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操花の花嫁  作者: 皐月うしこ
一巻:預言の姫
6/10

其ノ一:開かれる宿命(3)

華は(フスマ)の前でじっとしていた。

呼ばれたから来てみたものの、(タモツ)の前でどのような顔を見せればいいのかわからない。障子一枚隔てた先に横たわる老体は、もうずっと前からかつての栄光の面影を無くしていた。



「お入りなさい。」



優しい声に誘われて、華は目の前の襖に手をかける。



「失礼致します。」



おずおずと襖を開けると、血の気が引いた顔に、いつもと変わらない笑みを張り付けた保の姿があった。

思わずギュッと気が引き締まる。



「華様。」



もはや体を起こすこともままならない保へと、華は近づいて腰をおろす。それを穏やかに眺めていた保は、頭だけを華へと傾けた。



「お別れの時が参りました。」



かすれた保の声が華の耳を通り抜けていく。何と声をかければ良いのか。このような時にこそ、必要な言葉が見つからない。

フッと、ため息にも似た笑い声が聞こえてきたのは、その時だった。



「何という顔をなさっているのです。」



保が華の方へ力なく手を伸ばしながら、(サト)すように告げる。



「草薙の姫君ともあろうお方が、そのような顔をしてはなりません。」



華は両手で、伸ばされた保の手を握りしめた。

しわがれた手

病に戦いを挑んで以来、年々と衰えてきたその手は、ついに骨と皮にまでたどり着いている。

言葉は出てこなかった。



「あとのことは、翔と燕に託してあります。わたしが死ねば、最後となる結界は消え、華様の存在を全てに知られてしまうでしょう。」



時折、苦しそうに声をつまらせながら保は続ける。



「華様は預言の姫であり、操花(ソウカ)の血を引く者です。」



もう何度も耳にした保の決まり文句に、華は困った顔をしてみせた。


操花の血

預言の姫

一族の長


どれも何一つ実感はわかない。

特別な何かが自分にあるとは思えないと、華はいつものように小さく息をこぼす。しかし今日は珍しく、保の持論はそれで終わりではなかった。



「ですがその前に、一人の女であるということを忘れないでいただきたいのです。(カナメ)様も"この実"様も望まれていたのは、華様が預言の姫として生きていかれることではありません。華様に、普通の女として幸せになっていただきたい。これは一族すべての願いです。」



予想だにしなかった保の言葉に、彼の手を握る華の両手にわずかな力がこもった。

顔も知らない両親。

親が生きていた頃の話をされても、華にとって親も同然なのは今、目の前にいる保。

病にふした恩人、その人しかいない。



「生まれたての私を抱え、保がこの地まで私を運んでくれたのですよね。」


「はい。要さまとの約束でございました。」


「ありがとう。けれど、私にとっては保が親も同然よ。保がいなければ私は────」


「華様。」



言葉を遮るように名前を呼ぶ保に、華はピタリと息をのむ。

いけない、涙を見せてはいけない。

この十七年の歳月を思い返せば現実との差に胸が押し潰されそうになる。



「わたしたちは、今日までずっと華様を守ってきたのです。」



どうか時を戻してください。



「すべては一族の願いのため。」



どうか奪わないでください。



「預言から守るためにございます。」



父よりも厳しく、母よりも優しく、いつも温かく見守ってくれた唯一の育ての親をどうか、どうか救ってください。



「家来として草薙家に(ツカ)えるのが、わが鷲尾家のつとめ。」



安心させるように気遣ってか、保は華にいつもと同じような笑顔をむけて「それでも」と付け足した。



「それでもわたしは、実の娘のように華様を育ててきたつもりです。」



それは華が初めて立った時、言葉を話した時、術式が上手くいった時と同じ、温かく優しい笑顔だった。

言葉のかわりに一滴の涙が華の頬をつたって保の指を濡らす。



「ええ。」



華は慌てて涙をぬぐうと、何でもないような表情を取り繕って保へと顔を戻した。



「華様、これを。」



華に差し出されたひとつの木の実。



操花(ソウカ)の種でございます。」


「操花の種?」


「どうか大切にお持ち下さい。わたしの代わりに華様を守って下さいます。」


「保の代わりに?」



口にするつもりなどなかったのに、思わずついて出た華の不安を保は小さく頷くことで肯定する。



「保っ!?」



種を受け取ると同時に、強く咳き込み始めた保に驚いて華はその名前を呼んだ。



「「華様?!」」



華の悲鳴に、燕と翔がものの数秒で部屋に押し入ってくる。

二人を見た瞬間、なぜか一気に涙腺が緩んできた。

どうすれば気丈でいられるのだろう。

視界は不安定にゆらぎ、意識を混濁させる保の腕をつかむ手が震える。



「保、イヤよ。」



華は祈るように熱く焼けそうな嗚咽を飲み込んだ。

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