第一話
「側近よ、人間界への侵攻状況はどうなっている」
「そうですね、およそ半分といったところでしょうか。人間界侵攻開始から5年目、人間の住む土地の4割を制圧。侵攻開始から比べて人間の人口はもう半数以下でしょう」
「そうか、順調なようだな。ところで先週言ってた勇者が現れたという噂の件だが――」
「あー……あれは、デマでした」
「えっ!! マジでっ! スゲーがっかりだよ」
「なんか変にプライドだけ高い吸血鬼が居たでしょう? そいつが人間に手傷を負わされたとかで、『あいつは絶対に勇者に違いない』とか騒いでたんですけど。先日、その人間を捕獲して事情聴取したんですが。銀のロザリオつけた人間の胸元に、思いっきりパンチしただけでした。なんか普通の人間だったんでおかしいと思ったんですよ。
その吸血鬼は3日間、飯抜きに――」
「死刑」
「え?」
「そいつ死刑、ミンチにして豚の餌」
「えーーっ!! やめましょうよ魔王様、もう7人目ですよ」
「そうだな」
「吸血鬼は一応幹部ですし」
「ダメだ、こと勇者の問題だけは譲れねえ」
「しかし……」
「側近よ俺の話を聞いてくれ。俺は、幼少のころより勇者伝説を聞いて育った。人間界征服、その目標もあと少しというところで、勇者と呼ばれる人類の英雄が生まれる。そいつは各地で魔族を倒し、人々を救い、いずれこの魔王城へと至るだろう。それを打倒してこそ、本当の意味で人間界征服が完了するのだ」
「しかしですね、もう半分ですよ? 大陸の半分も取っちゃってますよ?
いやー、早く出てこないと手遅れじゃないですかね」
「大丈夫、勇者は不滅だ。奴は必ず来るぞ」
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「側近よ、人間界への侵攻状況はどうなっている」
「人間界侵攻開始より8年目。すでに人間の生活していた土地の9割を占領。人間は大陸端の半島に集結して徹底抗戦の構えを見せています。人口は、どうですかね……とりあえず、結構な人数が半島へ逃げ込んだみたいですが。あの土地では、全ての人間を養うだけの食料が生産できないでしょう。
まあ、もって後半年といったところじゃないですかね」
「そうか、それで勇者は――」
「無いです」
「えっ?」
「まったく、影も形も無いです。
もう、来ないんじゃないですかね。はっきり言って”追い詰められた人間たちが、勇者の下に結束して攻めてくるかもしれない”みたいな段階は、とっくに過ぎてますよ。あとは我が軍を半島の入口に結集し、一当てするだけで決着ですね」
「…………おい側近、相談がある」
「はい?」
「一旦、一時的に、ちょっと、少しだけ、様子を見るために……
軍を引くわけには、いかないだろうか?」
「えーーーーっ!!
む、無理ですよ! どうやって他の幹部、説得するんですか!」
「大丈夫だ、俺に任せろ。
側近よ、お前が俺に仕えるようになって、もう五百年は経つだろうか。フッフッフッ、見せてやるぜ。魔王軍の中でも一番付き合いの長いお前でさえ見たことがないであろう、俺の本気ってやつをな」
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「納得しましたね」
「だろ?
やっぱり腹を割って真摯に話し合えば、何事も分かり合えるんだよ」
「魔王様、すごい覇気でしたよ。もう、その空間に居るだけで死人が出かねないほどに」
「いや、それは、勇者絡みだしさ。
ちょっと、肩に力が入っちゃったかなって気もするけど」
「絶対に勘違いされてますよ。正面に座ってたグレートオーガなんて、ガタガタ震えながら小便漏らしてましたからね。
リッチーは『魔王様にここまでの慎重を強いるとは……勇者、恐ろしい男だ』とか言ってましたよ」
「ふむ、リッチーか。なかなか分かっているじゃないか、ボーナスの査定に5ポイントアップだ」
「まったく、本当に居るかどうかも分からないのに」
「アーアーアーッ! いるしっ! 勇者、絶対いるしっ!
あーあ、やっちまったな。側近、5ポイントダウン」
「……ところで、そのボーナスって何ですか? 初耳なんですけど」
「とりあえず大陸の半ばまで軍を退いて、百年ほど侵攻を保留するって話になっただろ?
そこで継続して占領予定の大陸北部をいくつかの領域に分け、幹部達に与えるつもりだ。ちなみにボーナスポイントの高い者から順に、良い場所を獲得できるチャンス」
「き、聞いて無いですよ、いつ決めたんですか?!」
「今でしょっ!!」
「それ使い方、間違ってます!」
「ちなみに現時点での順位は、
一位、リッチー、オホーツク平原
二位、クラーケン、ジブラルタル山脈
三位、イフリート、カムチャッカ大森林
四位、グレートオーガ、アルプス海峡――」
「なんてこった。リッチー、クラーケンの無駄な頑張りのせいで大惨事じゃないですか」
「そして最下位、側近、兵舎の便所」
「え? あれ?」
「毎日大勢の人たちが尋ねに来るからな。しっかり統治(トイレットペーパーの補充と掃除)するんだぞ」
「え、えーー…………」