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Image(それぞれの日常風景)

作者: 山上物語産業

A~Fまでの6つのストーリーが、重なりながら、独立しています。

どこから読んでもらっても大丈夫です。

ただ、どこから読むかで、物語へのイメージは大きく変わります。

A:街の日常風景


 『私』がどこまで『あの人』だったら愛してくれる?

 女はそういって、自らの頭に向けて引き金を引いた。



 朝。私の携帯の受信音が鳴る。

 あの人からのいつもの文字。

「おはよー。今日も頑張ろうね。」

 の一言。

「おはよー。今日もいい一日になりますように。」

 そういって返す。毎日の当たり前の出来事。恋人らしい風景。



 朝、私はあの人の携帯の受信音を鳴らす。

「おはよー。今日も頑張ろうね。」

 の一言。

「おはよー。今日もいい一日になりますように。」

 そういって返ってくる。毎日の当たり前の出来事。恋人らしい風景。



 私は、カーテンを開けて朝日を部屋に入れる。

 私が寝ていた真っ白な布団がきらきらと輝いた。

 そこには、妻が寝ている。

 私は、妻の額に口づけをして、優しく声をかける。

「おはよう。今日も頑張ろうね。」

 の一言。

「おはよぅ。大好き。」

 そういって妻は私を抱きしめる。毎日の当たり前の出来事。恋人らしい風景。





 夫をいってらっしゃいのキスで送り出してから、

 夫の食べた朝ごはんを片付ける。

 ぴかぴかで整理されたリビングには、

 私の愛犬が眠っている。

 大きく育った観葉植物に水をあげて、私は散歩にでかける。

 もちろん、愛犬も一緒。

 散歩に出ていく目的は一つ。彼のいるあの喫茶店に行くこと。

 もう、何度彼と夜を過ごしただろう。

 「こんにちわ。いつもの、お願いできますか?」

 と、私は一言。

 「こんにちわ。いつものですね。かしこまりました。」

 彼は、わざと他人っぽく返す。いつもの、古びた喫茶店の当たり前。



 私は喫茶店を終えると、街は夕暮れ。

 携帯を確認する。すると決まって、あの子から連絡がある。

 「いつもあなたを想っています。」

 と、一言だけ。

 「君の病気が早く治るように、僕は喫茶店でいつまでも君を待っているから。」

 私は返事を返す。いつものこと。定型文。遠距離のいつものメール。



 病室には、いつも彼が見舞いに来てくれる。

 携帯を置いて、私は月を眺める。窓越しに、後の彼の顔が見える。

「俺と一緒にならないか?」

 と、彼は一言。

「・・・もう少し待って。」

 私は返す。メールの返事はいつも同じ。

 私は残りの命をどう使うんだろう。当たり前の、いつもと同じでいいんだろうか。



 「今日、会える?」

 と、あいつから一言。

 「ああ、もう少ししたらな。」

 俺は冷たく返す。面会時間は終わる。俺はバイクにまたがって、

 病室の灯りを眺めてから、エンジンをふかす。いつもお決まりのこと。

 朝日が刺す。小さなアパート。あいつは隣で寝ている。

 朝、私はあの人の携帯の受信音を鳴らす。

「おはよー。今日も頑張ろうね。」

 の一言。

「おはよー。今日もいい一日になりますように。」

 そういって返ってくる。毎日の当たり前の出来事。恋人らしい風景。



 今日も、空は真っ青に晴れて、きらきらと太陽が輝いている。

 綺麗に整頓されたリビングはきらきらと朝ごはんの匂いで満ちていて、

 やわらかい風が、いつもの散歩道の木々をさらさらと揺らす。

 アンティークな喫茶店は、昼下がりにやさしい時間が流れていて、

 夕暮れ時には、綺麗なオレンジが街を少しずつ染め上げている。

 青い空に真っ白な月が輝いて、街の窓には星屑のように灯りがともり、

 ささやかな月の光に願いを込める。

 ゆっくりと目を閉じると、優しいぬくもりが夢の世界へと誘ってくれる。

 そしてまた、真っ白な朝日がベッドを照らす。


 ゆったりとした小さな、でもいつもの優しい世界。

 誰の目にも、それは毎日の、何気ない、当たり前の、緩やかな日常。

 これから先も、ずっと続いていくような・・・そんなイメージ。




B:犬の日常風景


  『私』がどこまで『あの人』だったら愛してくれる?

 その人はそういって、自らの頭に向けて引き金を引いた。

 


 いつものように、穏やかにニュースが流れる。

 だれも気に留めないニュース。穏やかな午後のけだるいワイドショー。

 当たり前の毎日は回る。



 私のご主人様は、とてもいいご主人様だ。

 スーツ姿も決まっていて、毎日いってきますと頭を撫でてくれる。

 休みの日には、遠くまで散歩に連れて行ってくれる。

 いつも笑顔で明るくて、とっても頼りになるご主人様。

 今日もお仕事、忙しいかもだけど、体には気を付けて頑張ってほしい。


 私のご主人の奥さんも、とってもいい奥さんだ。

 いつも部屋はおしゃれに整理されてて、僕はとても過ごしやすい。

 柔らかな麻の服が似合ってて、おしゃべりな方じゃないけど、

 誰にでも優しくて、いつも誰かの手助けをしている。

 毎日、行きつけの喫茶店へ僕へ連れて行ってくれる。

 こので貰えるおやつがとてもおいしくて、

 私はこの喫茶店に行くのがいつも楽しみなんだ。


 私は、喫茶店のマスターも大好きだ。

 いつも私に居心地のいいクッションを用意してくれて、

 本当においしいおやつも出してくれる。

 店の看板みたいにちやほやしてくれて、悪い気もしないんだ。

 昔は奥さんと二人で喫茶店をしてたみたいだけど、

 奥さんは身体を壊したって。あの奥さんも優しかったな。

 早くまた会えたらいいな。


 そうそう、喫茶店の奥さんと私は、

 昔、喫茶店の縁側でお話をしたことがあった。

 といっても、奥さんが一方的に話すだけだけど。

 奥さんには、ずーっと片思いだった人がいて、

 最近同窓会で会って、すごくかっこよくなってて、

 すごくテンション上がったんだって。笑顔で話してくれた。

 昔の友達と会うのって、楽しいよね。きっと。


 あ、そうだ。一度散歩の帰り。その同級生さんと会ったことがある。

 僕が遊びまわって迷子になったとき、

 男の人がすごく面倒見てくれて、小さなアパートで、ご飯をくれたんだ。

 そして、色々と探し回ってくれて、あの喫茶店についたとき、

 奥さん、すごく驚いてたっけ。その男の人もだけど。

 まさに運命?わかんないけど。


 でも、男の人には、付き合ってる女の人がいたんだ。多分。

 喫茶店に男の人を迎えに来てくれてた。

 しかも、迎えに来たご主人さまもびっくり。

 その付き合ってる人は、ご主人様の会社の後輩だったんだ。

 ご主人様と、その会社の後輩の女の方は、挨拶してなかったけど、

 後でご主人様がこっそり教えてくれたんだ。


 僕の住む街は、とっても優しくて、素敵な街だ。

 毎日がきらきらと輝いて、僕はとっても素敵な毎日を過ごしている。

 明るいご主人様と優しい奥さんに囲まれて、僕はとても幸せだ。

 この毎日が、ずっと続くといいな。

 そう思いながら、僕はリビングで今日もごろごろ。

 ニュースはいつものように、何か言ってる。いつもの日常風景。



『私』がどこまで『あの人』だったら愛してくれる?

 女はそういって、自らの頭に向けて引き金を引いた。



 朝。携帯電話が鳴った。

 そこには、

 「お前の秘密を知っている」

 と、たった一言。



 ご主人様は、今日、家を出ていくらしい。

 奥さんは、もう先に引っ越したらしい。

 喫茶店は、店じまいなんだって。

 マスターの奥さんは、戻ってこれなくなったらしい。

 同級生さんは、バイクで遠くへ行ったって。

 ご主人様の会社の後輩の方は、会社を辞めたらしい。


 ニュースで言ってた。こんな迷惑メールが回ってるらしい。

「お前の秘密を知っている」と、たった一言書かれているって。




C:医師の日常風景


 『私』がどこまで『あの人』だったら愛してくれる?

 女はそういって、自らの頭に向けて引き金を引いた。


 朝からテレビは騒々しい。刑事ドラマは特にだ。

 こんなややこしい事件、滅多に起こる訳ないのに。

 いや、起こったとしても、ここまではしない。自殺でいい。捜査面倒だし。


 私は白い布団から起きて、カーテンを開けた。

 妻が朝ごはんを支度している。トーストの焼けた匂いがする。

 いつものいい香りだ。


 妻は、職場で今日、人事異動があったことを話してきた。

 なんでも、妻の部署の課長が、東京本社に転勤になったらしい。

 仕事が認められ、いよいよ部長職で、今度送別会が開かれるから行きたいらしい。

 奥さんはもうすぐ出産らしく、一度実家に帰るとか。

 後輩の女の子も、この度結婚が決まって、寿退職なんだそうだ。

 色々と春先はめでたいことが重なるものだ。


 私は、職場につくと白衣に着替える。

 そして、受け持ちの患者さんに、退院の話を伝える。

 彼女は泣いて喜んだ。

 旦那さんがしている今の喫茶店を閉めて、

 夢だった田舎でのパン屋を、いよいよ始めるそうだ。


 よく来てくれていた彼女の同級生も、

 結婚が決まった報告を先日彼女にしてくれたらしい。

 みんなめでたい。とても幸せで何よりだ。


 何もかもが、今日は美しい。

 仕事を終えて、いつもと同じように、

 「今から帰る」と妻に連絡した。

 私の手には、いつもと違う、妻へのサプライズの誕生日プレゼント。

 妻は、いつもの日常と思っているかもしれない。私は家路を急いだ。

 



D:刑事の日常風景


 朝から物騒なものだ。

 刑事は自殺の現場にいた。

 目の前では、拳銃自殺した女の死体。

 そばには携帯電話。


 白い布団は真っ赤に染まり、カーテンはびっしりと閉め切られている。

 むっとした空気に、死体特有の鼻を刺す臭いが満ちている。

 拳銃・・・か。こんな普通の主婦が、普通手に入れられるものだろうか。

 刑事は首をかしげた。


 通報者は、この女の夫。

 おそらく、夫婦喧嘩か何かがその前にあったのだろう。

 夫は口を割らないが、まあそうに違いない。

 ただ、突然舞い込んだ非日常に、頭が追い付いていないらしい。

 

 自殺なのはまず間違いない。

 夫のアリバイもはっきりしているし、

 マンションの監視カメラも不審な人物は映していない。

 もしいるとすれば、この家の犬くらいかもしれない。今度尋問でもしてみようか。


 その時、私の携帯が鳴った。

 喫茶店で殺人事件が起こったらしい。

 殺されたのは、喫茶店のマスター。横の奥さんには怪我はなかったらしい。

 犯人はバイクに乗って逃走中。

 まったく、私の日常ではあるが、毎度忙しいものだ。


 私は現場を残して、ひとまず喫茶店へと向かった。

 その時、現場に駆け付けた女性が、女の夫を介抱している様子を見た。

 娘か何かだろうか。とても親しそうだ。

 心の優しい子、きっとそうなのだろう。


 私は刑事ドラマのように颯爽とパトカーに乗り込むと、次の事件現場へと急いだ。

 犯人も以前捕まっていない。これからが警察の腕の見せ所だ。




 E:占い師の日常風景


 拳銃が欲しい。そういった女の目は真剣だった。

 悩みは、どこにでもよくある男女関係について。

 正直、占いの8割は恋愛事。それも不倫や浮気の多いこと。

 占い師の日常は、恋の噂で満ちている。

 私は、相手への「許し」を持つことで未来は開かれると、

 お決まりの当たり前の未来を伝えた。

 あなたも清くなること。

 そのアドバイスが、いったいこれまで届かなかったかは正直興味がない。

 この街は、どろどろとした人間模様に満ちている。

 この女も、きっとどこかで銃を手に入れるだろう。

 きっとそれが、この街の日常風景なのだ。


 次の客は、もっと危ない匂いがした。

 どこかの人妻を手に入れたいらしい。

 これもよくある横恋慕、というやつだ。

 これからバイクに乗って、直接相手の家へ行って退院を祝いに行くらしい。

 「人のものを取っても、幸せにはなれません。」

 そうありきたりなアドバイスを聞く人は、この世にはまずいない。

 ただ、「きっとうまくいきますよ。」と背中を押してほしいだけなのだから。

 なので私も占い師の例にもれず、「がんばれ。」とだけ伝えた。

 これで納得してくれるのだから、いい商売だ。


 次の客も、良くある話。

 上司と不倫しています。この先に未来はあるでしょうか?

 あってもろくなもんじゃない。そう相場は決まってる。はず。

 だけど、意外といいカードが出たので、

「きっとうまくいきますよ。」とだけ伝えておいた。

 なんか釈然としないが、恋愛というものは、女にはコントロールがきかないらしい。

 その女も、ほくほく顔で帰って行った。


 この街の日常風景は、どろどろとして、暗い。

 人々は嘘を重ね、見せかけの日常を生きているだけだ。

 私は仕事を終えると、テレビをつけた。

 ニュースと刑事ドラマを見ながら、私は今日も平和な日常を夢見ている。




 F:テレビの日常風景


 「はい、カット―!」

 と、一言。

 世界はぐるりと色を変え、作られた日常生活はドラマのセットに変わる。


 清楚な旦那役の彼は、最近不倫報道で謝罪していた。

 旦那の清楚な奥さん役の私は、この後秘密の密会が待ってる。

 喫茶店のマスター役のあのじいさんは、大物風を吹かせて現場で一番めんどくさい。

 その奥さん役のおばさんは、この前も変な健康グッズで何百万か騙されてた。

 同級生の男役は、私の秘密の密会の相手。こずかいを毎月10万渡している。

 会社の後輩役は、すっごい演技に真剣で、今まで恋愛したことがないらしい。


 「じゃあ、スタンバイ。」

 助監督の声がかかる。私たちは日常の準備を始める。

 「よーい。スタート!」

 世界がぐるりと色を変え、作られた日常生活が始まる。


 男は、カーテンを開けた。窓から、真っ白な朝日が降り注いだ。


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