王妃ユリアーネの退位
暗くて登場人物が一言もギャグを言いません。
「私は王妃を退位します!」
私はお母様の叫びをどこか冷静に聞いていた。
お母様の38歳の誕生日記念式での事である。
王宮のバルコニーから誰に向かってなのか甲高い声で叫んだ。
すぐ隣に並んでいた私は追い詰められたようなお母様に声をかけようとした。
が、お母様の小さい頃からの従者がスッと前に出る。
「さ、王妃様はお疲れでいらっしゃいます」
なおも叫ぼうとする母を遮って、やんわりとだが強引に母を控えの間に誘導する。
身を捩るお母様の腰に手を回し引きずるように連れて行った。
王であるお父様は、お母様に着いて行こうとしたが自分の職務を思い出したのだろう。
王宮前広場に集まっている民衆ににっこりと微笑みかけた。妻は少し疲れが溜まっただけだと告げ、心配要らないと言った。
民衆はしばらく心配そうにしていたが、また思い出したように「王妃様万歳!」や「誕生日おめでとうございます!」を口々に叫ぶ。
私も皇太女ユーリとして民衆の心配を晴らすためにっこりと微笑んで手を振った。
………可哀想なお母様。
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……そもそも、私の母であり王妃でもあるユリアーネ王妃様が式典で叫ぶに至る経緯を知っていた。
お母様は疲れ果てていた。
従者が言った事は間違いではない。
疲れているのに休めない。そして周りも休ませられないのだ。
これからの話は、私が今の年18才になるまでに周りからお父様からそして本人お母様から聞いた話だ。
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『お母様の従者の話』
俺が5歳のユリアーネ様に会ったのは8歳の時だ。
従者として遊び相手として上がった時には、既に光り輝くような立派な公爵令嬢だった。
「レイン。これから従者としてよろしくお願いしますね」
薄く微笑んで完璧な言葉遣いとイントネーションで俺に声をかけて下さった。
そして、その立派な公爵令嬢だという第一印象は少しも裏切られること無く今まで過ごしてきた。
社交も勉強もダンスも魔法も何もかも完璧に努力でこなしてきた。
この国の第一王子と婚約して、途中ちょっかいをかけてくる変な令嬢もいたが、ユリアーネ様の努力の前では問題じゃなかった。
………ああ、そのちょっかいをかけてくる変な令嬢は王妃の座を狙ってしつこかったんだが。
もちろんユリアーネ様を溺愛してる第一王子の気持ちは少しも揺らがなかった。
………今になってよく考えると、その令嬢が無礼を理由に地方領に帰された時にはちょっと残念そうだったな。
「王妃になりたかったのね。代わってあげられたら良かったのかしら………」
と言ってね。
まあ、ほんのちょっとだけだ。何といってもユリアーネ様は王子様のことを愛してらっしゃる。
政略結婚にも関わらず、一心にユリアーネ様だけを好きでいる王子様をユリアーネ様も好きなんだ。
ただ、好きでも愛していてもユリアーネ様は疲れていたのかもしれない。
その疲れに取り返しがつかなくなるまで気づかなかった俺は従者失格だ。本当なら辞めるべきなのだろうが、ユリアーネ様は俺に側に居る事を望まれる。
だったら、俺は苦しくても側にいるべきだろう。
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『皇太女の乳母の話』
ユリアーネ王妃様はよくある産後の気の乱れがずっと続いているんですよ。
ユーリ様は気になさらないでください。
産後はゆっくり休まなければいけないのに、産んだ5日後位からすぐ仕事をなさってしまったのがまずかったですね。
高貴な方々は私みたいな乳母に任せて体を大切にしなければならないのにね。
「休むように言わなかったの?」
ええ? ユーリ様。もちろん言ったに決まってます。
それでもね。お体に鞭打って仕事をしてしまうのです。誰も仕事を強制していません。
真っ青な顔をしながら政務をこなし、時々政務の間にはユーリ様の世話までしてしまうのです。
私は女であり王妃であり母親であるのです。と、お止めしたらそう仰られてやってしまう。
そうすると、基本的に乳母であるだけの私では何も意見は申せないのです。
あらあら、お喋りが過ぎましたね。
ユーリ様は聞き上手だからついつい喋りすぎてしまいます。
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『ユリアーネ王妃の夫・現王の話』
ユーリ。お前は何も気にしなくていい。
もちろん次の女王にもならなくて良い。
私の弟の子に利発そうな子がいる。その子に王位を譲っても良い。
私が全て悪いのだ。
政略結婚とはいえ、何もユリアーネではないとだめだという訳ではなかった。私が補えるならユリアーネ程の才女でなくても良かった。
だが、私はユリアーネと結婚したかったのだ。
光り輝くように美しく賢いユリアーネと結婚したかった。側で微笑みかけてほしかった。支えてほしかった。
私は王妃にユリアーネしか許せなかった。
お前の母をこんなに追い詰めてしまってすまない。
ユーリ。
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『お母様の話』
えっ? 私が王妃を退位するって言ったって?
そんな事言ったかしら。
どうしたの、ユーリ。
私の愛しい子。
心配しなくても私は王妃として母としてがんばりますよ。
「お母様。もう頑張らないで下さい。私はもう18歳です。皇太女として私がもっと政務をやりますからお母様は休んでください」
………いいえ、いいえ。
私は休んではいけないのよ。
公爵令嬢として公爵家の長女として王子の婚約者として王妃として母として女として頑張らなくてはならないの。
公爵令嬢として勉強にダンスに社交に。
長女としてきちんとした人に嫁いで。
王子の婚約者として毅然とした態度で社交を頑張るの。
王妃として王を支え、政務を頑張るの。民の事も忘れてはいけない。
母としてユーリを皇太女として完璧に育てなければならないし。
女として本当はもっと子供を産まなければならないの。
でも、頑張ってもユーリしか授からないし、痛くて苦しいの。
でも、王妃としてもそれは義務なの。
私がこの世に公爵令嬢として生まれた以上それは必然なのよ。
誕生日って何かしら。
あら、私が祝われているはずよね?
何故かしら祝われている気がしないの。
頑張らないと
頑張らないと
頑張らないと
頑張らないと
………お母様は何かが潰れたような奇声を発しながら目の前でゆっくりと倒れた。
扉の外で控えていた従者が駆け込んでくる。
騒ぎを聞きつけてお父様や大臣達が駆けつける。
倒れたお母様は眠るような顔をして、顔色は悪いのに酷く安らかだった。
私は不思議と安心していたのだ。
もうこれでお母様は休める、と。
ようやくお母様は倒れることができたのだ。
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王妃ユリアーネは退位した。
それに伴い、王も退位する。
二人のたった一人の子供皇太女ユーリが女王として即位する。
皇太女ユーリの強い希望での事だった。
前王妃と王の助けを得ながら、女王ユーリは王国に史上最長の王として君臨することになる。
婿を何人も迎え子をたくさん産み、善政を敷いた。
「どこか冷静で人から距離のある私に王は向いてるのよ。人には向き不向きがあるわ」
王として称えられた時、女王ユーリはそう言ったという。
おわり
読んでくださりありがとうございます。




