其ノ一:開かれる宿命(6)
でも、現実はそれが許されるほど甘くはない。
「燕もあまり無理してなきゃいいけど。」
華は再び、燕に視線を戻して呟く。
それをどう聞こえたのか、今度は翔の方から尋ねてきた。
「華様は、ご無理をなさってませんか?」
「うん。二人が一緒だから私は大丈夫。」
そう答えた華の視線は、まだ燕に向けられていた。
いつも明るく、物事をハキハキと言う燕ではあるが、今はその隅々に何かを振り払うかのような強がりが見える。
「燕だって保さんのこと、実の父様のように慕っていたもの。」
燕の親も十七年前に命を落としていた。
四歳にして身寄りを無くした燕にとって、保はどれ程大きな存在だったのだろう。
それは本人にしかわからないが、燕は決して華の前で涙など見せなかった。
だからこそ余計に、元気に振る舞う燕が痛々しい。
翔にも同じことが言えるのだが、彼に至っては父の死を悲しむということよりも、華に対してより一層、過保護になることの方が心配される。
ただでさえ、華が冗談でも「死ね」と言おうものなら、目の前で自害するのをためらいもしなさそうな男なのに、今となっては、それさえも名誉なことだと笑顔まで浮かべそうだ。
「しっかりしなきゃ。」
華は華なりに落ち込んでいたのだが、覚悟をしていた甲斐あってか、目の前の二人にどうしたものかと、大きなため息を吐く位の余裕はあった。
いや、むしろ出来た。
自分の存在が小さな物ではないことくらい、もうとっくに理解している。
「はぁ。」
海を見つめながら深くため息を吐く華に、翔が辛そうに目を細める。
出来ることなら抱き締めたい。それが許される立場でないことは、幼い頃より自分に何度となく言い聞かせてきた。
けれど、華はそんなこと知らない。
知るはずもない。
「翔っ行こっ。」
すくっと立ち上がった華は笑って翔の手を引く。
翔は一瞬戸惑ったが、示す先に両手で大きな円を描く燕の姿を確認すると、優しく頷くことでそれに答えてくれた。
「翔ー。華様ー。」
大声で手招きする燕へと華は翔の手を引っ張って走っていく。
「燕ー。」
翔が背後からついてくるのがわかると、華はその手を放して燕の元へと駆け寄った。
「華様。わたしに感謝なさい。」
どうだと言わんばかりに燕が海に浮かぶ、いっそうの船に手を向けた。
「これでこの島とはサヨナラよ!」
砂の船に比べれば格段に良い旅になるであろう漁船は、木で出来ていて三人乗るのがやっとの小さな船だ。
それでも何も案が浮かばないまま、時間を浪費していただけの華にとっては嬉しいことこの上ない。
「すごいわ。燕!」
抱きついた華の頭を燕も嬉しそうに笑って撫でた。
「ほっ本当に返してもらえるんじゃろうな。」
心配そうに船と抱き合う二人を見つめながら漁師はオロオロと視線をさ迷わせる。誰かに助けを求めたかったようだが、あいにく、ここには華の味方しか存在しない。
「華様に、お力添えをしていただき感謝いたします。」
翔が深々と頭を下げたせいでそれ以上、漁師は何も言えず、どんどんと遠ざかっていく愛船を見つめたまま立ち尽くしていた。