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操花の花嫁  作者: 皐月うしこ
一巻:預言の姫
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其ノ一:開かれる宿命(1)

一巻 預言の姫

《其ノ一 開かれる宿命》


長い長い冬が明け、新緑の若葉が芽吹く頃。華は十七度目の春を迎えた。

艶のある漆黒の長い髪が少し視界を遮るが、まっすぐと見据える先には、樹齢何百年の木々とそれを守る深い山々に囲まれた自然が広がっている。



「んー。」



眼下に馴染む若い緑の世界は、白く染まった世界を溶かすように雪解け水の流れる音がかすかに聞こえていた。色とりどりの緑が混ざるのどかな森。晴れ渡る青空。薄い雲が幾筋も描かれ、まるで鳥になったように全身に風を感じられる場所。ここは小さな頃からの華のお気に入りの場所。



「はぁ。」



かつて草薙一族が栄華を誇った本土を離れ、海に囲まれた小さな島国で華はわずかに生き残った一族に囲まれて暮らしていた。寂しくはなかったが、たまに息がつまりそうになったときは人知れずこの場所に足を運ぶ癖が身についている。



「今日も元気ね。」



ホッと不安げに息をもらした華の真横を大きな風が駆け抜けていく。その風の行方を追ってみると、空高くに(ワシ)が飛んでいるのが目に入って華はクスリとその瞳を和らげた。

鳥のように羽ばたければ、どれほど世界は自由だろう。



「寒っ。」



まだ春と呼ぶには早いからか、少し空気が冷たい。ホホを撫でる肌寒さに思わず体を抱きしめれば、パサッと軽い音と共に柔らかな布が心地よい重さと温もりを肩に与えてくれた。



「華様。風邪を召されますよ。」


(カケル)。」



優しくかけられた声に振り返れば、どちらが風邪をひくかわからないと、口を開きたくなるほど薄着な青年が心配そうにたたずんでいる。柔らかな物腰をしているが、ピシリとした雰囲気をまとっているのはいつものこと。

その幼いころから慣れ親しんだ側近の姿に華はホッと肩の力を抜いた。



(タモツ)さんの容態は?」



振り返った姿勢のまま華は翔に尋ねたが、翔はその黒い瞳で、華の目をじっと覗き込んでいるだけだった。その表情にいい予感はしない。困ったように息を吐くと、やはり翔は静かに首を横にふった。



「そう。」



予想していた通りの反応に華の声は少し曇る。少しは違った答えが返ってくるかもしれないと、わずかに希望を込めていた瞳がそっと、翔から足元の緑へと世界を写し変えた。

願いはそう易々と叶いはしない。

目の前にサラサラと流れる黒髪を耳にかけながら、華は見るからに落ち込んだため息を吐き出した。



「こら、(カケル)。華様に落ち込んだ顔させてんじゃないわよ。」



いつの間にそこにいたのか、華の背後から少し呆れたような少女の声が現れる。



「翔は、ほんと油断も隙もないやつなんだから。」



少し高めの弾んだ声のまま、そう年の変わらない少女が近づいてくるのを華も翔も黙って見つめていた。いや、翔に関してはスッと細くなった瞳の鋭利さで安易に彼女が邪魔であることを示している。



「ねっ、華様?」


「えっ?」



翔の牽制を無視したまま笑顔で声をかけてきた少女に、華は間抜けな声をあげた。

言っている意味がよくわからない。

油断も何も、翔は他の誰よりも心許せる安全な人物のはず。物心つく前からずっと隣にいて、嬉しいときも悲しいときも常に一緒だった。


鷲尾(ワシオ) (カケル)


黒い髪と漆黒の瞳。すらりと均整のとれた線の細い体格に、物腰低く柔らかな声。いつも優しい翔は、幼い頃から共に育ってきた家族のように近い存在。



(ツバメ)。華様に変なことを言わないでください。」



不思議そうに首をかしげていた華を援護するように、翔はもう一人の少女をとがめた。



「本当のことでしょうが。」



彼女は、土井 燕。

黒い髪をお団子にまとめ、男勝りな性格と姉御肌な気質で、どこにいてもよく目立ち、頼りにされる。彼女もまた、幼少期より共に育ってきた家族のような存在。

三人はいつも同じ。同じ場所で同じ時を生きるかけがえのない家族。



「翔と燕がいるから、私は油断も隙もし放題なんだよ。」



翔と燕に挟まれる形で華はニコリと微笑む。その様子をどう思ったのか、燕が困ったような顔を返してきた。



「華様、そんなに無防備だと野蛮な男に襲われますよ。」


「え?」


「華様、いちいち燕の言葉に耳を傾けなくても大丈夫です。」


「あら、そこで反論するってことは認めてるってことよね。華様、翔は────」



華の髪を軽く結い上げようと手を伸ばした燕の姿が視界から消え、なかった。



「──っぶないわね。本当、翔は華様以外には容赦ないんだから。」



いつの間にそこに生えたのか。

翔の足が"草のつる"に絡まって止まっていた。

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