると聞いていたノーランド様と、出席するなんて一言も言ってなかったしそんなつもりもなかったであろうシェエリ。うん、そうシェエリ。俺の愛しいシェエリ。1日に2回もシェエリに会えてこんなにも嬉しいのに……俺の右手には剣、左手には侵入してきた賊(胸ぐらを掴んでいる)、直前に発した言葉は「息の根止めてやろうか?」、そしてシェエリは口をあけて驚いて動かない。つまり……怖がらせてしまったようだ。絶体絶命。嫌われた。ってか、
「なんでここに……」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「息の根止めてやろうか?」
場所は王宮の広間。目の前には警備にあたられているレオ様。どうやら私に気づかれたようです。
「……」
「……」
「えっと……レオ、大丈夫か?」
「うふふ、シェエリったら愛しのレオノース様に会えて嬉しくて固まってしまったのね。」
ノーラ、絶対違うって分かっているでしょ。
「なんでここに……」
ですよね、そうなりますよね。私だってびっくりしています。
時は遡り、レオ様が帰られてすぐのことでした。
「シェエリ!一緒に夜会行くわよ!」
「え……」
そうです、突然でした。夜会の為にきっちりと身支度を整えたノーラが私の家を訪ねてきたのです。
「ノーラ、急に何を言ってるの?私何の準備もしてないし、それに欠席するとお返事を……」
「問題無くってよ。シェエリなら今からでも間に合うわ。欠席の連絡だってあってないようなものよ。マバル様に伝えて今からでも出席出来るようにしてもらえばいいもの。」
「マバルリド様にご迷惑が……」
「いいのよ、マバル様ならすぐに何とかしてくださいますわ。」
それはノーラが尻に敷いているからじゃ……なんてお口がすぎるかしら。
「それに、見てみたくないの?」
「ロベルト様ですか?確かに一度はお会いしてみたいですが……」
「そっちじゃないわよ、レオノース様よ!シェエリが居ない時、どんな風でいらっしゃるのかとか。」
「……ちょうど、考えておりましたの。あんな可愛らしいお考えをなさるレオ様が警備のお勤めなんてお出来になるのかしらって。」
「……シェエリはそう思っているのだものね。うん、じゃあ決まりじゃない!レオノース様の様子を見に行きましょう?私もマバル様がお仕事だから1人で寂しいの。ね、いいでしょ?」
もうその時の私は周りの迷惑がどうとかなんかよりも、レオ様が見てみたいという気持ちの方が大きくなっておりました。そうね、ノーラがずっと傍に居てくれるなら虚無感も起きないわよね。
「急いで準備いたしますわ。」
「さすがシェエリ。そうこなくっちゃ!」
急に私が現れたらきっとレオ様驚かれますわよね。何だか楽しみになってきました。
なんて、考えておりました。でも実際は、私の方が驚かされることとなりました。
ノーラと王宮の広間に入ろうとした時でした。私達の横を通り過ぎ、急いで広間に入られた方がおりました。そんなに急ぐことがあるのかと疑問に思っておりましたが、その答えはすぐに知ることとなりましたの。なんとその方、王宮に忍び込んで騒ぎを起こそうとしてたのですって。侵入に気づいた警備の方が追いかけて来ていた為、怪しまれたとしても急がなければいけなかったと。まあ、全部後になってレオ様からお聞きしたのですが。結局、扉が開いたところで待ち伏せしてたレオ様達に捕えられたのです。で、私達に気づいたと……
「今日は来られなかったはずでは?」
「そのつもりだったのですが……ノーラに誘われて。」
「ごめんなさいね、レオノース様。ただ……私もマバル様がいらっしゃらなくて寂しかったのです。だからその寂しさをシェエリと共に癒そうと思って……」
「……でも、シェエリ様は欠席するとご連絡でしたよね?」
「それはマバルリド様が……」
「マバルが……なるほど、確かにノーランド様からの頼みなら彼は断れないでしょう。僕に報告がされてないことは容認できませんが。」
……私の気のせいでしょうか?先ほどから、レオ様が私のこと見てくださってない気がしますわ。そのつもりはなかったけれど、私がレオ様に嘘をついてしまったから?嘘をつくような私のことを嫌いになってしまったのかしら。レオ様に嫌われたりしたら私……
「えっ……シェエリ様!?どうなさったんですか?」
「え?」
「そんな涙を流して……どこか体の調子が優れないんですか?それとも……まさか、賊に何かされたんですか?」
「いえ、そんなことは……」
私、泣いてしまっていたのですね。それより、またレオ様に心配をかけてしまいましたわ。今すぐ泣き止みたいのに、涙が止まってくれません。
「……すみません。今すぐにでも貴女のことを引き寄せて抱きしめたいのに…今の僕には出来ない。」
ああ、やっぱり。レオ様は私の事嫌いになってしまわれたのね。
「私……もうダメです。レオ様に嫌われてしまったらもうどうしたらいいのか分かりませんわ。」
「えっと……え?」
「私は、たとえレオ様が私を女性として愛してくださらなくても、妹としてでもお側に居られればよいのです。だから……嫌いにならないでください。」
愛して欲しい、なんて高望みはしませんわ。ただ、お側で一緒に時を過ごせたらいいのです。
「え、え、ちょっと待ってください。僕がシェエリ様のことを嫌いになるはずなんてありません!むしろ……僕のことを嫌いになられたのでは?」
「え……?それこそ有り得ません。」
「だって、見られましたよね?僕が賊を捕まえてるところ。」
「はい。」
「……嫌いになられないのですか?」
「そんな、侵入してきた方を捕まえるのはレオ様のお仕事でしょ?自分の務めをきちんと果たされてたのですもの。多少怖かったですが、嫌いになるなんてことはございません。それよりレオ様こそ、嘘をついてここに来た私が嫌いになられたのでは……?」
「僕がシェエリ様を嫌いになるなんて有り得ません。むしろ、報告が無かったとはいえ、シェエリ様がいらっしゃることを把握出来なかった自分のことを悔やんでいるぐらいです。」
「なら、抱きしめてくださらなかったのは?」
「それは、シェエリ様が僕のことを嫌いになられたと思ったからです。そうではないと分かった今、遠慮なく抱きしめさせていただきます。」
宣言するかのように言い放たれた言葉通りに、私の体はレオ様の体にすっぽりと包み込まれました。気づくと私の涙もすっかり枯れていましたわ。
「レオ様……先程は確かに怖かったのですけど、それよりも……格好よかったです。」
「惚れ直してくれた?……なんてね。」
「……はい、今まで以上に好きになってしまいましたわ。」
「っ……」
「あ、でも、レオ様は無理に私の事愛そうとか思わないでくださいね。本当に私はお側に居られればいいので。まあ、いつか愛してくださると嬉しいのですけど……」
「……シェエリ。」
「はい?」
あれ、今シェエリって呼ばれました?
「伝わってないなと思うことは今までもあったけど、ここまで伝わってないとは……」
「えっと……」
「これからはもっと言葉にして伝えないといけないって分かったよ。」
「何を、でしょうか?」
「……愛してるってこと。」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「全く、周りの視線を集めてることにも気づいてないのな。」
「レオさん、シェエリスノさんのことになると本当に周りが見えなくなりますもんね。」
「シェエリもシェエリよ。まあ、今日の目的は達成出来たからいいのだけども。」
「目的?」
「ええ。レオノース様の仕事の様子を見ることがシェエリが来た目的だったの。」
「……ノーラがシェエリスノさんを連れ出すための口実じゃ……?」
「マバル様、何か仰られた?」
「いや、何でもないよ。」
「(マバル、ほんとに尻に引かれてんな……)」
「それより、レオが僕って言ってるのはやっぱ違和感しかないな。」
「ほんと、怖がらせたくない為とは言え、普段と違い過ぎてびっくりしますよね。」
「レオノース様がシェエリの前であんな風になさってるから、シェエリが本当に近衛騎士としてのお勤めが出来ているのか不安になってしまったのよ。」
「あとあれ。シェエリスノ嬢と話が合うように始めた裁縫にハマったとかもう笑うしかないよな。」
「あと生粋の甘党なとこですよね。昔お兄さんに大量の香辛料が使われた料理食べさせられて以来、辛いものがトラウマとか……似合いませんよね。」
「あら、シェエリがレオノース様のことを乙女だと言ってたのはそういうところからだったのね……」