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セ・ラヴィ ~C'est la vie~  作者: 可名希
第10話「V2‐type〔Ⅲ〕」
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〔十二月十三日(火)〕


 私はメディ・レファーナ。星に選ばれた六人の【星魔導士】のうちの一人で、ラウフ・アークトという諜報機関に所属しているエージェントです。

 今は『カドア・イア』という架空人物になりすまして、プレクトンエコールという高等教育機関の内部を調査する任務にあたっているのですが、先日、その調査に進展がありまして、クロトさんの優先調査対象である『ロット・マクアーデ』から有力な証言を聞いた――いえ、聞いてしまったと言った方が適切ですね。


 彼の語った話によれば、『シエナ・マクアダムス』の死因は、やはり自殺ではなく他殺の線が濃厚のようです。もちろん、これにはちゃんとした裏付けがないので、これから裏を取っていく必要があるのですが……。


 それと、シエナ氏の殺害疑惑が浮上した『ソーマ・ウナク』と『ディビット・ウェロー』の両名についてですが、正直、彼らが殺人者であろうがなかろうが、同じ屋根の下で学業を修めなければならないというのは、生理的にかなり苦行です。


 とはいえ、クラスが違うだけでも御の字とは思います。逆に一緒のクラスになってしまったクロトさんが、気の毒に思えてなりません。おまけに彼は、この間の一件(・・・・・・・)以降、彼らのお気に入りになってしまったようで、今後、使いっぱしりにされる回数が増えるかもしれない、と、図書室で念話を交わした際にぼやいていました――ん?



     ◇



(あ、クロトさん)


 廊下の角から、平々凡々を絵に描いたような少年が現れました。両手にスチール缶を携えているということは、予想通り『お遣い』を頼まれたのでしょう。

 その平凡少年クロトさんは、ロットさんと横一列に並んで歩きながら、そのまま『Ⅲ‐α』の方へと行ってしまいました。


 一応、もう『赤の他人』という設定ではないため、すれ違いざまに会釈を交わしたのですが、特に言葉を交えることはありませんでした。

 隣にいたロットさんも、こちらの存在には気付いてくれましたが、やはり、昨日の今日では口を開く気力すらままならなかったようです。


 私たちは互いに互いの存在を知覚しながら、しかし、無言で通り過ぎていくだけ。


 そのとき私は、なぜか不意に足を止めたくなる衝動に駆られてしまい、背後を振り返って、勇者であるはずの彼を視界に入れました。

 多分、彼の正体を知らなかったら、私は何の変哲もない普通の人にしか見てなかったと思います。というより、彼の存在すら認識できていなかったかもしれません。とにかく、イシヅエ・クロトという人は、勇者にしては存在感が無さすぎるのです。


(えっ……?)


 ですがほんの一瞬、その刹那の間だけは違いました。

 なんの根拠もない雰囲気の話ですが、どういうわけか、私は気付いてしまったんです。


 彼は、ものすごく怒っている、と。


 次第に遠ざかっていく背中を目で追いながら、私は彼から迸る熱の正体を探りました。

 そして、途端に寒くなったんです。とても、とても怖かった。

 それは限りなく殺気に近くて、けれど、どこか似て非なるもの。

 私にはそれが、とてつもない悪鬼を孕んだ瘴気に思えて、仕方がなかったのです。



     ◇



 プレクトンエコールの最寄りにある『ステンガ駅』から、南下する下りの快速列車に乗車すること約一時間。ステンガから数えて五つ目の駅である【トネメガナム】で下車すると、【ノイティクセ】という街に到着する。


 駅周辺には近未来を彷彿とさせるような、アールデコにSFテイストを加味したような摩天楼が佇立しており、さらに駅に隣接するような形で建造された大型のショッピングモールは、全体的に局面を多用した『大波』のようなフォルムなのだが、側面は長さおよそ1㎞のウッドデッキになっていて、平日、休日問わず、来場客のくつろぎスペースとなっている。


 しかしこの街の真骨頂は、そんな豪奢な見た目などではなく、近年、先進国と新興国の間で取り組まれるようになった【次世代都市開発計画】に基づく街づくりにこそあり、あらゆる魔機がネット接続を果たす先端技術【IoM(Internet of Manamachines)】を街全体に張り巡らせることで、基礎インフラと生活インフラの徹底した管理・運営を可能にし、そこに住まう人々の生活、環境、経済の発展を目的とした、言うなれば『異世界版スマートシティ』という点において他ならない。


『――まもなく、トネメガナム、トメネガナムに到着いたします。お降りの際は、足元にご注意ください』


 人工的に作られた音声が車内スピーカーから発せられると、運転手不要の【重力列車】は徐々にその速度を緩めていった。重力列車は車体を浮上させながら走行するため、摩擦抵抗がほとんどない。緊急停止用に車輪が車体内部に格納されているものの、滅多に使用されることもないという。


 やがて停車駅に着いた列車が、静かな揺れを伴って制止すると、一人の青年が優先席から腰を上げた。そして青年は、仕事帰りのビジネスマンたちの流れに混ざりながら、駅の改札口へと向かっていった。

 改札、というより、それは金属探知機に酷似しているゲートなのだが、そこを潜り抜けると、その登録者の口座から自動で運賃が差し引かれる仕組みとなっているため、青年は『タッチ』などという動作をすることなく改札を通り過ぎ、そのまま駅構内から出て行った。


 煌びやかなビル群の照明が夜空の星を塗りつぶし、今となっては珍しくとも何ともない『空飛ぶタクシー』が空を駆け抜けていく。この街が完成してまだ間もない頃、初期の移住者たちは、この景色を見ることによって機械の恩恵を再認識し、人類の積み重ねてきた科学技術が、新たな到達点に踏み入ったのだと心躍らせたそうだが、生まれも育ちもずっとノイティクセである青年にしてみれば、これはただの日常でしかなかった。


 駅の出口は東西南北に分かれており、青年は北出口の正面にあるバスロータリーに向かった。L字型に隣接する駅とショッピングモールの横にあるロータリー付近には、『自動運転式電気自動車(無人タクシー)』の駐車場兼、充電ターミナルが十ヵ所設けられており、街灯が空車だけを照らす中、最奥部に一台だけ待機中の車があった。


 青年はバス待ちの長蛇の列を見やりながら、車の横に設置されてある端末で個人の特定を済ませると、ほとんど無意識のうちに後部座席のシートに滑り込んでいた。

 行先の指定は、一昔前の有人タクシーと同じく口頭で伝えるのだが、青年はタクシー会社に会員登録していたため、端末に表示された登録座標を指で押すだけでよかった。


 気付けば、現在地と目的地の最短距離をナビが割り出していて、乗車してからものの数秒後、ヘッドライトの点灯とほぼ同時に車は動き出し、青年は遠のいていく夜の喧騒を、ガラス越しに睥睨し続けた。



     ◇



 トネメガナムの駅から直線距離で約5㎞。曲がり角一つない道路を10分ほど走ると、住民ブロックと呼ばれる区画に入る。土地の権利を所持する法人たちが空中権を占有するトネメガナム駅の界隈とは違い、こちらは一戸建て住宅や、やけに小奇麗なアパート等を集中的に建設するようデザインされたエリアであり、有り体に言えば『閑静な住宅街』といった雰囲気のたちこめる場所だった。


 すでに自動運転車は何処かに消えており、青年は自宅を見上げるような形で一人佇んでいた。

 12月のゴットバーの季節は冬だ。冷たい夜風は肌に厳しく、外に居続けることも限界だと理解した青年は、静脈認証式のドアロックを開錠して、『心の重み』が手にのしかかる玄関扉を開けた。ゴットバーには『玄関で靴を脱ぐ』という文化も習わしもないので、青年はローファーを履いたまま家の中へと入る。


 青年はそのままリビングへと向かい、部屋の電気を付けると、手ごろな食品を探すために冷石庫の中身を漁り始めた。とはいえ、サイドラックにびっちり納められた350mlの缶ビールと酒の肴を除けば、中身はほとんど無いとしか言えず、正面の棚に辛うじて、魚の缶詰と値引きシールの貼ってある惣菜が残っているだけだった。


 青年はそれらを取り出し、他に何か主食になるものはないかと探すと、シンクの横に未開封のインスタント麺が三つほどあったので、お湯を沸かし、手ごろな器に具無しの麺を放り込んで晩御飯の支度を済ませた。

 リビング以外の照明が一切点いていない家は、気味が悪いほどの静けさに包まれていて、ズルズル、と麺をすする音だけが虚しく響き、知らず知らずのうちに青年の心身を蝕んでいく。


 すると、不意に玄関扉の開く音が聞こえ、青年は反射的に険のある顔つきになった。


 玄関前の廊下からリビングに顔を出した人物は、ビジネスマン風の出で立ちで、首に巻き付いたネクタイを怠そうに解きながら青年の表情を見止めると、こう口にした。


「なんだ、お前か。俺より先に帰っているなんて、ずいぶん珍しいな。ディビット」


 その青年――『ディビット・ウェロー』は、実の父親である『ジーモ・ウェロー』を認識するや否や、即座に目を逸らし、早急に食事を終わらせるために、口の中に食べ物を無理くり詰め込んでいった。


 一方のジーモは、そんな息子の態度など気にも留めず、冷石庫からビールとつまみを取り出すと、ディビットの正面に位置する椅子に腰を下ろした。

 プシュ、と炭酸ガスの抜ける音が部屋に木霊し、ビールを一口含むと、ジーモはリスのように頬を膨らます不愛想な息子に、鼻息交じりの一瞥をくれてやった。


「この前の件だが、ようやく落ち着いてきた。まったく、お前があんな馬鹿な真似をしてくれたおかげで余計な時間を食った。結果オーライ、とは言わんぞ。本当にお前はトラブルメーカーだな。あと何回、俺の手を煩わせれば気が済む。ええ?

 あの時もそうだった。お前が馬鹿なガキ共と下らん遊びに呆けていなければ、マーレイが家を出てお前を探しに行くことも無かった。そのせいで、あの子は……」


 ディビットは租借もまともにできていない状態だったが、それをインスタント麺のスープでまとめて飲み下し、口元を袖で拭き取りながら席を立った。


「俺が姉さんを殺したんだって、はっきりそう言えばいいだろうが。そう思ってんだろ? アンタも、アンタを見限ったアイツも!」


「誰がいつ、お前を殺人犯呼ばわりしたんだ。勝手に決めつけるな。だいたい実の両親に向かって、何なんだその口の利き方は!」


「いつもいつも、姉さんと俺を比べやがって。比較されるこっちの気持ちとか、考えたことあんのかよ、テメェはよ!」


「なに訳の分からないことを、ほざいてるんだ? 親が子の将来を案じることが、そんなにおかしいか? ええ? 俺はなあ、お前の将来を思って――」


「うるぁせぇえええっ!!」


 こいつと話す時は、いつもこうだ。

 会話の歯車が全くと言っていいほど噛み合わない。

 物心着いた頃から妙だとは思っていた。

 こいつは、こっちが何に対して怒っているのか、全く理解できていない節がある。

 いつの日か、順序立てて自分の怒りを説明したこともあったが、それでもこいつは理解できなかった。本当に救いようがない。


 暖簾に腕押しってやつだ。

 奴には、何を言っても頓珍漢な答えしか返ってこない。

 でも、このクソ野郎と毎晩顔を突き合わせている俺には分かる。


 きっとこいつは、他人の気持ちを想像できない脳の病気を患っているのだ。

 記憶の中にある知識や経験を頼りに、人の感情を予測(・・)しているだけで、それらを基に相手の感情を想像(・・)しているわけじゃない。だから、自分が経験したことのない感情に出くわした時、こいつは想像することができないから、毎回口癖のように、『なに訳の分からないこと』って言葉で一蹴するんだ。そうに違いない。絶対そうだ。妙なところで機転が利くから、たまたま会社の重役に就いているだけで、本当は脳が異常なんだ。イカれてんだ!


 ――って、そう思わないと、こっちの気が狂いそうだ。


 こいつと喋っていると、何が常識なのか、何が間違っているのか。

 全然、分からなくなる。正直、もう……



       〝頭がおかしくなりそうだ〟



 自ら気付くことのできない親に、子は失望する。

 最早、ディビットは感情に身を委ねることしかできなかった。


 しかしながら、経済的に餌付けされている〝子供〟という身分では〝親〟という皮肉を込めた意味での特権階級に逆らうことなどできない。彼はそのことを重々承知していた。

 故に、今の身分で出来得る最大限の抵抗、家具の破壊、という手段に打って出るほかなかった。

 心にまで亀裂が入りそうな、木材の折れる嫌な音が響くと、激昂していたジーモは血相変えて目を丸々とさせた。


「あっ!? なにやってんだお前はっ……あーあー、完全に脚が折れてるよ。ったく、お前ってやつは。あのなあ、お前は物の価値が分かっていないから、こういうことができてしまうんだ。この椅子はわざわざノストハックムから輸入したもので、使っている木材だって、そんじょそこらの物とは――」


「いや、だからさ、なんでアンタはいつもそうなんだよ。普通そうじゃねえだろ。何だよそのリアクション。ギャグかよ。なんでこっちの気持ちが分かんねえんだよ」


 ジーモは床に飛び散った木片を集めながら、非常に怪訝そうな表情で我が子の険相を捉えた。


「何をさっきからそんなに怒っているんだ、お前は? 親が子の心配をすると、子どもは怒って椅子を壊すのか? なあ? ふざけるのも大概にしろ。怒りたいのはむしろこっちだ」


「だから俺は! 姉さんと比較されたくなかっただけだ! 何回言えば分かんだよ!」


 ディビットの激昂が炸裂すれば、ジーモの決まり文句が出てくるのみ。

 いつも通りのやり取り。憤怒と怪訝の応酬。

 相互理解など夢のまた夢。不毛な時間はルーティン。

 今日も特に変化なし。


「……なに訳の分からないこと言ってんだ?」


 口論することも馬鹿らしくなり、ディビットはとてつもない徒労感に見舞われた。

 虚脱状態の彼の口は開いたまま塞がらず、彼は酷く病んだ表情で首を横に振りながら、リビングから退散した。そのまま自室へ入り、普段着に着替えると、彼は無言でリビングを通り過ぎて玄関へと向かった。


「ああ、ディビット。待ちなさい」


 立ち止まったディビットは、しかし振り向くことはせず、『聞いている』という意思表示を態度で示した。


「来週の水曜。ちょうど【星の日】だな。その日はデュベックタワーで会社のパーティがあるんだが、バトバ首相も来るらしい。息子のソーマ君も同席するだろうから、お前も一応パーティに参加してくれ。仲が良いんだろ?」


 毎年開かれるウェスポン主催の年末パーティは、ディビットも何度か連れていかれたことがあった。会場となるデュベックタワーとは、トネメガナム駅から徒歩10分圏内にある高級タワーホテルのことで、『きな臭い宴会』は、その最上階のフロアを丸々借り切って催すのが常だった。出席者の中には関連企業の役員や政治家などの大物が多数来席していて、皆、上辺だけは欺瞞の笑顔を貼りつけていたが、その内情はワイン片手にビジネスチャンスを窺う、狩人の巣窟でしかなかった。


 ジーモが息子の出席を要求するということは、つまり、大人の会話(仕事の話)を有利に運ぶ〝ダシ〟になれということだ。


 言葉の裏に見え隠れする実父の真意を汲み取った瞬間、ディビットは頭に血が昇っていくことを自覚したが、相手は何を言っても堂々巡りのジーモである。

 結局、何も言わずに家をあとにした彼は、呼び出した自動運転車で駅に向かい、そして、行く当てもない心の落としどころを探すように、夜の街を放浪するのであった。

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