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操花の花嫁  作者: 皐月うしこ
序巻:宿命の日
3/10

序章:宿命の日(3)

───────────

──────────

─────────

視界を染めるのは真っ白な粒子。

とてもじゃないが、目を開けて一秒足りたも立っていられないほどの砂塵の中で、その赤ん坊はすやすやと眠っていた。



「グァッ」


「ッヒィ」



足元に転がるのは亡者の群れ。

襲いくる荒くれ者は、次々に粘膜に突き刺さる砂の(トゲ)に悲鳴をあげ、口や目を押さえてそこら中で(ウメ)(モダ)えている。

それでも赤ん坊は起きなかった。

どんな夢を見ているのか、静かにじっと保の腕の中で眠っていた。



「必ずやお守りいたします。」



この砂嵐の中で可愛らしい寝息をたてていられるのは結界の賜物。

娘の未来を守るために命を()して戦いに身を投じた主たちの加護によって、その安寧は与えられている。



「クソッ」


「おいっ、姫を見つけろ」


「目が…ッ…ウァ」



誕生したばかりの赤子を奪おうと四方八方から迫り来る複数の束は、保と華の目の前で向きを変えて狼狽える。そしてザラザラとした砂の渦に飲み込まれながら次々に地面へと転がり、その身体はすぐにイバラの針で串刺しにされていった。



「保様、華様をッ?!」


「逃がさへんよ。」



鮮血が視界を染める白い粒の中に舞う。



「ッく。」



保が華を強く抱くようにして一歩後退した。誰もが苦しみ倒れていく砂の中で、平然と微笑んでいる男には心当たりがある。



「要さまは───」


「弟が相手にしとるんですわ。」


「───ッ」



よく見れば彼の全身を薄い風が包み込んでいる。どうやらそれが砂の効果を消しているらしいが、誰でも簡単に出来る技ではない。

大抵は砂の結界に息さえ出来ずに、肺に砂がたまっていく。



「平和は今日で終わるやろう。」



ゆっくりと喋る口調は西特有の風使いの証。穏やかに見えて簡単に切り裂く残酷で冷徹な疾風の使い手。



「保さま!」


「ッ?!」



キンっと金属音が震え、目の前の風使いが刀を抜いたのを横目に、保は華を隠すようにその場を走り抜けた。



「くっ。」



後方で鳴り響く金属のぶつかり合いに足を止めるわけにはいかない。

ここに来るまでにも何度も仲間を失った。

託されたのは唯一の希望。

腕の中で眠る赤ん坊を守ることが、倒れていった者たちの願い。


いつか笑顔で再び大樹の下に集う。



「殺させはしない。」



前も見えないはずの砂塵の中を保は迷うことなくひた走る。

砂が口に入ることを気にせず、息がきれようが、追手が見えない前方に苛立ちの声をあげながら迫ってこようが休むわけにはいかない。

目的地にたどり着かなければ全てが水の泡。

一分でも一秒でも早く、遠くに逃げなければならない。



「預言により殺せ!」


「早く見つけろ!」


「暗黒の時代を防げ!」



預言は正解を教えてはくれない。

解釈は人を変え、意識を変え、一族悲願の姫を殺そうと襲い来る者。



「殺さんと手に入れるんじゃ!」


「渡さない。」


「なんじゃと?!」



赤子を手に入れ、飼い慣らし、世界を統一しようと目論む者。


《草薙に姫が誕生し》


それぞれの思想、思考、感情、野望、願望が入り乱れ、敵も味方も区別なく争い溺れていく。


《世界は再び暗黒の渦に投ず》



「ッ?!」



預言の意味は何なのか。

その解釈が正しくされないまま、森は燃え、再生するように芽吹き、風は身を切り裂き、水は全てを洗い流そうとしていた。



「頂点に立つのはわしじゃ!」


「俺だ。」


「わたしにも権利はある。」



力あるものは力なきものをねじ伏せ、威厳を見せつけるかのように天変地異がそこかしこで起こっていく。

誰にも止められない。

怒声と悲鳴の阿鼻叫喚が至るところで沸き起こり、歓声と結束があちこちで繰り広げられる。


時代は預言の示す通り、底無し沼に吸い込まれるように、暗い暗い渦を巻いて地上を染めようとしていた。



「守って見せます。」



草薙の頭領が、その命を消しきる前に、その血を受け継ぐ預言の姫を安全な場所へ。



《共に忍びを束ねる者》



季節外れの嵐が後方で巻き起こる中、産まれたばかりの小さな赤子を抱きながら保は走り続ける。


幾姫の預言は絶対。

ゆえに、こうなることはわかっていた。

戦国時代の到来。

けれど、それは必ず終わりが来ると信じている。



《是をひとつに導かん》



幾姫の預言通りに誕生した姫の未来を案じながら、保は滅亡していく一族とひとつの時代の終わりを見つめていた。



「っ。」



腕の中で少しだけ動いた小さな命。

預言さえなければ暖かな陽だまりの中で幸せに笑っていただろう一族の姫に、里を愛する者たちの心は締め付けられるように痛む。



「いつかきっと。」



祈るように抱き締めてくれた保の腕の中で、華はすやすやと優しい夢を見ていた。


──────序章 《完》

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