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操花の花嫁  作者: 皐月うしこ
序巻:宿命の日
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序章:宿命の日

その日は、とても穏やかだった。


あたたかな木漏れ日は柔らかな日差しを地面へとうつし、鳥や動物たちは幸せそうに歌い、踊っている。

季節は春。

しかし夏の始まりを告げる準備を始める頃、唐突に世界は動き出した。



「…………。」


「少し落ち着きなさいませ。」



先程からそわそわと、落ち着きなく同じところを何度も往復している主に向かって咳払いがひとつ。

山の男らしい立派な体格だが、その体は無駄なく引き締まり、はた目には端正な顔立ちをしている。じっとしていればそれなりにモテるだろうに、なぜこの人はこうも落ち着きがないのだろうか。



「はぁ。」



あきれたように、わざとらしくため息をはいてみれば、それをどう受け取ったのか草薙家の当主はフンっと盛大に鼻を鳴らした。



「落ち着いておるわ。」



ドカッと、勢いよくあぐらをかく姿はまるで熊のようにいかつい。

大きな子供のようだと、立ったまま部屋の隅に控えていた鷲尾(ワシオ) (タモツ)は再びため息を吐いた。



「まだ陣痛が始まられたばかりだと言うのに────」



保は小言を告げる口を閉ざす。と同時に、先程まで陽気な晩春の気候を漂わせていた世界は突然ガタガタと、壁を突き破らんばかりの勢いで風を吹き付けてくる。

あぁ、本当になぜこうも里を統べる者たちは、落ち着きが足りないのだろう。



「────はぁ。」



雷鳴はゴロゴロとくぐもるようにノドを鳴らし、シトシトと降り始めた雨は地面に波紋を描いていく。

先程までの穏やかな昼下がりは一変、通りすがりの嵐がくるのか、ある場所を中心にとぐろを巻いて広がっていた。



「なぜこうも、落ち着きがないのかわかりかねます。」



理由がわからず保はあきれたように息を吐き出す。


周囲を森に囲まれた集落の中心。

巨大な古木を見上げるように立つ巨大な建造物は、その嵐の目とでもいうように周囲のうなり声を飲み込んでいく。



「春だと言うのに冷えるな。」



道場のように広く何もない空間の中央で、保の嫌みを聞き流したこの家の主はポツリとつぶやいた。



「さようでございますね。」



あきれた声のまま、保は視線を熊のような主から外へと向ける。

まだ昼だというのに、突然立ち込めた不可思議な天候のせいで厚く雲が垂れ込めていた。隠された太陽の恩恵は受けられず、先程から降る雨と風に初夏の気温は冬並みに下降していく。

じきに、室内に一本のろうそくの火がともされた。



「奴らもせっかちだな。」


「さようでございますね。」



雨が入らないように外の景色が見える戸を閉め、ひとつだけついた不自然な炎を誤魔化すように、部屋の中にある他のろうそくにも火を灯す。

淡々と必要事項をこなす保を眺めたまま、この家の主はふっと苦笑の息をもらした。



「預言の姫、か。」



作業に専念していた視線を戻しながら、再び保はそうつぶやく当主へと気の毒そうな顔を向ける。


預言。

それは、この世界のすべて。


桜の季節も終わりを告げ、周囲の森は青々と夏の準備を迎えていたはずだが、この天気となっては一時中断していることだろう。雨はやがて雪になるほど今の気温は低い。



「なんだか落ち着かんな。」


「今は相手をするべきではないかと。」


「わかっておるわ!」



冗談だと怒ったように言うところが怪しい。



「なんだ、その目は。わしが飛び出していくとでも思っておるのか!」


「いかにも。」


「なっ!?」



発言した声の主は、この季節外れの寒さの中、笑うように動いた風や火を払うように咳払いをおこす。

落ち着きのない自分に赤面したものの、今はそんなことに構っている余裕はない。


生まれるのだ。


父になる以上、今までと同じではいけない。

本当にそう思ったのかどうか定かではないが、居住まいを正した彼はその場を動こうとはしなかった。



(タモツ)。」



ふいに名前を呼ばれた男は、先ほどからそわそわと落ち着きのない主に苦笑していたが、キュッと気を引き締めてから「はい。」と返事をした。


長い沈黙が落ちる。


落ち着きのなかった主のまとう空気が変わった。

長年、傍らで仕えてきたこの"保"と呼ばれた男さえ畏怖するほどの圧力。広間の炎が一際大きくゆれ、ふたつの影を揺り動かす。



「世話をかけるな。」



まとう空気とは正反対の優しげな笑みで、中央の男は静かに息を吐き出した。あぐらをかいたヒザを撫で付けるようにして、ジッと思いをこらえているように見える。

うやうやしく立ち控えていた保は、何とも言えない視線を当主へと向けていたが、その時、バタバタと廊下を走る音が響いた。



「ご報告にあがりました。」



なぜか開け放たれていたはずの扉からその姿は見えず、開かれた戸の脇で何者かがピタリと止まる。焦りを含んだ声音に答えを予期したものの、「して」と殺気をまとったまま当主は先をうながした。

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