白い肌に、赤い華が咲いた
軽くなった髪は心を軽くしてくれる、今にも飛んでしまいそうな軽やかな気持ちだ、栞理がほどこしてくれたメイクもいい感じ、そんな気分をものの見事に順子の家がぶち壊してくれた、はぁーーーあ。
ショートボブとそのナチュラルメイクを見てママは顔をしかめ、とても不機嫌になる、「何色気づいてるんだブス! お前みたいな女が男の気を引こうなんて生意気だ、あー下らないくだらない、何くだらないコトやっちゃってんだ、ブスブスブス……」
こんなことが10分以上続くと、
「……やめて……うるさいんだよ、ふーふー、ふー」
怒りがいっぱいになって身体が震えてくる、そして堪らずママにつかみかかり取っ組み合いになる。
「わああああああ」順子
「きいいいいいいいいい」ママ
ゴロゴロ転がり周り、二人して取っ組み合うの。
(一体何がしたいんだこの人!)
そうしてそれが収まると、ママは涙をためて訴えかけてくる。
「順子を変な虫から守りたいのよ、あなたの事が心配なだけ、親の気持ちが分からないわけないでしょ、あなたのためなのよお分かって順子ちゃん、ママを悲しませないで……」
いっつもこのパターンだけれども思わず私ももらい泣きしてしまう。「ママごめんなさい!」
その後で取っ組み合いになった疵を見せたりしてこうも言うのだ。
「あー怖い子、パパも言ってたわよ、親にこんなことするなんてとんでもない子だってね」
ガーーンッとするような残酷なことを言われ私は後悔してしまう、罪の意識に、悪い子なんだって、夜の恐怖とは別にパパに悪い子といわれていることが怖い、ママに嫌われることがイヤ。
一連の騒動が終わると、パパは部屋から出てきて舐めるように順子の変化を見るのが気持ち悪い。
その夜から変わったことが一つある、パパが赤ちゃん言葉を使わなくなったの……
夏が近づきインターハイ予選が近づいてきて気付いた、警視流対手にガチンコの勝負を繰り広げた鈴木先輩の身体の変化に。
彫刻刀で削り出したかのようなシックスパック、肩のバルクに浮き出た血管、オッパイというより大胸筋の谷間、蟹の甲羅が動いているかの様な広背筋、背骨に沿って走る筋肉の溝にはくっきりストリエーションが見える、デカい太もも、腓腹筋など野生すら感じられた。
間違いなくアスリートのそれはとても女子高校生とは思えない、彼女が我が部のエースであることに髪の毛一本も疑いを誰一人持つまい。
一体どうしてか尋ねてみた、
「今日子先輩どうしてそんなにストイックに鍛えているんですか」
「どうしてって、なぎなた強くなりてえってくらいかな」
喋りながら今日子先輩は口に直接プロテインを放り込み、それを水で流し込む。
「先輩のおばあちゃん、教士って最高段位お持ちって聞きましたけどそれと何か関係してるんですか? 教士目指すとか目標があるとか?」
順子自身がそうであるように、ママに勝手に期待されて始めたというか、ママが始めたかったみたいな所があるから。
「ぶっひゃひゃひゃ、プ、プロテインが鼻にイテテ、ひーひー、面白れぇ、あ、ありえねーオレが教士目指すなんて考えたこともねえよ、婆あは婆あ、オレはオレだよ、婆あとなぎなたの話した事なんて一度もねえし、ってかオレが好きでやってるだけだしよ」
以外も以外だった、先輩の努力は誰かのためでもあると思っていたから、期待されてると当然のように思っていたから。
「ちょっとちょっと、今日子先輩の時間の邪魔しちゃダメ、薙刀のことだったらわたくしに聞いてください」
血相を変えて栞理ちゃんが横から怒り出したの、ちょっとその迫力に引いてしまうくらい。
「別に構やしねえよ、おい順子一緒に防具やってみっか?」
嬉しい、男性顔負けの今日子先輩に稽古付けてもらえるなんて、ずっと先の事と勝手に思っていたのに、意外に思っていたより怖い人なんかじゃない。
「ダメダメ、順子ちゃんには荷が勝ちすぎですわ、もっと上達されてからでないと、それまではわたくしが責任をもって教授させて頂きますからね、先輩すみませんでした!」
「え、う、うん」
順子が辞退するならともかく、どうして栞理ちゃんが謝るの? そりゃ確かにその通りかもしれないけど。
「ほら順ちゃん、インターハイで忙しい先輩達の邪魔しちゃ悪いよ、さ、もう着替え終わってるんだから向こうで一緒にやろ」
そういって上着の袖を引っ張る栞理ちゃんだった。
そういえばなぎなた初めて3か月以上経とうとしているけど、順子は栞理ちゃんとばかり稽古している様な気がする。他の先輩や部員とも稽古するけど、教えてくれるのは栞理ちゃんばかりの様な気がする。確かに栞理ちゃんは経験が長い、小学生から始めたって聞いてるし、教え方上手だし親切だし、何もおかしなとこなんてないのに、なんだろ、時々苦しい? なんだかちょっと重い気がする。もちろんそんなこと言ったら空気を悪くしちゃう、だからこんなこと考えること自体が恥ずかしい、軽い罪の意識を感じ、それを頭の中でかき消した。そうだ、長く返事しなかったことがある、それを今日彼女に伝えよう、きっとそれがいい今きっとその時なんだ、何故かそう思い立ってしまったの。
インターハイ前の激しい稽古は気持ちがいい、今日子先輩が言う「武器を持って戦うなら何時生死を分けるか分からないと思え、戦場においてどんな過失も弁解も無意味だ。勝と負、生と死、それだけが答えだ」の言葉が好き、なぎなたに憑かれ、なぎなたに狂う、この時だけは一人になれた、こんがらがった人間関係から自由になれた。
稽古が終わってへとへとになれた疲労感が気持ちいい、お腹ぺつこぺこになる、たまに先輩方が連れていってくれる地元のラーメン屋の特大ラーメンのうまい事うまい事! おいしいモノを食べてさぞかし会話が弾むことだろう、と皆様思うかな、ううん皆無言なの。旨いの一言もなくて、喰うことは生きること、目をぎらつかせ難しい顔になって女子高生がラーメンを平らげる。順子は思う、色気より食い気であるぞよと。だって栞理ちゃんだってそだし。
学校帰りの江戸川の河川敷、栞理ちゃんと順子が自転車をこいでいて、気持ちいい夜風の中、
「栞理ちゃん、私すっごく穢れているの、それでも私のこと好き?」
「順ちゃん、どういうこと?」
「私どうしても喋れない秘密をかかえているの、もうびっくりするようなさ」
「うん」
「それを知ったときそれでも私のこと好きでいてくれる?」
全然深刻なんかじゃない、爽やかだ、この風のように爽やかで、明るくいえた。
「わたくしは順子ちゃんの味方ですわ、それを信じてくださる?」
「ありがとう、私戦ってみる、その言葉信じるから」
彼女の欲しい言葉はもう少し先、もしかして聴いたら断られるかもしれない言葉はもうちょっとさきにとっておくわ。
その晩、私はその時を待っていた、おぞましい夜を、ばらばらにされる夜を、愛情という認識認知を変えられてしまったあいつに、死ぬ気で戦ってみる、死んで屍拾うもの無し、だったらいいじゃん、私は死人だと思えば、何も怖いことなんかない、今までの夜ほど怖いことなんてないなら戦ってみよう。
その晩、私は貝印のカミソリを二本、半紙の上に並べてベットの上に置いた。その鉛色の金属光沢を眺めながら、じっとその時を待った。痛いだろうか? 血はどの位出るのかな、パパなんて反応するだろうか、私は変わるんだ、順子を救うんだ。
ママが寝静まって、家全体が静かになったとき、階段をゆっくり上がってくる衣擦れの音がする、それは順子の部屋の前で止まり、とんとんと小さくノックする。返事を待たず静かにドアが開いた。
パパだ。
「順子おきて待っていたのか」
「……パパ、お話があります」
鋭利な光を放つカミソリに魅入られた私は、少しぼーっとしながら、それをそっともち、すぐさま左手首に当てたわ。
「お、おい、順子何やってるんだ」
その言葉を無視し、すっぱり横一文字に刃を引いた。痛い、というか熱い、それを感じることが私には出来るんだ。
「な、何やっているんだ、止めろ順子」
そういっても力で止めようとはしないパパだ。
寝れない時は普通にお酒ですね、結構ガバガバ飲むタイプなので、酒代がかさむのが厄介です。
つまみで生ものはなんだか飽きてきている最近です。