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第四話

「これより第53回勇者対策会議を始める。側近、報告を」


「はい。

 魔王さま配下の軍団内にて、現時点において特殊な任務に従事し連絡困難な者を除く全ての者から聴取したところ。魔王さまの言っておられる物語を知っている者、及び類似する物語で勇者が登場するものを知っている者は……」


「知っている者は?」


「ゼロ、です」


「えーーーーっ!! 嘘!? ゼロ!? 一人も居ないの!?」


「はい、一人もおりません。また、この結果を鑑みて、本日は特別ゲストに参加していただきました。

 どうぞ、入れてください」



「ヒィーーーーッ!! やめ、やめてくれー。命だけは、お助けをー!」


「……誰?」


「人族の王になります」


「ヒィーーッ!」


「うそ! 側近、お前連れてきちゃったの?」


「はい、こいつが人間社会のことや、一般には逸失してしまっているような歴史まで含めて、一番詳しいのではないかと思いまして」


「いや、そりゃそうかもしれないけどさ。

 で、どうだ人王よ。お前なら勇者について知ってんだろ?」


「し、知らん。いや、知りましぇん。ひっ、ホントです。聞いたこともないんですーー!」


「あれ? マジで? こいつ何か隠してね?」


「いいえ、こいつの証言を受けて引き続き調査したところ。都にある蔵書や、小さな集落の民間伝承にいたるまで、勇者なるものが登場する話は確認できませんでした」


「いったいどうなってやがる。俺の家に古くから伝わる”ラ・ノーベ”という書物には、間違いなく勇者が現れ、俺の前に立ちふさがるという記述があるぞ」


「残念ながら推測しますに、その”ラ・ノーベ”という物語は相当マイナーなものではないでしょうか。勇者の特徴についての説明を合わせて、人間社会にて聞き取り調査を実施したところ。多くの人間は、該当人物に騎士団長と解答しております」


「いや、それは一役職名だろうが。勇者っていうのは人族の危急に自然発生的に現れる、言わば現象に近いものらしいぞ」


「したがって現在の人間社会では、勇者という存在が浸透していない以上、勇者が出現するような土壌であるとは考えづらいのですが」


「マ、マジか……」


「もう、やめましょうよ魔王さま。ここまでくると無理ですって」


「バッキャローーーーッ!!!!

 側近よ、俺は言ったな? 妥協はしねえってよ。

 もう今回のことで俺は、分かったんだよ。勇者ってやつは、待っていても来るもんじゃねえって。勇者は、魔王が作るもんなんだってな!」











閑話     『グレートオーガ冒険譚 前編』




「ん? ここは……」


 波の音に俺が目を覚ますとそこには砂浜が広がっていた。

 最後の記憶は、嵐の海。海上哨戒任務中に、操船の不慣れから転覆し海へと投げ出された俺は、どうやらどこかの海岸に打ち上げられて命拾いしたようだ。


「っ、まいったな、どこの海岸だ」


 俺は周囲を見渡してみるが、同じく流され打ち上げられた仲間や、この場所に関する手がかりは見つからない。


「はあ、しかし陸にさえあれば、なんとかなるか」


 俺は数年前に陸上の任務から海上へと配置換えになったのだが。俺の力は海上にあっては、ほとんど発揮することはなかった。海を完全に舐めていたのだ、それまで海を管轄していたクラーケンの眷属達は軟弱な者が多く、いや軟弱だと勘違いして馬鹿にしていた。魔王さまに大口をたたいた以上、再度の配置換えも言い出しづらく。今に思えば俺の虚栄心のために、多くの眷属達が犠牲になったのだ。


「はあ、もう俺が帰る必要もないんじゃないか。いっそ副団長に任せたほうがよほど上手くまとめてくれそうだ」


 今回の嵐で自分に愛想が尽きた。波も読めず、潮も読めず、天気も読めず、部下だけを失い続けた数年間。


「いっそのこと暇をもらって旅にでも――」


「ンガーーーーーーーーッ!!」


 なんだ、誰かの叫びが遠くから聞こえる……いや、だんだん近づいてきているようだな。誰かが戦っているのか?


「この声は……同族か?」


 その時、砂浜の切れ目、木々を押しのけて一人のオーガが転がり出た。体中に矢を生やし、その右手は途中から失われていた。彼は木々を抜けて数歩進んだところで、目前に広がる海を確認して膝をつく。どうやらこれ以上の逃走は無理と悟って覚悟を決めたようだ。それは戦う覚悟というよりも死の覚悟、生への諦めであった。


 次の瞬間、木々の奥より一本の矢が飛来し、オーガの首へと刺さった。それが止めになったのか、オーガは前に倒れこむ。そして三人の男が姿を現した。一人は今矢を放った本人であろう、皮鎧に弓を持ち。一人は金属で補強された鎧に血の滴る剣を持ち。最後の一人は最も身軽な格好で、複数の短剣を身に着けていた。


「面倒くせえな、逃げんじゃねえよクソが」


「おいおい、お前が矢を外し過ぎなんだよ、もっとちゃんと狙えや」


「まったくですよ、こんな小物に何本使う気ですか」


 血が沸騰する。目の前が真っ赤に染まる。

 いったい何だ? この羽虫(にんげん)どもは、俺の眷属に何をしている。

 地面が弾けた。俺の身体は爆発的加速をもって、目前の羽虫どもを殺し尽くすべく跳躍した。


「ぐぎゃ」


 空中で振りかぶった腕が、着地と同時に地を這う羽虫を叩き潰す。まさしく”潰す”という表現通りに、剣を持った最も体格の良い男が縦に潰れた。

 本当に羽虫のごとく飛ぶわけではない、この虫の駆除は実に簡単だ。ただ羽虫のように数が多く、時おり弱った眷属達も群がられ、殺される。時に傷口に群がるハエが卵を埋め込むように、時に狂暴なイナゴのように。だからこそ見敵必殺、殺し尽くさなければならない。そうでなければ眷属が殺されるのだ、今まさに目の前で行われているように。


「な、なんだ――かひゅっ」


 軽く振った腕が虫の頭部を吹き飛ばす。実に脆い、実に弱い、だからこそ余計に不愉快でもある。なぜ俺の眷属がこんなモノに殺されなければならないのだ。誇り高き陸の王者である我が眷属が。


「な、なぜこんな場所にグレートオー――がぁっ」


 おざなりに突き出した腕が、虫の身体を突き破る。

 魔王さまを除けば、俺たちの眷属に身体能力で優る種族など存在しない。それなのになぜ負ける、なぜ殺されるのだ。


 戦いとも呼べない殺戮が終わると、俺はすっかり血の気の失せた表情をした眷属を抱き上げ、その口に耳を近づけた。


「ああぁ、あなた様は…………ど、どうかこの島に住む……仲間たちを…………お救い――」


 首を貫く矢のおかげで上手く話すこともできないのだろう、ギリギリ聞き取れるかどうかという擦れた声でしゃべりはじめた眷属は、しかし最後まで言い切ることなく力尽きた。


「……逝ったか」


 俺は眷属の亡骸を地に置くと、木々に囲まれた島の奥を睨み付ける。


「どうやら旅は、しばらくお預けのようだな」


 先に逝った眷属の言では、この場所は島のようだ。それも我が軍団の庇護にないことから、今まで見落としていたあまり大きくない離島なのだろうか。ここに我が導かれたのも天啓というもの、窮地に立つ我が眷属たちに魔王さまの庇護を与え、分を弁えぬ羽虫どもを殺し尽くさなければならない。


「戦士達よ、俺が戦場をくれてやる」



後半へつづく

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