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第九話

「アッチ!!」


 ああ、こぼしちゃったよ。


「ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ!――じゃ、無理か」


 丸ごとブッ倒したからな。

 あっ! トイレットペーパーならどうだ?


「切れてんじゃーん!」


 ああ、俺のカップラーメンが。


「よりによってカレー味だよ……

 どーすんだ、これ? 畳、スゲー吸い込んじゃったよ」


 当分臭いぞこれ。


「ああ、なんか、急に冷静になっちまったな」


 テレビのバラエティー番組なんぞを見ながら、カップラーメンの残骸を前にして、今年で俺47歳なんだけど、とか考えてる。なに、このカオスな状況?


「もう、どうでもよくなってきたな。いっそ、このまま散歩でも行くか」


 上下ジャージのまま、俺はコートを羽織った。部屋の惨状を背にして、テレビも点けたまま外に出る。スケールの非常に小さな、微妙な背徳感を抱いて歩き出した。


 嫁なし親なし貯金なし。三十代までは、それでも大病なく過ごして、パチンコ、風俗、スナック通い。なんか、それでも不安なんて感じたことが無かった。

 仕事もトラック運転手をしたり、飲み屋、ビルの内装工事、ラーメン屋、トラック運転手、土建屋、トラック運転手、でもって免許取り消し。免許も無いのに車上生活を半年。で、今はアンテナ工事をやっている。それもサボりがちで、そろそろまた転職でもするかな。てゆうか、腰が痛いんだよ。もう朝から腰が痛いと何にもやる気出ねえ。


 そんなことを考えながら、だらだらと歩いていると、近所の高校の校庭が目に入った。


「いいなー、俺も高校生になりてえよ」


 体育の授業だろうか、サッカーに興じる学生たちを見ながら自分の高校生活を思い返す。全国までは行けなかったものの、何かを本気で取り組んだことなんてあの時が最後だろうか。いや、よくよく思い出すと、先週スナックで若い娘を落とそうと必死になってた時も、かなりの本気を出した気がする。まあ、もう名前も憶えてないけどな。


 でも高校でサッカーをやっていた時は、それでも周りに頼られる存在だった、ような気がする。


「高校か……」


 なんだか今日は、とにかく突飛なことをやってみたい気になる、そんな日みたいだ。これから俺がすることも、途中で誰かに止められて不発で終わるか、もしかしたら警察を呼ばれるかもしれないが、厳重注意程度で終わる。そんな軽い気持ちの悪戯。この時俺は、頭の片隅でそんなことを考えていたんだろうと思う。


 まあ、とにかく俺は、高校の門を潜って校舎へと向かっていた。


「みんな真面目に勉強してんなー」


 不思議と堂々としていれば何も言われないもんだ。てゆうか、授業中だからか誰とも出くわさない。

 気分としては、悪戯以上変質者未満。この場で裸になったり、女性に何かをしたり、そんなことを考えているわけじゃないんだ。ただ魔が差して、ほんの少し高校生の気分を思い出したかっただけ。まあ冷静になって考えれば、変質者以外の何物でもないんだろうが。


 授業中の適当な教室、後ろのドアをガラガラッって開けて、空いている席に座る。そこまですれば流石に通報されるだろうなと思いながら、俺の腕は教室のドアに手をかけた。なんか気の利いた一言でも付してやろうか。


「すみませーん、遅刻しましたー。30年――」


 最後まで言い切ることなく、白い光が辺りを包みこむ。





 一瞬の浮遊感が俺を襲った。そして、いつの間にか薄暗い場所に居た。なんだろう、急にボケたのか? 実は、さっき教室のドアを開けてから凄い時間が経っていたりするんだろうか。しかし、目の前には先ほど教室の中に居たであろう、学生たちと一人の教師が右往左往している。


 混乱したまま思い思いのことを口にしているようだ。異世界召喚がどうとか? なんでか喜んでるようにしか見えない奴までいる。そんな時、隣の少年に話しかけられた。


「よう、オッサン。なんか大変なことになっちまったな」


「ん? ああ」


 なんか不思議と気安い感じなんだが。俺の存在自体が不自然に感じないのだろうか? しかし、その思考も一度中断する。突然扉が開き、ファンシーなドレスを着た女性が入って来たのだ。そして、衝撃の内容を口走った。


「勇者の皆様、お願いいたします。どうか魔王を倒し、この世界をお救いください!」


 ポカーンとする奴、ポカーンとする奴、ガッツポーズをする奴、ポカーンとする奴、歓喜の叫びを上げる奴、ポカーンとする奴、ポカーンとする教師、走り出す奴……


 まあ非常に混沌とした状況の中でも説明は続く。どうやら、異世界とやらに転移した時に自分の願望や才能に合った”チートスキル”なるものが与えられているから、それを使って魔王と戦えということらしい。とりあえず、自分の持っているスキルを確認してほしいと説明される。


「ステータスオープンねぇ……ん?」


 言われたとおりに呟いた俺は、その表示を見て固まってしまった。


「よっしゃー! 剣術だってよ!」


「俺なんて火炎魔法だぜ!」


「ねえねえ、アタシ”料理”って書いてあるんだけど。これ戦えるの?」


「バカ、俺なんかニートだぜ」


「この白魔法って、当たりなのかな?」


 学生たちが盛り上がる中で、俺は自分のステータスに表示されている文字を見ながら固まっていた。


「おい、オッサンは何のスキルだった?」


「ああ…………”高校生”って、書いてあるんだが」


「プッ! 何それ! 超ウケるんですけど」


「こ、高校生が”高校生”って、そりゃそうだろ!」


「ハッハッハッ!! オッサンは、根っからの高校生ってことだな!」


 えっ?









 どうやら、俺は”高校生”というスキルの力によって、誰からも高校生と見なされているらしい。ずっと同じクラスメイトであったとかないとか、具体的に何クラスに居たとか、そういった情報は一切気にされることなく、だた高校生ということらしい。

 ”オッサン”というのは、あだ名みたいな感じだろうか。とにかく教師までが”オッサン君”て言うんだが。因みに俺の年齢を聞いてみたら「47歳に決まってるだろ、俺たち17歳なんだから」という意味不明な回答を得た。


 戦闘能力に関しては、皆が大なり小なり力を得ているなかで、俺だけは何の変化もなかった。しかも、皆がそのことに何も感じていないようだ。ニートの奴の方が、弱えとか使えねえとか言われてて、俺よりヒエラルキーが低いぐらいだ。

 ちなみにニートの彼は、確かにそれほど強力なスキルとは言い難いが、”どこからともなくリモコンが敵に向かって高速で飛来する” とか ”弱い敵を一体だけ、ゲームのコントローラーで操れる” 等の使い様によっては非常に有用な能力を持っていた。いったい異世界におけるニートってどんな定義なのだろうか?


 そしていつの間にか、俺はクラスの中心的存在になっていた。



「オッサンて不思議だね。一緒に居るとなんか安心するんだ。まるで同い年じゃないみたいだね」


 そりゃ、同い年じゃありませんから。



「さすがオッサン、物知りだな。それに何ていうか、色んな経験をしてきたような説得力があるよ。はは、そんな訳ないよな、同じ高校生なのに」


 色んな仕事、経験してますんで。

 なんか天井見てたらソワソワしてきたな。昔やってたビルの内装工事の影響で、天井板のチリが合ってないと落ち着かないのよ。ちょっと直すか。あ、メイドさん、ちょっと工具と脚立貸してくんない?



「私、ダメな教師ね。教え子の君に愚痴なんか聞いてもらってさ。でもオッサン君て、なんだか教え子って感じがしないのよ……

 こらっ、先生をからかうんじゃありません。まったく、いけない子ね先生を口説くなんて」


 そりゃ、教え子じゃありませんから。てゆうか、あんた三十前でしょ? 俺の方が全然年上ですから。まあ、こんな状況なのによく頑張っているよ、若いのに偉いねぇ。



 しかし、そんな状況も長くは続かなかった。何せ魔王を倒さなければ元の世界に帰れないらしいのだ。皆は騎士団を相手によく訓練し、そしてある日旅立つことになった。魔王を倒すために魔族領を突っ切らなければならない、過酷な旅だ。


 隠密性を重視して、足手まといになるような他の騎士団連中は誰も付いてこない。でもなぜか一番の足手まといである俺は、一緒に行くことになっている。そこに疑問を挟むものは誰もいない。いや、マジで何でだろう?


 旅路は困難を極めた。


 なぜかみんなが俺の意見を聞く。そして俺もいつしかこいつらが本当の家族のように感じていた。出現する魔族はどんどん強くなっていく。そんな時に出会ってしまったのだ、死神に。

 初めて俺の指揮で人が死んだ。皆が嘆き悲しむなか、なぜか俺を責めない。もとからそのような選択肢が存在しないかのような、奪われているかのような。逆に落ち込む俺を慰める始末だ。なおさら俺は悲しい気持ちになった。

 最後の最後、一番奥の最後の一線、それを俺のスキルが作っちまっている気がした。本当の意味で、こいつらと分かり合えることは無いのかもしれない。


 高校生とオッサンの狭間で葛藤しながら、それでも時間は、魔族は待ってくれない。なおも旅は続いてゆく。そして一人、また一人と仲間を失う。俺はなぜあの時に力を望まなかったのか、後悔だけが心を蝕み続けた。


 そして、ついに――



「オッサン君、もう、私……」


「先生! ダメだ喋るんじゃない! 今助けてやるから」


「いいの、もう私は、ここまでみたい」


「バカヤロウ! 諦めるんじゃねえ、今、止血してやるから」


「オッサン君、いいの、聞いて…………私、知ってたの」


「え?」


「オッサン君が、高校生じゃないって、47歳の知らないオジサンだって、知ってたんだよ」


「そんな、何で……俺のスキルは」


「うん、最初は小さな違和感だけで気付かなかった。でもね、ほら私のスキルは」


「そうか! ”担任教師”のスキルか」


「そう、私は、生徒のことを詳しく把握するスキル。だからかな、気付いちゃったの。

 ごめんね、なんか、怖かったんだ。この距離感というか、関係が壊れちゃうのが」


「先生……」


「もう、生徒は一人も居なくなっちゃったから。私も終わりかなって思ってたんだ。

 最後に、お願い。あなたは生きて、そして元の世界に……」


「先生? 先生!? センセーーーーーーーーーーーッ!!!!」









「――そして、先生は俺の腕の中で逝った。最後の最期に、俺たちは本当の家族(ファミリー)になれたんだよ。

 だから、だからっ! 俺は負けるわけにはいかねえんだ! 約束しちまったからよ、俺の双肩にかかった家族(ファミリー)達の生きた証を残すため! 魔王! 俺は、てめえを許さ――」


「魔王パーーーーーンチッ!!」


「んげしっ!!」



 勇者オッサンは、原子の塵に還った。

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