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操花の花嫁  作者: 皐月うしこ
一巻:預言の姫
7/10

其ノ一:開かれる宿命(4)

ガタガタと痙攣を起こしていた保の体が、突然シンっと鳴り止む。



「た…っ…もつ?」



翔と燕が見守る中で、華は息とも言えるほどの細い声で老体の名前を呼んだ。

保が消えかかっているのを感じるせいで、それ以上の言葉が出てこない。



「華さ…ま───」



その声は、もうほとんど"風"に近かった。



「───っ…燕…かけ…る」



最後の方は声がかすれて、何を言っているのかはほとんど聞き取れなかった。



「保さま、保さまっ?!」



燕の声がやたらと耳に響く。



「保さまぁぁぁあ」



沸いた感情は言葉にできない。

力を失った保の手を強く握りながら、華はしばらく呆然としていた。

誰かに嘘だと言ってもらいたい。

けれど、最後に吐かれた静かな息を聞いた以上、もうどうしようもないことだと理解していた。



「保。」



ギュッと苦しい息を飲み込むと、華はふわりと柔らかな笑みを浮かべて、保の手を綺麗に重ね合わせる。



「ありがとうございました。」



それ以上は言葉にならなくて、下げた頭からポタポタと雫がこぼれ落ちていった。



「ッみんなを呼んでこなくちゃ。」


「華様、自分が呼んで参ります。」


「いいからッ!」



立ち上がろうとした翔に対して、ついつい語気を荒くしてしまったが、そんなことを気にしている余裕がないほど、気づけば華は部屋を飛び出していた。

唇が震える。

視界がぼやけて、どこへ向かっているのかもわからない。

胸が苦しくて、苦しくて。



「華様、お待ち下さいッ!」



追いかけてきた翔に腕を引かれて抱き締められたときには、もうどうにもならないくらいに泣き叫んでいた。

生まれたての赤子のようなその泣き声は、翔の胸に吸い込まれるようにして消えていく。



「華様、自分がおります。」



抱き締めてくれる翔の声がとても優しかった。



「ずっと、ずっと、傍におります。」


「翔。」



彼の名前が、きちんと言葉になっていたかわからない。

それでも何も言わず、ただ胸を貸してくれる翔の優しさに華は今だけ甘えるように目を閉じる。

春の到来を告げる風の強い日。

春の新緑に芽吹く木々の合間を縫うように、保はその生涯を終えた。


───────────

─────────

───────


今日も空は青く、まるで雲に溶け込むように遠くで(ワシ)が飛んでいる。

保の葬儀を済ませた華は、十七年前に一緒に海を渡ってきた同士たちに急かされるようにして旅支度を整えていた。



「保さま。華様と翔のことは、私にまかせて安心して眠って下さいね。」



軽装に身を包んだ燕が、にっこりと笑って墓前の保へとはにかんだ。



「父上。」



翔は唯一、保の実の息子だったが、幼い頃より華のために生きることを教え込まれ、草薙家を守るために命をつくせと厳しかった保に対しては、父というより師への思いに近いらしい。翔が保のことを"父"と呼ぶのは、きっとこれが最後だろう。

無言で頭を下げる彼の後ろ姿を見ながら、華は黙ってその思いを巡らせていた。



「さぁ、日が暮れる前に行くわよ。」



燕の声にハッと意識を戻せば、翔までもが心配そうに華を見つめている。

その心配に応えるように、華は二人へと笑顔を見せたあと、最後にもう一度保へと身体をむけた。

気をとりなおして、大きく深呼吸。



「いって参ります。」



そして先に歩き出した二人のあとを追うように、華は長年住み慣れた場所に背を向けて歩き出した。

陽気な春の空の下。

さわさわと若々しい緑の匂いが心地いい。



「ねぇ、燕。」



音もなく木の枝から枝へと飛び移りながら、華は視界の端にうつる燕へと疑問を投げかけた。



「私たちどこに向かってるの?」



三つの影が仲良く並んで新緑の中を走り抜けていくが、地面を走るより木を渡るのは、あらゆる敵襲に対応出来るようにするため。

だけど今、どうしても知っておきたい。

あてもなく移動すると体力の消耗が激しい。だからか、小声で行き先を尋ねる華に嫌な顔ひとつせず燕は教えてくれた。



「わたしたちの故郷よ。」


「草薙一族の故郷?」


「深緑の大樹(シンリョクノタイジュ)です。」


「え?」



燕の代わりに答えてくれた翔の言葉に、思わず華は立ち止まる。

深緑の大樹。そこはかつて、草薙一族が拠点として栄えた場所

確かにそう聞いているが、それはもう今から十七年も昔の話。



「あ。ごめんなさい。」



先をいく翔と燕を追いかけるように、慌てて華は木の枝をけった。

動き出した華が追い付いたのを確認して、燕は再度口を開く。



「そう、今は風見一族(カザミイチゾク)の支配下にある場所よ。」



言葉につまった華の表情をどう判断したのかはわからないが、燕は小声でも聞こえる位置で飛びながら華にその心境を話してくれた。

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