第五話
「時は来たれり!!」
「| 《魔王さま! 叫ばないで! 今、お忍びですから!!》」
「ハッハッハッ!! 側近君、何をコソコソしているのかね?
辺境の村から勇者候補の少年を一人ばかり拉致ってくることの、いったいどこに後ろめたさがあると言うのだい」
「ダメだ、この人。すっかり変なテンションになってるよ」
「あれから半世紀と少し。俺は、人の王を定期的に招待して、勇者についての適切な教育を施し」
「いや、あれは洗脳では? 勇者について国民に周知徹底させるように、随分と念を押してましたけど」
「古文書”ラ・ノーベ”をベースにした、様々な形態の文書を提供し」
「なんか小説や絵本、劇の台本に留まらず。かつて存在していた国の王族関係の遺構から出土した記録文書、みたいに偽装したやつとか。急に各地の民間伝承をまとめるように指示したと思ったら、そこへ巧妙に紛れ込ませたりとか。某国も真っ青、やりたい放題の歴史修正ぶりですね」
「そしてその全ての活動に対し、我が軍のリソースを惜しみなく投入し続けた半世紀!」
「会計担当泣いてましたよ。なんか毎月、スゲー可愛くない金額が計上されてましたから。あと、クラーケンも泣いてましたよ。眷属達全員で、一人同時に8冊ずつ写本してましたからね」
「そして、今! 全ての努力は報われるのだ。
側近! 報告!」
「えー、もう37回目ですよ?」
「ホ・ウ・コ・クーッ!」
「はいはいはい。
えー、千年前に勇者が魔王さまを封印したという架空の歴史について、政治を掌握し徹底的な刷り込みを行うことで。現在、ほぼ全ての人間が勇者伝説について理解をしております。また秘密警察による言論封殺と、半世紀世代が進むことで強引な刷り込みによる違和感は概ね消え去ったと判断いたしました。
また今回の作戦による副次効果としまして、識字率が4%から85%へと大幅に上昇いたしました。これは、勇者伝説をモチーフとした学校教材の使用を義務付けるにあたり、そもそも学校が少なすぎたため、人口30人以上の全ての集落へ学校の建設、3年間の初等教育の義務化を推し進めた効果であります。付け加えまして、現在教育水準の大幅な向上による効果が現れてきておりまして、半世紀前に比べ国民一人当たりの生産量は約8倍になって――」
「あ、そこんとこは、どうでもいいんだよ。
つまり?」
「つまり、現時点をもって、勇者出現の土壌は出来上がったと判断いたします」
「YES! イェスッ! イェスッ! ゥゥゥゥィイェッス!
OK オーケー Oh!月経!
Everybody! Let's go!」
「うわ、ウザッ」
・
・
・
「おいおいおい、側近。アレ見ろよ」
「んん? なんだか、哀し気な雰囲気の少年が佇んでますね。
あれは、お墓ですか? 石を積んだだけの簡単なものですが、花が置いてありますよ」
「あれは絶対に訳アリだぜ。俺の勇者アンテナがビンビンに反応してやがる」
「私もそう思っていたのですが。勇者アンテナの話を聞いたら、全く自信が無くなりました」
「凄くね? いきなりアタリっぽいぞ。俺の魔眼で確認しても、なかなかの魔力適正を持ってるな。恐らく人間の中じゃぶっちぎりだぜ」
「それよりも魔王さまがそんな便利な魔眼を持っていることを、今まで私が知らなかったことに驚愕なのですが」
「Hey! 少年、どうしたんだい? 悲しそうな顔してさ。その胸の内に秘めたる思い、おじさんに話してみないかい?」
「…………」
「魔王さま、あんた本気で聞く気あります?
坊や、こんな場所に一人で居るとお父さんやお母さんが心配するよ」
「……死んだ、父ちゃんも、母ちゃんも……戦争で」
「コソコソコソ (キターーーーーーッ!! こいつ勇者! 紛う事無き生粋の勇者!! 魔族に壮絶な恨みを持っていること間違い無しっ! よっしゃーっ!! 勇者、君に決めた!)」
「ボソボソボソ (おい、ちょっと黙れ、マジで頭沸いてんのか?)」
「少年……力が欲しいか?
己を虐げてきた全てを跳ね返し、復讐し、燃やし尽くす絶対の力を……お前は望むか?」
「うわぁ、強引に話つなげてきたな」
「は、はい! 欲しい! 力が欲しいっ!
う、うわぁぁぁぁー!!(号泣)」
「あーあ、取っちゃったよ。悪魔の、いや悪魔も裸足で逃げ出す、最悪の腐れ外道の手を」
「泣くな少年! お前の名は何だ!?」
「アダム!」
「よし、アダム。その涙は復讐の時までとっておけ。俺がお前に力をくれてやる! こんな所で立ち止まっている場合ではない。早速修行を開始する!」
「はい、師匠!」
「そうですね、ホントに、こんな所で立ち止まってさえいなければ、最悪の悪魔に見つかることもなかったのに」
そして、二人の共同生活が始まった。
・
・
・
「よし、アダム。お前に教えることは、もう何も無い」
「はい、ありがとうございます師匠!」
「これだけの実力があれば、王都で人王が勇者候補としてスカウトする手はずに―― じゃなくて、王の目に留まって、それなりの地位に就くことができるはずだ。お前の願いが成就することを祈っているぞ」
「あー、魔王さま迎えに来ましたよ」
「おう側近、ご苦労、ちょうどよかったな」
「あれ? 彼がアダム君ですか?」
「どうだ、逞しくなっちまって、見違えただろ」
「え? ちょっと魔王さま、なんで人間の少年が5年足らずで、肌の色まで変わるんですか?」
「うん、日焼けじゃないかな?」
「薄紫に?」
「うん、まあ、あとは魔力注入実験の影響とか」
「明らかにそれが原因でしょうが! そもそも成長期だからって、いくら何でも成長し過ぎじゃないですか? 細マッチョな体型なんで気付きませんでしたけど、よくよく見てみると、とんでもない筋密度ですよね。
ん? あれ、むしろ筋肉の位置からして少しおかしいような……」
「おう、よく分かったな。そこら辺は、ドラゴンの筋肉なんかを外科手術で移植してみた」
「何ですか、このキメラの化け物は!? 勇者って話は何処に行ったんですか?
これじゃあ人間よりも、我々魔族に近い存在ですよ!」
「うん、まぁ、でもさ、最終的に俺と戦うわけじゃん?
普通の人間じゃ、どれだけ鍛えても俺と戦えるわけないじゃん」
「た、確かにそうですが。
いや、しかし、このアダム君であれば魔王さまと勝負になるのですか?」
「そうだな…………指相撲であれば、千回ぐらいやれば、もしかしたら……いや、無理か?
だがしかし、ジャンケンであればアダム君にも勝ち目が――」
「うわぁ……」
「いやいや、アダム君にはこれから魔王城を目指して旅をしながら、徐々に強くなってもらう予定だから。そう俺は、彼の未来の可能性に賭けるのだよ」
「魔王さま、それ絶対に無理なパターンですよ」
「む、無理じゃねえから! お前、人間の可能性を舐めんなよな。無限大だぞ無限大」
「魔王さま自身が、その人間の可能性を速攻で見限って、色々改造しちゃってるじゃないですか!」
「あーあ、俺、そうやって揚げ足ばっか取る側近は嫌いだなー」
「はいはい、分かりましたから。ほら、そろそろ帰りますよ」
「へーい。
そんじゃ、気を付けて王都に行くんだぞ。修行を怠るなよ。
バーイ バーイ アッダーム あっばーよー♪」
「はい! 俺、頑張ります。師匠もお元気で!」