第40話:聖者達の蠢動(しゅんどう)
長らく、お待たせを致しました。
そこには豪奢な机、敷物などの調度品の数々と、贅沢趣味な美術品の山に囲まれ、密議を交わす男達が居た。
例えば精緻な彫刻が施された裸婦の像。
あるいは翼竜の刻印が刻まれ、金粉や宝石が散りばめられた、見るからに高価そうな壺。
実用性を疑わざるを得ないような、華美に過ぎる細剣が立て掛けられた壁や、近付けば顔が写るほど磨き上げられた、白銀の鎧など。
いっそのこと、白金貨の山や金塊そのものを並べた方が、まだしも上品に思えるほどだ。
これは、カインズ達が傭兵ギルドを訪ね『キュクロプス』と出会い、その特訓を受けることを決めた同日、ウェルズ帝国より南方の某国、某教団施設の一室での出来事である。
「何だと! あの破落戸ども、失敗したばかりか、邪教を信奉する、かの賤しき国に、むざむざ捕らわれたと申すのか!?」
盛大に唾を飛ばしながら、相手を怒鳴り付けたのは、やたら豪華な装飾が施された法衣を、でっぷりと肥えた身に纏った、糸の様に目の細い初老の男。
目前に控える黒衣の男は、身動ぎもせずに己に与えられた職務に従い、ただ淡々と報告を続ける。
「はっ。帝都に潜入せし手の者に調べさせたところ、どうやら偶然居合わせた冒険者達により、一名は斬り死に。二名は捕縛され、今も苛烈な取り調べを受けているとのこと……。」
「隠者の護符は? 邪眼の指輪は!?」
「恐らくは件の、冒険者達の手に落ちたものと思われます。……しかし恐れながら枢機卿猊下、何故あの様な下賤な輩に、手ずから御神宝を預けられましたので?」
枢機卿と呼ばれた初老の男は、それまで激昂に顔を赤く染めていたが、黒衣の男の質問に虚を突かれたと見えて、途端に顔を青くし、呻くように答えた。
「……必要と出たのじゃよ。託宣での」
「それは……そうでしたか。では、何も言いますまい。私も一度、帝国方面に行って参ります。どうも部下達だけでは、手に余りそうな事案が多いように思えますので」
「おぉ、それが良いわ。頼むぞ、アレコス。奴らに何らかの動きが有ってからでは遅い。何としても機先を制して、来るべき聖戦で、野蛮国どもの優位に立たねばならんのじゃ。汝らに唯一の神の加護のあらんことを……」
「はっ。有りがたき幸せ。必ずや吉報を猊下の下へと、届けて御覧に入れます」
そう恭しく言うなり黒衣の男は、その室内から気配を消した。
謀議の舞台となった自室で、やおら法衣の首元を寛げ、空いた手で風を送る肥え太った男。
「危なかったわい。聖下様々じゃな。しかし儂が勝手をしたのが、万が一にも聖下に露見しては不味い。……何かしら手を打たねばならぬな」
大儀そうに独白すると、忌々しそうに酒杯をあおり、さらに酒を注ぎ足す。
庶民ならば二月は優に暮らせるだけの値段の一杯。
それを苛立ち紛れに、この醜悪な聖職者は、幾度も飲み干していく。
しばらくして、ようやく酔いが回ったのか、その下卑た顔をだらしなく弛めた男は、さも名案を思い付いたと言わんばかりに、ポンと手を打つ。
「そうじゃ、アレコスの手の者に貸与した神宝を、卑劣な邪教徒に強奪されたのじゃ。儂は悪くない……悪くなどない。そうじゃ、そうじゃ」
何やら一人で納得し、ニマニマと笑み崩れた浅はかな男。
もはや厄介な問題など無かったのだと言わんばかりに、手元に有った金色の鈴を鳴らし、隣室に控える召し使いの男を呼び寄せる。
ほどなくして、遠慮がちに鳴らされたノックの音が響く。
「猊下、お呼びで御座いましょうか?」
「うむ。そろそろ今宵は休むとしようかと思うてな。時に……今宵は儂と枕を共にし、法話を聞きたいと言う、熱心な信者は来ているのかな?」
「はい、それはもう……。猊下の御法話は大変な人気で御座いますので。見目麗しい御婦人方から、年端のゆかぬ清らかな少女まで、今宵も数多お見えで御座いますよ」
「そうか、そうか。悩ましいことじゃのう。では苦しゅうない。皆、通せ。くひひひひ……」
結局、この浅ましい笑い声を響かせた、聖職者は、その夜、七名もの婦女子と同衾したのであった。
程度の差はあれ、毎夜のことであるのだが……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
同日、ほぼ同刻。
世に王国は数有れど、世間一般に聖王国と呼ばれる唯一の大国、その王宮内の一室。
まるで質実剛健を地でいくかのような、実用性を追及した室内。
王冠を外し部屋着に着替えた男が、彼の長年の腹心である男と密談していた。
「……あの豚め。勝手に動いて、こちらに軍備を進めさせておきながら、未だ音沙汰無しとは、如何なる了見か」
「恐らくは、事前に露見したのでしょうな……。大言壮語と直前中止は、唯一正教の常ですから」
「あの豚の……だろう? 無神論も結構だが、公の場では口を滑らせてくれるなよ?」
「これは失礼を。されど、不幸中の幸いでしたな。今は恒例の閲兵の儀と時期が近い。諸侯には、何とでも言い繕うことは可能です。」
「でなければ、さすがに許容出来ぬ話よ。法皇聖下ならまだしも、枢機卿の一存で我が聖王国の軍事を私されては敵わぬ。事の成否に関わらず、悪例を作ることになりかねんからな」
「では……?」
「ああ、この時期で無ければ、形だけ……だっただろうな」
「なるほど。それで得心がいきました。いつも慎重な陛下にしては、随分と乗り気でいらしたので、臣としては気が気で無かったものですから」
「時期が時期だ。もし上手く行けば労せずして、帝国南部を食い散らかしてやれたものを……あの豚め。まぁ良い。次の機会を気長に待つさ。」
「そうですな。幸い、東国の愚か者を取り込めそうです。次の聖戦こそは、我が方が勝利しますとも」
「聖戦か。素直に侵略したいのだとは言えぬにしても、聖戦などと言うのは安易に過ぎような。祖先の犯した過ちの最たるは、唯一正教に肩入れし過ぎ、され過ぎたことよ」
疲れたような笑みを交わす男達……。
彼らこそは、この世界に冠たる一方の大国『エルレーン王国』の、王と宰相なのである。
一般に聖王国と呼称される王国のトップとナンバーツー。
いずれ劣らぬ野心家達は、ここのところ毎夜のように密談していた。
世界の覇権を手中にするために……。
お読み頂き誠に、ありがとうございます。
体調を崩してしまいまして、しばらく間が空いてしまいました。
詳しくは、活動報告に記載してございます。
楽しみにお待ち頂いていた方々には、誠に申し訳有りませんでした。




